SKY
「ねー、エアリスの彼氏ってどんな人―?」
「えー、内緒♪」
「なにそれー!」
ある日の放課後、こんなやりとりももう、日常茶飯事。
私が何でこんなことを言わなければいけないのかには、訳がある。
それは学校の風潮とも深く関係があるわけで・・・・・・。
SKY
私の学校の剣道部は超強豪。
勝ってあたりまえ。優勝して当然。
そんな風に回りから思われている。
だってそれもその筈、私の学校は六年連続全国大会優勝の実績を誇っているのだ。
だからこそ、そう、県大会の決勝で負けたときのショックは大きかった。
私は剣道部のマネージャーで、その様子を生で見た。
私が剣道部に籍を置いてから初めて見る、屈辱的な光景。
それこそ、ぐうの音も出ないぐらいにコテンパンにやられてしまった。
兄が剣道をやっていたという理由で、安易になってしまったマネージャー。
でも本当に悔しかった。
剣道なんて名前しか知らないと言うような子も「ありえない」みたいな顔をして
いた。
だって絶対に勝つと思っていたんだもの。
それなのに・・・・・・。
「うーん、どの服着ていこう・・・・・・。これじゃ少し子供っぽいし、これじゃ派手すぎるよね・・・・・・」
私はクローゼットの前でずらりと並べられた服たちと格闘していた。
今日は彼とのデートの日。
いつも会うことすら儘ならないのに、こうやって彼は忙しいスケジュールをわって私との時間を作ってくれた。
無口で不器用で、・・・・・・でもとっても優しい人。
だから、だからうんとお洒落しなくては。彼のために、自分のために。
でも・・・・・・
「こんなことなら、ティファと買い物に行ったときに買っとけばよかったー!」
と大絶叫してももう遅い。何とかして今ある服の中で一番いいかっこうしていかなくては。
しつこいけれど、彼とのデートなんだもの。
しかも、すっごく格好いいんだから。
彼の周りにはいつも女の子。負けてなんかいられない。
あれから剣道部は唯でさえ大変な練習を更に増やした。
みんな辛酸を舐めさせられたことが忘れられないらしい。
打倒、神羅高校に燃えている。
神羅高等学校とは、去年新設されたばかりのスポーツ専門の私立学校だ。
普通の授業もしているのだが、ドチラかと言うとスポーツの成績イコール内申書みたいな感が強い。と言うか、そうだ。
そんなぽっと出の学校に私たちはやられてしまった。
それは神羅高校だってスカウトが占める割合が以上に大きいし、ハードな練習だってしているんだろう。
私たちみたいに伝統的な(?)練習ばっかりじゃなくて、トレーニングマシンとか使っているのだろう。
でも、そんな伝統もくそも無い学校にやられてしまったのが酷く悔しい。
私も部員と混じって泣いてしまって、そんな酷い顔のまま、会場のロビーを歩いた。
そこで向こう側から来る一団とはたりと会ってしまった。
神羅高校の一団だった。
先頭を歩くのは金髪のハンサムな男の子。
相手校のエースだ。私たちの部長をいとも簡単に打ち負かした相手。
そのすました顔を見たら、何だか見下されているような感じを覚えて、酷く腹が立った。
メンバーが私たちをなじってくる。
泣いているのを面白がっている。私は頭に血が上って咄嗟に嫌味を言った男を殴りそうになった。
でも・・・・・・・
「止めろ」
たった一言。本当に一言なのに、辺りが静まりかえった。それほど凄みのある声だった。
絶対的な権力。
私たちをなじっていた男が慌ててその人に謝った。謝る相手が違うというのに。
私が呆然としてその人を見つめると、目が合ってしまった。
瞬間、不覚にもときめいた。
慌てて視線を反らすも、遠ざかっていくその背中を私は何度も何度も振り向いた ――――――。
「だー、ちくしょ!神羅の情報が少なすぎるんだよ。どういう練習しているかとか分かれば、少しは対抗策捻れるんだけどさ」
「ということだ、エアリス頼む!!」
「はぁ・・・・・・。まあ、やってみます」
なんて無茶なこと頼まれたのは県大会が終わってから二ヵ月後のことだった。
失敗しそうな気もするけど、確かに次の大会に向けてある程度の情報は欲しい。私はしぶしぶ承諾した。
ビデオカメラとノートを片手に、いざ神羅高校へ。
まず目に入ったのは、校庭で練習中の陸上部。
何だか皆死にそうな目をしている。大丈夫なのだろうか?
