お互い悪い虫
「れーおーん!ちょっと来て!」
その声を聞くたびに、自分が自分でなくなりそうな気がする。
そうして恨みがましい目で奴を見ていたことに気づき、ぞっとする。
「はーやーくー!」
あの声は、俺から正気を奪うんだ。
「ね、どう?リゾットに初挑戦してみたんだけど、もっと味濃い方がいいかなぁ……」
「そんなことはない。……なかなかいいんじゃないのか?」
「ん、ありがと!」
傍(はた)から見たら、それは今日の夕食について相談し会う、仲の良いカップルに見える。
十年ほど一緒にいたわけだから、おかしくないかもしれない……現に、シド小父もユフィも二人には気を使っていて、クラウドがレオンといるエアリスに近づこ
うとすると、さりげなく雑用を頼んだりして、邪魔するのだ。
クラウドは十年間の空白を埋めてきた二人の“絆”の強さを知っている。
そして自分は生きるために、決してシド小父にもレオンにもユフィにも…エアリスにも言えないようなことをたくさんしてきた。
この爪も悪魔のような羽も…そして人外の力も、ハデスが消えていないのだろう、消滅することは無かった。世界が元通りになった今、二度と元の自分にもどる
ことは無い。
愛剣は血にまみれ、シド小父達が大事にしていたキーブレードの少年もその飛沫の一つにしかかった。あのとき剣を振り下ろしていたら……エアリスは二度と
笑ってくれなかっただろうか。
とにかく、クラウドはエアリスに近づけるような男では無くなっていたし、なお悪いことにレオンはそれに相応しい男だった。
目の前で繰り広げられる、家族、または恋人達の雰囲気。
堪らない。
クラウドは踵を返して外に出ていった。
「うん。もう少しでリゾット完成、ね」
エアリスは満足そうに頷いた。
初めて作ったリゾット。でもなかなか上手くできたと自負している。
それになんといっても………
―――あなたの作るものに、愛情を一つまみ入れましょう
エアリスは一つまみとる仕草をして、それをお鍋にふりかけた。
大の大人が三人と、育ち盛りのお転婆忍者がいるせいで、普通の倍倍は作らなくてはなら
ない。それでも皆美味しそうに食べてくれるわけだからそれも苦にはならなかった。
愛情はご飯の量に関わらず一つまみ。
たとえプールいっぱいのリゾットでも、お椀一杯のご飯でも、変わらず一つまみ。
だけど………
エアリスはリゾットを人数分だけ注ぎ(つぎ)終ってから、もう一つまみ何かをとる仕草をした。
それをたった一つの皿にふりかけた。
皆、自分の食器は決まっている。
そしてこの皿は…………
「みんなご飯できたよーー!」
「あれ、クラウドは?」
夕飯の席にクラウドの姿は無かった。
エアリスは他の三人に問うた。
「いや、しらねーな」
「あいつ、エアリスの特性リゾットだって言うのに!わたしが貰っちゃうよ!」
「さあな」
誰も知らない。
待ってもクラウドは来なかったので、最後まで待っていたエアリスも諦めてリゾットを食べ始めた。
「はあ……」
ため息をつく。
「エアリスどうしたの?ほとんど手をつけてないじゃん」
「あ、うん…食欲無くて……」
全員が食べ終わったときでもエアリスの皿はほとんど減っていなかった。
どこいっちゃたんだろ…。
せっかく、せーーっかく……・・
「安心しろ、エアリス」
気落ちするエアリスに、大人の男の低い響きが囁きかけた。
「レオン……」
「クラウドのことなら心配するな。俺が探して連れてくる」
エアリスはレオンに微笑んだ。
「お見通し、なんだね。レオン……。ありがと、なんかレオンに言われるとほっとする。ごめんね、いっつも頼っちゃって…」
レオンはかぶりを振った。
「そんなことは無い」
「うんうん、ありがと。なんだか、ほんとのお兄ちゃんみたいだね。だから頼っちゃうのかなあ…?」
レオンはエアリスの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
そうして踵を返してリビングを出て行く。
「お兄ちゃん……か」
そう呟いたのは、しかしエアリスには届かなかった。
クラウドはホロウバスティオンの地下……忘れ去られたようなその場所に来た。
地下は凍えるように寒いせいか、床には氷が張り、ところどころ突き出た岩たちも凍り付いている
