その日、エアリスは朝からそわそわしていて、授業も耳に入らないほどだった。

 

窓の外を眺めてはほう、と溜息を付いたり、シャーペンで机をこつこつと叩いた り・・・・・・。

 

たまに携帯を覗いてはがっかりしたように首を振ったり・・・・・・とりあえずエアリスに はとても気になることがあるのだ。

 

 

学校が終わったら、わき目も振らずに家へ突進する。

 

途中で何回かこけながら・・・・・・。

 

 

「ただいま!」

 

エアリスはリビングへと転がり込んだ。

 

いち早く自分の部屋に行って、支度をして彼の家へ向かうために・・・・・・。

 

が、

 

 

「エアリス!」

 

焦りのあまり極端に視野が狭くなっていた彼女には、お目当ての彼が家に来ているだんて気 づかなかったのだ。

 

慌てて声がした方に首を向けると、金糸の眩しいばかりの髪を持つ青年がそこに居た。

 

一緒に笑っている家族と共に・・・・・・。

 

 

「クラウド・・・・・・!」

 

エアリスは彼の胸元を掴む勢いで組みかかると、切羽詰った形相で聞いた。

 

「ね、どうだったの、試験!!」

 

 

 

クラウドは心配そうに聞いてくる彼女を愛しげな瞳で見やった。

髪をそっと撫でて、笑う。

テノールの心地よい声がエアリスの耳を擽った。

 

「合格だよ、エアリス!」

 

「きゃあ!」

 

エアリスは胸元で両手を組み合わせて、信じられないとでも言いたげな目でクラウドを見つ める。しかしその表情は何とも言えない歓喜に満ちていた。

 

「おめでとうクラウド!」

 

エアリスは思わず、彼に抱きついた。

 

人目を憚らないエアリスの大胆な行動にクラウドは戸惑いを隠せなかったが、それでも彼女 の真っ直ぐな祝福が嬉しかった。

 

「しかしクラウド君はすごいな。国家試験にその若さで受かるとは・・・・・・」

 

エアリスの父、ガストが感嘆の溜息を付いた。

 

クラウドは今年25歳。今年の国家試験を受かった中では間違いなく最年少だろう。

 

なんでも受験者は三十代が一番多いそうで、クラウドのように二十代で合格するということ は、やはりそう簡単にはいかない。

 

 

エアリスの父、ガストも前は内科の優秀な先生だったのだが、それでも試験に合格したのは 三十代のときだった。

 

 

「クラウドは努力家だもの!ね、クラウド」

 

「そんなことないって」

 

エアリスはまるで自分が受かったかのようにはしゃぎながら、そして誇らしげに言った。

 

「こらこら、受かったのはクラウド君なんだぞ」

 

ガストが半ば苦笑しながら、無邪気に喜ぶ娘にからかうような口調で言うと、エアリスは意 に介さない様子で、笑った。

 

「分かってますよーだ。ね、それよりクラウド、今日はご飯食べていって!いいでしょ う?」

 

「そうだな。クラウド君の合格祝いだ!盛大にやろう!」

 

「あら、じゃあお店お休みにしないと!」

 

受かった本人よりも、結局ゲインズブール一家のほうがはしゃぎすぎているようだ。

 

 

その日のクラウドの合格祝いパーティーは夜が更けるまで続いた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラウド、帰っちゃうの?」

 

パーティーが終わって、片付けも終わった頃、荷物をまとめているクラウドをエアリスは不 服そうな目で見とめた。

 

「泊まっていけばいいのに・・・・・・」

 

頬を膨らませて言うエアリスに、クラウドはそうもいかないだろうと苦笑する。

 

不機嫌なエアリスの頭をポンポンと撫でるとエアリスの顔に少し朱が差した。

 

「もう!子ども扱いするんだから!」

 

エアリスは今年18歳。独り立ちしたっておかしくない年齢だし、そろそろクラウドにも対 等に見て欲しいと思っている。

 