それはそうとして、剣道部の道場を見つけなくては。
私は近くにいた生徒に声をかけた。
「あの、すいません。剣道部って、何処で練習しているんですか?」
「え??ああ、あの校舎を右に曲がって真っ直ぐいったらそこだよ」
「有難うございます!」
そう言ってぺこりとお辞儀。すかさず天使の微笑みのプレゼント。
やはり男子校なだけに、スマイルの効果は絶大だ。ほけっとして、こちらを見ている。
私はこれで味を占めた。
「あの〜ォ、私、ニブル高校のエアリスと申しますけどォ、剣道部を少し見学させて頂けませんかァ?」←ぶりぶり
男って単純。
敵情視察ですって叫んでるようなものなのに、でれでれしながら中に入れてくれる。
「練習って、やっぱ大変ですよね〜?」
「はは、それほどでも!」
「きゃ、もうスポーツマンって感じですね!憧れちゃうなァ〜〜っ」
「それほどでもっ(///)」
「どういった練習なされているんですかァ〜?」
「それはですね〜」
面白いくらいにぺらぺら話してくれる。
でも、そんな私にも誤算があった。
レギュラーメンバーが遠征でいなかったのだ。
一番欲しい情報が得られなかった。でも、少しぐらいは情報が欲しい。
私は思い切ってそのことを尋ねた。
「え?ああ、レギュラーは俺たちとはまた一つ違った練習してるんですよ。練習量が俄然違いますね」
「例えば・・・・・・?」
「え〜と」
「なにしてるんだ?」
あともう少しのところで邪魔が入った。
「く・・・・・・クラウドさん!!」
「どうでもいいことをぺらぺら喋るな。こいつはあのニブル高校のマネージャーだぞ」
「えええ!?」
「今、気づいたのか?」
そう言って、溜息一つ。続いてこちらに冷たい視線を一つ。
「随分と、研究熱心なことだな」
「あなたたちに負けるわけにはいかないもの」
私は悪びれなく言い返した。
「今度は勝たせて貰いますからね?クラウド・ストライフさん!」
「へえ」
「あ、ちょっと返してください!!」
出し抜けに私は彼に大事なレポートを奪われてしまった。
取り返そうとして手をばたばたさせてみたけれど、私の手の届かない所まで持ち上げて、彼を私のレポートを読み出した。
「クラウド・ストライフ。身長173cm、体重68`、右利き、スピードに注意。体力あり。得意技は突き、通称クライムハザード。癖は突きに入る前に、少
しだけ竹刀の構えを変える・・・・・・」
げ・・・・・・まずい。
「なかなか、調べてるんだな」
「あたりまえでしょ、返して!」
「返すと思うか?」
そう言うと彼は私のレポートを縦にびりっと破いてしまった。
「そんな見っとも無い事してまで勝ちたいのか、ニブル高校は?」
痛烈に言い放ってくれる。人の気も知らないで。
私だってこんな事したくは無いわよ!!
とは、流石に言えず、苦虫を噛み潰したような表情の私を彼は呆れたような目つきで見た。
「練習始めるぞ。部外者は出て行くんだな」
「・・・・・・んな・・・・・・」
なに、こいつ。性格最悪!
あのとき、ちらりとでもときめいた自分が悔やまれる!!
「まあ、いいわ!そっちこそ後で泣くんじゃないわよ!!」
そう言うと私は大またで帰路に着きながら、こういう時のために用意しておいたボイスレコーダーをちらつかせた。
よぉし!してやったり!!
が、しかし余り効果はなく、敵のキャプテンはさもしょうもないとでも言いたげに肩をすくめた。
馬鹿にしているんだろうか?
「それ、電源入ってないぞ」
はい?
「あーーーーーーっ!」
しまったぁーー!私としたことが肝心の電源を入れ忘れていただなんて!!
「マナージャー失格だな」
思いっきり落ち込む私に、性悪キャプテンはとどめのごとくそう言った。
「エアリスー!救急箱とってくれ!」
「マネージャー、ポカリ!」
「タイマー!」
「練習表は!?」
「はいーーー!いますぐーーー!!!」
ああ、今日の練習も遅くなりそう。宿題が山ほど残っているのに・・・・・・。
寝るのも遅くなっちゃうのよね。美容にも悪いわ・・・・・・・。
な〜んて、言っている暇なんかない。
たとえマネージャーと言っても、することは山ほどある。雑用なんていくらでもあるんだもの。
のんびり休んでなんかいられない。
「ありがとうございましたーーーー!!」
練習が終わったのは夜の8時過ぎ。
もう、へとへとで体が思うように動かない。
それに私の家の辺りは狭くて横道が多い上に人通りまで少ない。
こんな時間まで女の子を残しておくなんて、学校は何を考えているんだろう?
それはそうと、早く帰らなければ。
駅はひっそりとしていた。大体この駅を使うのは、ニブル高校に通う生徒たちがもっぱらで、こんな時間まで練習しているのも強豪の剣道部の生徒だけ。
ホームにはまばらにサラリーマンと思える人たちがいるだけで、女の子なんて私一人。疑うわけではないけど、何だか回りの人たちが痴漢に思えてくる。
でも、そんなのも杞憂に終わり電車が来た。
私は重い体を引きずって車両に乗り込む。
だけど、その車両には一人しかいなかった。私はほとんど無意識にその人を求めて前を仰いだ。
「・・・・・・」
なんで、なんで、こいつがいるの・・・・・・?