まるで死んだような世界。水色の世界。
マレフィセントに占拠されていた時と変わらないと言うのは、未だ闇の力が轟いているからに違いない。
昔はここに、たくさんの凶悪なハートレスがたむろしていたらしい。
息を吐けば白く、あたりには不思議な水球が幾つも浮かんでいた。
上から見るホロウバスティオンは美しい紫の雲に抱かれた神秘的な建物なのに、地下の特にこの場所だけは、他の全ての場所と違って、虚無に彩られている。
だが自分にはお似合いだ。
闇の力が皮肉にも強くなる。
マレフィセント―――あのハデスさえも手玉に取っていた魔女。最高の闇の力。その瘴気は途絶えることなくこの場所に残る。
やがてその瘴気が渦を巻き、クラウドの周辺に集まってくる。
クラウドしか感じ取れない瘴気、それが痛いほど彼に自分が闇の存在なのだと感じさせる
。
否、彼が感じるからこそこの瘴気は集まってきたのだろう。彼の闇の力に引き寄せられて………具現化する。
彼を取り囲むようにして、幾体ものダークボール、そしてディフェンダーが現れた。
ハートレスは人の心の闇に引き寄せられる特徴を持つ。
ならばクラウドは―――そう、格好の餌だ。
冥界の王、ハデスとの契約。
正気の沙汰ではない。
だが彼はしてしまった。
その代わり、光を失い闇に染まった。
小さな少年をも目的のためなら殺すことまで厭わないほどにまで。
堕ちた。
これ以上無いほどまで。
そんな凶悪な犯罪者であろうと、自分より罪の重いものなんていない。
悪魔との契約。
人を遥かに超えた力。
ハートレスさえ操れる。
クラウドは片翼を広げた。
プラズマが発生して体を覆い尽くす。
マレフィセントの残留瘴気では比較にならないほど圧倒的な闇の力。
体内で暴れ出しそうなほど強力無比。
それが体内で高まるにつれ、大気が震え出す。
地下の全てが振動し出す。
ぱらぱらと天井からすでに耐え切れなくなった素材がこぼれてくる。
次々と水球が割れていく。
足元の氷がひび割れていく。
クラウドは獣のように咆哮した。
瞬間、彼の体内の瘴気が一気に放出され、視界に有るありとあらゆる物が木っ端微塵に砕けて黒い霞となって消えていく。
地面は砕けて砂漠の砂のようになり、岩は亀裂が無数に入ったかと思うと、砕けた。
その破片がクラウドに襲い掛かるも、まだ触れもしないうちに、更に強い瘴気に煽られて、砕けるまもなく霧になる。
僅かに残ったものもひしゃげ、傾き、またあるものは風船のように膨らんでいた。
クラウドを取り囲むプラズマが次第に消えていく。
あれほどいたハートレスは闇の力を前に、岩よりも早く消え去っていた。
クラウドはため息をついた。
溜まる瘴気はどこかで発散させなくてはならない。
だからたまに、ここに来る。不思議なことに闇の力の留まるこの場所は、いくら吹き飛ばしてもまた再生する。
もしかしたら、ハートレスは彼自身が作り出したものかもしれない。
“息抜き”のために。
レオンは絶句した。
感じた凄まじい闇の力。
最初はマレフィセントが現れたのかと思ったが、確かに消滅したことを思い出して、いったい何者だろうといぶかしむ。
感じる場所はホロウバスティオン。
近づけば近づくほど強くなる力。
そうして彼がエントランスに近づいたとき、地下から体を吹っ飛ばされるほどの衝撃波が放出された。
エントランス前の手すりから身を乗り出す。
その時確かに聞こえた。
地を這うような咆哮を。
それは確かにクラウドのものだった。
「あ、レオン!クラウドいた?」
エアリスはわざわざ玄関の前で帰りを待っていた。
だがレオンの後ろにクラウドがいないので少しむくれる。
「もう、クラウドったらどこに行っちゃったのかな?たまにどこかへ行っちゃうことあるけど、ご飯のときぐらい……、ねえレオン……レオン?」
同意を求めたが、そのレオンが険しい顔をしているの気づいて、エアリスは彼の顔を覗き込んだ。
レオンは答えない。
それでもようやく口を開いて出てきた言葉は、エアリスを驚かせた。
「エアリス、もうあまりクラウドに近づくな」
「え…?」
唐突なことでなんと言っていいのか分からない。
「あいつは危険だ。エアリス……」
クラウドが危険?