なのに・・・・・・。

 

 

「ほら、早く寝ろよ。明日も学校あるんだろう?」

 

 

 

―――クラウドの、ばか。

 

 

クラウドは、まだまだ納得のいかないように見える、いささか幼い彼女の頬を両手の平で捕 らえた。

 

困ったように笑いながら、そっと顔を近づけると、きょとんとした顔が目の前に浮かび、や がてそっと瞼を閉じる。

 

 

旋風がつい、と、通り過ぎるかのような触れるだけのキスを送った。

 

 

「お休みエアリス」

 

「おやすみなさい・・・・・・」

 

 

可愛らしく頬を紅潮させるエアリスを、クラウドは軽くあしらって、なだめた。

力量の差は明らかであり、エアリスはいつもクラウドに一言で丸く治められてしまう。

 

 

 

彼が出て行ったドアを見つめながらエアリスは溜息を付いた。

 

 

彼が好きで好きでたまらないのに・・・・・・・。

 

もっと、一緒に居たいのに――――――。

 

 

 

 

「クラウドの、馬鹿―――」

 

 

 

 

エアリスはもう一度、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラウドは暗い並木道を歩いていた。

 

もうとっくのとうに時計は十二時を回っていて、いつにもまして明るい月の明かりが金糸の 髪をゆらゆらと照らしている。

 

 

前方の角に、自分のアパートが見えた。

 

その階段を疲れた足取りで上っていくと、一匹の猫がまるで自分を持っていたかのように、 階段をするすると下りて来る。

 

数週間前からこのアパートに住み着いている妊娠中の野良猫だ。

 

このアパートは例に漏れず動物を買うことは禁止だし、もちろんこの猫はクラウドが飼って いるわけでもないのだが、何故だか、特別なつかれている。

 

 

いつものように頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると猫は気持ち良さそうに喉をごろごろと鳴ら した。

 

その様子がふと、表情をせわしく変える、あのエアリスの愛らしさとかぶる。

 

よく見れば、人懐こい大きな瞳も彼女のそれとよく似ている。

 

 

クラウドはふと笑いながら、何故だか毎日来るこの猫に、何故だか買ってしまった猫缶を開 けてやった。

 

猫は嬉しそうに尻尾を二、三回振りながらそれにがっつく。

 

 

ところが、いつもなら全部残さず食べてしまうのに、今日ばかりは半分残して食べるのを止 めた。

 

 

「お前、どうしたんだ?」

 

不思議に思って猫を見やると、あれほどはち切れんばかりに大きかったお腹がペッタリと凹 んでいる。

 

 

おまけになんだか痩せたようだ。

 

 

「子猫が・・・・・・できたんだな」

 

クラウドがそう言うと、猫は言っている事が分かっているかのように尻尾をゆらゆらと揺ら して、誇らしげな顔を見せつける。

 

 

そして、がふりと残りの猫缶を咥えると、産後の虚脱感からかどこか弱弱しい足取りで階段 を降りていく。

 

 

もう行ってしまうかと思われたが、その猫は何度も何度もクラウドを振り返りながら、まる でついて来い、とでも言いたげに誘うような目つきでこちらを見る。

 

 

クラウドが猫の後をついていくと、アパートの管理人のもう殆ど使われていない物置の裏 に、寄せ集めの布やら何やらで作った不格好な巣があった。

 

そこには毛玉が三つ、白斑のと、母親似で真っ白いの、あと金に見えるほどに茶色の眩しい 毛並みを持つ、なかなか賢そうな子猫。

 

額に白の星あり。

 

 

「へえ、可愛いもんじゃないか」

 

何だか嬉しくなってきて母猫の頭をもう一度撫でる。

 