疲れた体には大ダメージな顔がそこにはあった。
私の動揺した視線と冷徹キャプテンの冷めた視線が瞬間交錯する。
私は思いっきり視線をそいつから外すと、余り不自然にならないようにそいつの前に腰を下ろした。
流れる、いやーな雰囲気。
でも、そう思っているのは私だけで目の前にいる金髪は私の存在なんか目にも留まらないように平然としている。
なんだか、むかつく。
そう思った、その時だった。
え?
何この人。
どこ触ってんの??
乗ってから四つ目の停車駅。
乗り込んできたのは、少し太めの思いっきりホームレスな感じのオッサン。
座る場所は腐るほどあるのに何故か私の隣にぴったり座ってきた。
この辺りですでにセクハラの一歩手前だというのに、次に感じた変な感触に私は思わず飛びのきそうになった。
だって、下着の中に手が手が手がァーーーーーー!!!
恐くて涙が出てきた。どうしようもなくて、唇をぎゅっと噛んで耐える。
恐くて恐くて、逃げようだなんてそんな考え、頭から吹っ飛んでしまっていた。
でも・・・・・・。
「やめろ」
いつか聞いた、あの時と同じ声。
冷たい、そして力強い、声。
そして覚えているのは次の瞬間、どうやったのかは分からないけど、ちょっとした一突きで痴漢男がノックアウトされていたのと、私の手を引いて降車してくれ
た彼の大きな背中。
ほっとして、啼き付いてしまった私の背を、どぎまぎしながら擦ってくれた優しい大きな手。
そして、あったかい缶スープを持たせ、家まで送ってくれたスープに負けないぐらいの暖かさ。
覚えてる。今でも、ずっと覚えてる。
それからね、なんでだろう。好きになったの。
時間が経てば経つほど、思いでは甘やかに色づいて、心から離れない。
安心させてくれたあの人の不器用な微笑が忘れられない。
あの人も一緒だったの・・・・・・?
私と同じ様にドキドキしていたの・・・・・・・?
そう言ってくれたことが、とっても嬉しいの。
思いは願いとなって、願いは言葉となって、お互いの心から溢れ出す。
止まらない。
「いたー・・・・・」
「なにやってんだ、あんた」
今日は彼の家でデート。彼は地方からスカウトされてここに来ているらしく、何だかんだの一人暮らし。
きれいなマンションに住んでいるのはすっごく羨ましいけど、毎晩毎晩一人で夕食も可哀想だと思う。
だから、いっつもデートの後は私がこうして彼の家に来て、夕飯作ってあげて一緒に食べる。
彼は口下手だから余り話さないけど、私がその分、話してあげるし二人でいることが何よりの幸せ。
たまに手とか触れ合うととってもドキドキする。
それぐらいでいいの。手を繋いだり、こっそりキスしたり。たまにしか会えなくてもいい。
高校卒業するまでは、こんな秘密めいた関係。
でも大学は一緒のところ行こうかなって考えてる。
神羅高校はスポーツ学校だけど、大学は幅広いジャンルで募集しているの。
私は自慢じゃないけど頭には少し自信がある。神羅大学の医学部はレベルが高いけど、頑張ってみるつもり。彼と同じ大学に行けるって考えただけで、意欲がわ
いてくる。
受験まであと少し。剣道の試合も今度が最後。
「今度は絶対勝つからね!」
「それ言うの、何回目だと思ってるんだ。それより先に消毒してくれ」
「・・・・・・はーい」
ドキドキするね。こんな関係。
一緒にいようね、ずっとずっと。
「俺が負けてもいいって言うのか?」
「公私混合はしないんです〜!!それにクラウドがこてんぱんにやられちゃうのも面白そうだし!」
「へえ・・・・・・」
「きゃっ!」
嘘。本当は勝ってほしい。誰よりもあなたに勝ってほしい。でも、願うまでもないよね。
だって・・・・・・・・・・・・
「エアリス・・・・・・」
「うん・・・・・・?」
「次の試合も、大学行っても、俺は負けないから・・・・・・」
「うん、分かってるよ・・・・・・」
「見とけよ」
「うん・・・・・・・っ」
大丈夫。私の彼は強いんだから。
だから見せてね。あなたの輝く姿。
勝利の音が聞こえると胸が弾むの。
何をしててもあなたの姿を探しちゃう。
大丈夫
勝者はいつだってあなた。
一緒にいようね、いつまでも。
この、どこまでも続く青空のように・・・・・・。
どこまでも・・・・・・。
Fin