レオンは何を言っているのだろう。
あんなに優しいクラウドが危険だなんて…
「どうしたの?喧嘩でもした……?」
やはり探しに行って遭遇したのではないかと思ってエアリスは問う。
だがレオンの真剣な瞳に言葉が詰まる。
「エアリス……おまえとユフィに言っていなかったことがある」
「え……?」
レオンは少し戸惑っていたが、やがて決心したように口を開く。
―――エアリスを守らなければ
「あいつは…クラウドは…お前の知っているクラウドじゃない」
エアリスが不思議そうに目を瞬かせる。
「あいつは……」
エアリスは嫌な予感に体を震わせた。
「ハデスと…冥界の王と永劫契約を結んだんだ……」
「う…そ…」
やっと出てきた言葉は頼りない。
闇の契約について、持てる限りの知識を総動員する。
「契約って…自分の何かを引き換えに闇の力を貰うんでしょ?」
つまり、悪魔に等しき人間。
「嘘よ…クラウドが……クラウドがそんなことするわけないわ!なんてこと言うの…レオン…」
「エアリス!」
事実を認めないエアリスの震える肩をレオンは掴んだ。
「エアリス…真実だ。これは。エアリスがクラウドを慕う気持ちは知っている…だが…」
エアリスは認めない。
「違うわ!だってクラウドは優しくて…」
「それは子供のころの話しだエアリス」
「違うわ!……むぅっ・・…」
急に口付けされて、エアリスは目を白黒させた。
レオンにキスされている、その事実が上手く飲みこめず、レオンの為すがままになる。
腰を取られて逃げられず、苦しくなって薄く開いた唇の隙間から舌が滑り込んでくる。
「ん…・・ふ……」
もがくが女の力、しかもエアリスの力ではどうすることもできない。
だが。
激しい衝撃波が風のように二人を襲った。
体が吹き飛ばされる、と思った瞬間、逞しい腕が伸びてきて、体をしっかりと掴まれた。目の前を赤いマントが舞う。
クラウド!
エアリスはクラウドに会えたことに少しの喜びを感じたが、すぐにレオンの言っていた言葉を思い出す。
―――クラウドはハデスと契約を……?