すると、母猫は口に咥えていた猫缶を突き出して、子猫に食べろと催促する。

しかし、当然生まれたばかりの子猫にはそんなもの、食べられるわけがなく、哀れにもお腹 のすいた子猫たちはみゅうみゅうと悲しそうな声で鳴いて、抗議する。

 

 

「馬鹿だな、おまえ」

 

クラウドは呆れた目つきで母猫を見た。

 

「まだ猫缶なんて食べられないんだから、この場合、ミルクだろう?」

 

 

母猫は、不思議そうにしている。

 

 

 

クラウドがもう一度子猫を見やると、はと、あることに気づいた。

 

 

ぼろぼろの巣に見慣れた薄生地が一枚。

 

 

「俺のパンツ・・・・・・無いと思ったら、お前が持っていったのか」

 

クラウドは僅かに苦笑いした。

 

 

「さて、そろそろ帰るか・・・・・」

 

 

お間抜けな母猫と仔猫に背を向けて、クラウドは元着た道を歩き出した。

 

そのときかばんの中から着信を告げる携帯の音がした。

手にとって相手が誰だか確かめようとすると・・・。

 

「この番号・・・・・もしかして・・・・・・!」

 

ディスプレイに表示された電話番号を見て、クラウドは思わず携帯を取り落とすところだっ た。

 

もし、あの人だったら・・・・・・もしかして・・・・・・ひょっとして・・・。

 

 

「もしもし・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、チキンライスとカボチャスープですね、お待ちどうさま!」

 

店内には一人しか客は居なかった。これで最後、今日はもう閉店だ。

 

 

「そう言えばクラウド、今日ミッドガルに行くって言ってたけど、なにか用事があるのか な」

 

 

その時、もう閉店だというのにドアのベルの音がして、一人の客が入ってきた。

エアリスはそちらのほうを困ったように振り返り、

 

「すいません、今日はもう―――」

 

言いかけた。

 

 

が、

 

 

 

「あ、クラウド!」

 

入ってきたのはクラウドだった。

 

 

「どうしたの?こんな時間に。あ、そう言えばミッドガルに何のようだったの??」

 

彼が来たのが嬉しくてたまらないとでも言いたげな顔で、エアリスは言った。

 

声が嬉しそうに華やいでいる。

 

 

しかし、対照的にクラウドは何だか気まずそうな顔で「あとで」と呟いた。

 

 

エアリスがきょとんとした表情で何があったのかと聞き返すと、クラウドはいつもの特等席 に座り言った。

 

「コーヒーだけ、もらえる?」

 

「・・・・・・?うん」

 

 

 

エアリスがコーヒーを淹れている間、クラウドは暖かいオレンジの楊灯が心地よい中で、悩 んでいた。

 

 

思い立ったように来てしまったけれど、彼女に何と言えばいいのだろう。

 

呼ばれたことは本当に嬉しいし、何より名誉のあることだ。

自分の為にもなる。行かない手はない。

 

 

でも、彼女は―――?

 

 

寂しがることは分かりきっている。

 

 

でも、

 

 

「どうしたの?」

 

 

エアリスが無邪気な瞳でクラウドの正面に座り、一杯の褐色の濃いコーヒーカップを差し出 した。

 

ゆるい湯気が立ち昇り、何だか切ない哀愁をかもし出している。

 

 

「あのさ・・・・・・」

 

「なあに?」

 

「俺のこと・・・・・その・・・なんだ・・・・・好き・・か?」

 

エアリスは弾かれたように目を真ん丸くした。

 

いつもの彼からは予想もつかない、おおよそ大胆な言葉。

 

いつも好き、って言っているけれど、改まってこう言われると、恥ずかしくなってくる。

 

 

「好きだよ・・・・・・どうしたの?」

 

エアリスは顔を赤らめながら言った。店内にはもう誰もいない。

 

おちょくられているのかと思って、笑いながら返すが、クラウドの真剣な眼差しに思わず 黙ってしまう。

 

クラウドは意を決したように口を開いた。

 

「黙っていてもしょうがないよな。あのさ、俺ミッドガルの病院に研修に行くことに決まっ たんだ」

 

 

ちょっと下を向いて、それから確かめるように、相手の瞳を見る。

 

探るような眼差しの先に、不安に揺れる両の瞳があった。

 

 

「え・・・・・・ミッドガルって遠い」

 

当たり前のことを漠然と口に出すエアリス。

 

「私は・・・・・・?」

 

思わず聞いてしまう。

クラウドは困ったように笑って言った。

 

「エアリスはまだ、高校生じゃないか。焦るなよ」

 

「だって、わたし・・・・・・」

 

すがるような目つきで見やるエアリスに、クラウドはほろ苦い気持ちを抱えたまま口を開 く。

 

「研修は六年だけど、でもその間全く会えないって訳じゃないし・・・・」

 

「忙しいから殆ど会えないじゃない!」

 

エアリスは迸る気持ちのままで言い募った。既に両方の眼は潤み始めている。

 

「なんで、そんな遠いところに行くの!?近くに病院あるじゃない!!」

 

高ぶったままで言うと、クラウドはエアリスの両肩を掴んで落ち着かせ、言う。

 

「俺、セフィロス先生に推薦で呼ばれたんだ。研修に来いって。知らないかもしれないけ ど、セフィロス先生は外科の・・・・・・」

 

「知ってるもん!」

 

エアリスは急に大声で叫んだ。

 

「だったら・・・・・・・」

 

「違うもん!」

 

もうエアリスは泣き始めていて、段々クラウドの手の着けられないものに変わっていく。

 

「違うもん!!」

 

「エアリス」

 

 

「違うもん違うもん違うもん違うもん!」

 

「エアリス!」

 

クラウドはエアリスを抱き寄せて、そっと両頬に手を添えた。

エアリスは目を真っ赤にしながら、クラウドの胸をぎゅっと掴むと、首を振りながら言う。

 

「セフィロス先生は・・・・・・」

 

「ん?」

 

「私のお兄ちゃんだもん」

 

 

その瞬間、死にも似た静寂が辺りを包み込み、クラウドはエアリスを抱えたまま硬直した。

 

「エアリス、今なんて……?」

 

首をぜんまい仕掛けのロボットのように動かして、クラウドは見上げてくるエアリスに問う た。

 

「セフィロスおにいちゃんは、私のお兄ちゃん!」

 

「・・・・・・・」

 

クラウドは改めてエアリスの顔をまじまじと見つめた。

 

そういえば、この瞳・・・・・・明るいライトグリーン。あの人のは青みがかっているが似 たような色をしている。

 

綺麗な面持ちも言われてみればそっくりだ。

 

それにこの、人類にはまたと居ないような超スーパーに個性的な前髪も・・・・・・。

 

 

 

なんで、今まで気づかなかったんだ?こんなくりそつな兄弟・・・・・・。

 

 

「ま・・・・・・マジで・・・・・・?」

 

 

クラウドは凍りついた頭を凍解させると、自分の行く末について頭をさっと巡らした。

 

 

あの人は最強な兄馬鹿だから、その妹と付き合っている自分は一体・・・・・・?

 

脳内スクリーンに来る日も来る日も苛め続けられる自分の姿が浮かんでは消えていった。

 

 

もしかして、セフィロス先生はこのために自分を神羅病院に推薦してくれたのかもしれな い。いや、まさか・・・・・・・でも・・・・・・。

 

 

「エアリス、もしかして俺と付き合っているっていう事、お兄さんに言ったのか?」

 

「うん・・・・・・何かまずいことでも・・・・・・?」

 

 

もちろんエアリスは大好きなお兄ちゃんに真っ先にこの事実を伝えた。

 

そのときのセフィロスは

 

「くっくっく・・・」

 

と奇妙な薄笑いを残して電話を切ったそうだが、クラウドには当然知る術がない。

 

 

クラウドは顔色を変えた。

まずい、絶対に怒っている、セフィロス先生は。

 

電話で、いや目の前で謝り倒すしか、自分の生きていく道はないかもしれない。

セフィロス先生を怒らせて、何事もなく余生を送れた人物は一人も居ない。

 

ああ、一人も居ないのだ!