そして同時にレオンが傍にいないことに気づく。
慌てて辺りを見回すと、崩れて瓦礫となったコンクリートの山に叩き付けられ、血を流すレオンの姿があった。
気絶しているようだ。
「レオン……・ん…・・!」
レオンの傍に寄ろうとするも、顔を無理やり向けられ、口付けされた。
舌がねじ込まれて口腔内を掻き回す。
広がる甘さにエアリスは体から力が抜けていくのを感じた。
「ん…・・あ…・」
長く濃厚な口付けで、エアリスは頭が真っ白になってしまう。
レオンの傍に行きたいのにクラウドは許してはくれなかった。
「あ、クラウド…・だめ…よ。レオンが……」
「構うな」
「そんな……」
抗議の声を上げようとした途端、体がふわりと軽くなった。
「え…?きゃ!」
エアリスは慌ててクラウドにしがみついた。
気づくとそれは雲よりも高い空の上で、恐る恐る見上げたクラウドの背中には、悪魔のような翼が広がっていた。
「クラウド……あなた、やっぱり…」
怯えたようなエアリスの顔が目に付き、クラウドは先程のレオンとエアリスの会話を思い出す。
クラウドの目の前でレオンがエアリスに自分の秘密について言おうとしている。
怖がらせるから、という理由でエアリスとユフィには教えなかったこと。
クラウドはレオンが教えるならそれでいいと思った。
確かに、エアリスは自分に近づくべきじゃない。
クラウドはそれ以上会話を聞く気も無く、静かに部屋に戻ろうとした…だが。
「!!」
見てしまった。
レオンとエアリスの口付けを。
その瞬間、諦めが怒りに変わる。
レオンはエアリスに近づくために、自分の秘密をばらそうとしていたのか!?
自分とエアリスを更に疎遠にするために?
そうでなければ、彼女に今口付ける理由など無い。
そう思った瞬間、怒りが力に変わって放出された。
口付けの最中で無防備だったレオンはその衝撃をもろにくらって、同時に崩れた残骸へと叩きつけられる。
そうして一緒に吹き飛ばされそうだったエアリスをクラウドは掴んだ。
「そうだ。俺はハデスと契約した」
エアリスが悲しそうに目を伏せる。
そのまま一言も話さなくなってしまったエアリスを抱えてクラウドは飛びつづける。
そうして着いたのはホロウバスティオンだった。
降下して最上階へと降り立つと、クラウドはエアリスを抱えたまま、以前マレフィセントがアジトとして使っていた大広間へと足を運んだ。
その中央にエアリスを寝かせる。
さすがに驚いたエアリスが勢い込んで立ち上がり、走って壁にぴったりと背を寄せた。
「クラウド・・・…?」
突然の行動に理解が及ばず、エアリスは自身を守るかのようになお一層壁にくっついた。
だが視界にいたはずのクラウドが急に消えてしまう。
「!」
そのかわり、隣に風を感じた。
エアリスが振り向くよりも早く、後ろから抱きすくめられていた。
瞬間移動。
闇の力を使った技だ。
「あ、クラウド……?」
腰に手を回され、顎に手のひらを添えられる。
くい、と顎に力がかかり、後ろから抱かれた状態でキスされる。
口付けが深くなるにしたがって、エアリスはからだから力が抜け、クラウドに寄りかかってしまう。
そうして完全にエアリスの腰が立たなくなったことを確認してから、クラウドはエアリスの片紐を両方落とした。
現れた真っ白な肩口に唇を寄せる。
「あ……!」
ゆっくりと首筋を舌がなぞり、背筋がぞくりとする。
「や……ん…っやめ…くら…」
「静かにしろ」
停止を求めるも、低い声で言われて思わず口を閉じてしまう。
「これが終わったらあんたとはおさらばだ。永遠に会うことは無い…」
そう言って後ろ手にエアリスのワンピースのボタンをはずしていく。
胸の途中まではずしたところで、はずす手は胸へと移動していく。
そうしてごくゆったりとしたスピードで胸をもみしだき出した。