 

 

「それよりクラウド」

 

思い悩むクラウドの裾をエアリスがぎゅっと掴んだ。

 

クラウドがはっと我に返ると、エアリスが不安そうな瞳でこちらを見やってくる。

 

「どうしても、行くの?」

 

「ああ」

 

行くも行かないも、この申し出を断ったら、医者人生も、ヒューマン人生も諸共終局を迎え ることになってしまう。

 

「俺は医者になりたいんだ・・・・・・分かってくれるだろうエアリス?」

 

クラウドは逆に縋るような目でエアリスを覗き込んだ。

 

自分だって彼女と離れたいわけではない。出来るなら、彼女を連れて行ってしまいたい。で も、できない。彼女はまだ高校生だし、自分には彼女を養えるだけの財力もない。

 

付け加えるなら、命だって惜しい。

 

 

だからこそ、エアリスには、彼女だけには分かって欲しい。信じて欲しい。

 

自分が彼女を見捨てるわけではないことを。いつか絶対に、そう有り触れた言葉だけれど も、迎えに来ることも・・・・・・。

 

 

「六年たったら、絶対に立派な医者になってみせる。そしたら、あんたを迎えに来る。約束 するよ」

 

 

エアリスは俯いたままだ。

 

こういうときに限って、「あなたを信じるわ」とか「愛している」なんて言うのは安い少女 マンガかドラマでのことだと思う。

 

幾ら信じているからって、そんな簡単に「いってらっしゃい」なんて言える訳がない。自分 が置いていかれるって分かっているのに・・・・・・。

 

 

幾らなんでも――――――

 

 

 

 

「やだ」

 

 

エアリスはきっぱりと言った。

 

別に困らせたいわけではない。

ただ、彼と一緒に居たいのだ。単なる我がままであったとしても。

 

裾を握る手に力を込め、エアリスはもう一度言う。

 

「やだ、私もクラウドと行きたい」

 

消え入りそうな声でもう一度。

 

 

「お願い、連れて行って・・・・・・」

 

 

分かっている。クラウドの答えなんて。

 

でも信じたくなくて、肯定を見たくなくて。

 

瞼をきゅっと下ろしたまま下を向く。

 

気配で分かる。クラウドが首を横に振るのが。

 

分かっているのだけれど――――――

 

 

 

「いやだよぅ・・・・・・やだ・・・・・・やだーーーーー!」

 

鼓膜を突き破るがごとく、甲高い声が店内に響き渡った。

 

クラウドは一瞬驚いて、唖然としたが、すぐに自分を取り戻す。

 

泣きじゃくるエアリスを何とかしてなだめようと、手を尽くすがエアリスはなかなか泣き止 まない。

 

 

でも、だからといって連れて行くことは出来ない・・・・・・。

 

 

「エアリス・・・・・」

 

静かに彼女の名を呼ぶ。

 

僅かにエアリスが身じろいで、顔を上げた。

 

「俺のこと信じられない?」

 

 

クラウドの問いにエアリスは驚いたように目を瞬かせて、言った。

 

「信じているよ・・・・・・でも」

 

まだ、にわかに諦めきれないエアリスの声は涙で震えていた。

その気持ちを察して、彼女の自分への気持ちに愛しさを感じつつも、揺るがない決心を内に 秘めて、クラウドは言った。

 

「本当に俺のことを信じているんだったら、一つ約束しないか」

 

クラウドが優しくエアリスを抱き寄せる。

 