「あ…ん…・んん……やっあ」
つい感じてしまって口から可愛らしい声が漏れる。
クラウドは蔑むように、そして自嘲気味に笑った。
「こういうこと……あいつともしてたのか?」
言う先々に胸の先端を服の上から摘み上げる。
そうすると、甲高い喘ぎがいくらでも耳を刺激した。
「あいつって…・レオン…・?」
「さあな、あんたが一番よく知ってるんじゃないのか?」
エアリスが傷ついたような色をその大きな瞳に宿した。
「ひどい…よ…、わたし……ずっとクラウドのこと待ってたのに…」
「心変わりしていないとは限らない」
エアリスが俯く。クラウドは手を休めず、完全にエアリスの胸をはだけさせた。
そうして手を白い太ももに伸ばし、内側から上へと進入してくる。
「わたし、レオンとはなんにも関係無い!」
エアリスが上ってくる手を足で防ごうとしながら叫んだ。
「わたし、レオンとはなんにも無かった…。クラウドが思っているようなこと何にも無かったよ!」
「何にも無かったからと言って……」
エアリスはいよいよ咽び泣き出した。
「だってわたし…わた…し…・・」
クラウドの手は止まらない。
「わたし…・・」
エアリスの涙が頬を滑り落ちる。
「クラウドのこと好きなんだもん!」
「!」
クラウドは弾かれたかのようにエアリスの体から手を放した。
支えを無くしたからだが床へと向かうのを、クラウドは寸前で再び掴んだ。
エアリスが涙で一杯の瞳でクラウドを見つめる。
「エア……本当に……?」
クラウドは信じられない気持ちでエアリスを見つめ返した。
レオンとエアリスはお互いを思いあっていると思っていた。
だがそれが自分の勘違いだったとは…。
しかもそれで彼女の話も聞かず、こんな………
「わたし…ずっとクラウドのこと好きだった。小さいころからずっと…」
エアリスは小刻みに震えて泣き出す。
「……すまない」
クラウドは罪悪感でエアリスを直視できなかった。
どうしていいか分からず、俯いて沈黙してしまう。
だがその静寂を破ったのは以外にもエアリスだった。
茶色のおさげが舞ったかと思うと、ふんわりと甘い香りが広がる。
クラウドはエアリスに口付けされていた。
触れるだけのキスだったが、気恥ずかしいほどに優しくて甘い。
そんなエアリスのキス。
そっと唇が離れて、エアリスは潤んだ瞳でクラウドを見上げる。
切ない瞳が交じり合って、お互いの気持ちを本人に代わって語る。
我慢できなくてクラウドとエアリスはほとんど同時にお互いを抱きしめた。
「クラウド…すき…」
九年越しの思い、離れ離れになっても虚空に消えなかった思い。
「…ああ」
闇に囚われても溶け消えなかったこの思い。
「ずっと、いっしょ、ね」
クラウドは先ほどエアリスに言った言葉を思い出す。
“おさらば”だと。さっさと思いを遂げたら消え去るつもりでいたことを。
「ああ、いっしょだ。ずっと……」
エアリスがやっと微笑んだ。
「もし…その…レオンと…キスしてたところ見たなら…ごめんなさい。でもきっとレオンは私達のこと心配していただけだから…」
クラウドはそっぽ向いた。
“心配していただけ”?そんなこと信用できるか。エアリスはレオンに絶対的な信頼を抱いているようだが、自分はそうはいかない。
クラウドはぎゅっとエアリスを抱きしめなおした。
そのまま外へ出てテラスから遥か下の地べたを覗く。
エアリスが不安げにクラウドにしがみついた。
「帰るぞ」
そう言って床を一蹴りする。
テラスから飛び出した体は遥か下へと降下していく。
「きゃああああああ!?」
驚いたエアリスが甲高い叫び声を上げる。
美しい雲のはざまを二人は落ちていく。
どこまでもどこまでも。
エアリスがなお一層クラウドにしがみつく力を強くする。
目を両手で覆って下を見ないよう必死になる。
その手をクラウドはやんわりとはずした。