唇が触れ合うか合わないか程の距離で、お互いの吐息を感じながら、クラウド優しくエアリ スに微笑みかけた。

 

エアリスがまた違う理由で頬を紅潮させ、恥ずかしそうにクラウドの胸板に手の平を添え る。

 

その瞼を唇で薄くなぞって、クラウドはエアリスの耳元で囁いた。

 

 

「もし、六年たっても、十年たっても、いや、ずっと俺と一緒に居てくれるというなら」

 

エアリスが続く言葉への期待に胸を高鳴らせた。その鼓動が真っ直ぐクラウドに伝わる。そ れが、ただただ愛しかった。

 

「婚約してくれ」

 

 

瞳と同じ様に透き渡る声は凛としていて、その言葉同様に美しかった。

 

酔わせるような一種の陶酔感がエアリスを襲い、甘い響きが胸を詰まらせた。

 

返す言葉はなく、擦れたような渇きが唇を通して乾いた音を立てるだけで、ひどくもどかし い沈黙が流れた。

 

嚥下して湿らせた喉が歓喜に震えるのが分かる。

 

 

先ほどの落胆を凌駕する喜び。

 

ぎこちなく頷いたときには、既にエアリスはクラウドに抱き締められていた。

 

 

「ふえっ、クラウドぉ!」

 

「いいんだな、エアリス。やった!」

 

クラウドのエアリスを抱き締める腕に更に力が入り、エアリスは息苦しさに身を捩った。

 

「あ、ごめん」

 

「ううん」

 

言葉とは裏腹にエアリスは少し痛そうだったけれど、とても嬉しそうだった。

それは、クラウドにも―――。

 

「エアリス・・・・・・」

 

クラウドはゆっくりとエアリスを優しく抱き寄せた。

 

エアリスの唇を優しく食(は)んで自分の胸元に引き寄せる。

 

すっぽり収まってしまうエアリスの、華奢な首筋に顔を埋めて、あまやかな体臭を吸い込ん だ。

 

「六年間、待っていてくれるだろ・・・・・・?」

 

 

置いていかれるのが恐かったエアリスを、安心させるように髪を撫でながら、問う。

 

エアリスは頷いた。

 

「ありがとう」と、クラウドは囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日かぁ・・・・・・」

 

「そうだな」

 

まだ寒い路地をクラウドとエアリスは歩いていた。

明日はクラウドが神羅病院に研修にミッドガルへ行ってしまう。

 

最後の一日を二人で、デートして過ごした。

 

 

ミッドガルは遠い。なかなか会えるようなものでもない。

 

二人で歩くのも当分お預けだと思うと、なんだか心虚しかった。

 

 

「あ、ここだ」

 

クラウドがエアリスを手招きした。

 

クラウドのアパートの管理人さんの倉庫の裏。

あの猫たちの住処だ。

 

「ほら、見てみて」

 

巣の上に乗せてある自分のシャツを捲って、エアリスに毛饅頭を三つ見せてやる。

 

「きゃあ!可愛い!」

 

エアリスが手を伸ばして一匹猫を抱いた。

 

「えへへ、あったかい・・・」

 

もこもこした仔猫と、エアリスは何だか似ていて、クラウドは少し笑った。

 

「母猫、まだ帰ってきてないみたいだな」

 

「そーだね」

 

「なあ、悪いんだけどさ」

 

クラウドは予てから頼もうかと思っていたことを、初めて口にした。

 

「俺がいない間、たまにでいいからこいつらの様子、見てくれないか?そのうちどっか行く と思うし・・・でもそれまでは、何だか心配でさ。母猫がボーっとしているから・・・・・」

 

エアリスがきょとんとして、クラウドを見つめたが、すぐに満面の笑顔になってこくんと頷 く。

 

「うふふ、こんな可愛い猫ちゃんを看れるなら大歓迎です !」

 

「そうか、良かった・・・・・・」

 

 