「エアリス、見て」
エアリスは恐々目を開ける。
しかし眼前に広がる光景に思わず息を呑む。
「きれい!」
遥か上空から見下げる故郷はどこまでも美しい。
紺色の闇の中に灯る家々の電灯。
まるで宝石のようだ。
エアリスはホロウバスティオンを見上げる。
自分達が飛び出したところはもう見えない。
それでもなお一層下へ下へと降下していく。
だんだんと地面が見えてくる。
エアリスはもう一度クラウドにしがみついた。
それを合図にクラウドは翼を広げて空高く舞い上がる。
「すごい!クラウドすごい!」
エアリスが目をきらきらさせて興奮して話す。
クラウドはそのエアリスを優しく見つめた。
闇の力が誰かを喜ばすとは思っていなかった。
悪魔の象徴の黒い翼。
片翼のそれが、もっとも愛する人を運んで羽ばたく。
闇の力を使うときのプラズマは発生しない。
家の前に二人はゆっくりと降り立った。
「楽しかった…・・クラウド」
クラウドはエアリスに微笑み返した。
「…そうか、よかった」
優しげな風が二人の頬をなでる。
クラウドとエアリスは見つめあい、そうしてどちらからともなく目をつぶった。
ゆっくりと顔が近づく。
だが二人は忘れていた。
今回の一番の被害者を。
「遅かったな二人とも」
「レオン!」
エアリスが顔を真っ赤にして振り向き直った。
いいところを邪魔されて、クラウドの眉間にしわが寄る。
「あ……その、大丈夫だった?レオン……」
エアリスがクラウドとレオンを見比べながらおどおどする。
レオンに怪我をさせたのはクラウド。
それをエアリスは分かっているから、どうすればいいか分からなかった。
だがそんな彼女の焦りを知ってか知らずかレオンが頭をかいて以外にも陽気な声で言う。
「しかしすごかったな…あの風。エアリスは怪我しなくて良かったな。あと…俺の言ったことは忘れてくれ」
レオンの言葉にくぐもっていたエアリスの表情に華が咲く。
「うん!」
そうして次にレオンはクラウドに振り向いた。
「…お前も…大丈夫だったか…?」
挑むような挑発的な笑み。
レオンがクラウドの闇の力をたんなる風と捕らえ違うわけが無い。
「ああ」
そう言って皮肉気に見返す。
二人の間で強烈な“気”の応酬が繰り広げられ、近くにあった巨木が風も無いのにばさばさと揺れた。
―――さすがだな
お互いそう思い、なおもやりとりを続ける。
だがレオンが不適に笑ったかと思うと、急にうめき出した。
「う…・・っ」
「レオン!」
エアリスがうめいて倒れ掛かったレオンの体を支える。
「大丈夫?」
「ああ……すまない、さっきの傷が…・ぐっ…」
エアリスは血相を変えて急いでケアルを唱え出した。
しかもケアル系最高位の魔法、レオンとクラウドでも使いこなせないケアルガを。
「だめ…?楽にならない…?」
「いや…ましになった…もう大丈夫だ」
「だめよ、中に入ろ?わたし、看病するから」
「ああ、すまない」
そう言って二人は家の中に入っていく。
一人取り残されたクラウドにエアリスはドアが閉まる直前に声をかけた。
「ごめんね、クラウド。ご飯、お鍋の中に入ってるから」
「あ…ああ」
レオンの演技に完全に気づいているクラウドは言葉がにごって上手く返せない。
そのときレオンが振りかえった。
その唇が音を発しないまま動く。
“じゃあな”
「ぐ……ぐぐぐ……ッ」
二人が家の中に入った後、クラウドは怒りで身悶えした。
そうしてまた羽を広げると、高速でどこかへ飛び去った。
嫉妬の力を発散させるために。
後日
「ねえ、レオン隣の山の話なんだけど…聞いた?」
「いや」
「なんか天辺から木がぜーんぶなぎ倒されて、ミステリーサークルみたいになってるんだって。なにかに押しつぶされたみたいに根元からひしゃげて倒れてるっ
て」
「…(あいつ、またやったのか)」
FIN