安堵に胸をなでおろすクラウドをエアリスは横目で見つつ、抱いていた仔猫を巣に降ろし た。

 

 

「明日はもう、クラウド遠いミッドガルだモンね」

 

「そうだな」

 

エアリスが不安そうに頭をクラウドに凭れかけた。

 

それをクラウドがそっと抱く。

 

「何か、甘えんぼだな」

 

「まあね」

 

エアリスがふっと溜息を付いた。それがクラウドの頬をかすめる。

 

「六年か・・・・・・分かっているんだけど、長いなぁ・・・・・・」

 

「たまに遊びに来ればいいだろ。電話するし」

 

「そうだけど・・・・・・分かってないなぁ」

 

いつでも傍に居てほしい女心が分からないのは、クラウドの罪なところ。

にぶいのも、厄介なところ。

 

「大丈夫だって・・・・・・」

 

安心させるようにクラウドが言う。エアリスはその脇で優しく笑った。

 

「そうだね。無理に背伸びしてもしょうがないよね・・・」

 

「すぐ大きくなるさ」

 

「そっか」

 

あんまり分かっていないようなクラウドを置いてエアリスがすっくと立った。

 

話がかみ合っていないような気もするがもうそれでもいい。

 

唯もう少しだけ長く居たくて、傍に居たくて、エアリスはぎゅっとクラウドの腰に抱きつい た。

 

「ねえ、もうあっちの家決まった?」

 

 

クラウドに神羅病院への推薦が決まったのは一週間前。

 

急なことで嬉しいのは山々だが、少し時間が足りない。

ましてやどこかの部屋を借りる時間がクラウドにあったとは思えない。

 

「うーん、時間が無かったからさ。暫くは向こうに居る友達の家に厄介になろうと思って」

 

「それじゃあ、大変でしょう?」

 

「まあな」

 

「!じゃあ、私がお兄ちゃんに頼んであげる!」

 

「!?エアリス!?」

 

「あ、もしもし?お兄ちゃん?私、エアリス。うん、あのねクラウドがね、推薦の話急だっ たから向こうの家決まっていないんだって。でね、何とかしてもらえないかなあって」←電話している

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

「え、本当?ありがとうお兄ちゃん、大好きvv」

 

 

ぷつ←電話切った

 

 

「え・・・エアリス・・・・・・?一体何を…….

 

クラウドが恐る恐る尋ねるとエアリスは満面の笑みで言った。

 

「うん、あのね、お兄ちゃんのマンションの部屋余ってるからクラウドにタダで貸してくれ るって!良かったねクラウドv」

 

嬉しそうに言うエアリスとは対照的にクラウドは凍りついた。

 

研修の給料がコンビニのバイトより安いことを考えれば、これ以上はない幸せな待遇だが、 それはあくまで相手が正常だったときだけだ。

 

「研修のお給料じゃ大変だから、面倒見てくれるって!お兄ちゃん本当に優しいなぁ 〜〜〜v誰かに騙されやしないかしら?」

 

 

 

いや、それはありえない、とクラウドは胸のうちで絶叫した。

 

 

 

脳内スクリーンに映る映像が先程よりもずっと鮮明になる。

 

きっと研修とバイトを両方こなすより大変な毎日が待っているに違いない。

 

 

しかし、こうなってしまっては今更「いやです」などと言えるわけも無い。

 

 

「はあ、よろしくお願いします・・・・・・」

 

 

 

 

こうして次の日、クラウドはミッドガルへと旅立って行った。

 

 

「クラウド顔色悪かったけど大丈夫かしら・・・・・・?」←えありす

 

「まあ、大丈夫だろう。何たって向こうにはセフィロスが居るからな!」←ぱぱん

 

「そうよ、セフィロスが何から何まで面倒見てくれるわ。昔からイカ一匹殺せない優しい子 だったものv」←ままん

 

「そうね!お兄ちゃんが居るものね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 終