再会は、突然に 前

再会は、突然に 前



青みがかった乳白色に輝く小さな石。
なぜ持っているのか分からないけど、でもいつだって持っていたい。そう思う―――。




「お姉ちゃん!」

きらきら光るヒカリのシャワーを燻らす窓辺に、紅茶の入ったカップは良く似合う。
そこにお茶菓子を摘みながら、ゆったりとした椅子に座って本を読んでいるのは、最高に優雅な冬の昼時の過ごし方だと思う。

だがそんな静かなひと時も、階段を駆け下りてくる音と、かしましい妹の呼び声に優しい幕は破られた。

しょうがなく本を閉じると、タイミングよくリビングのドアが開いて、黒髪の愛らしい少女が転がり込んでくる。

「お姉ちゃん、今日ひまッ!?」

鬼のような形相で問うてくるのは、「妹」のティファだ。

「え・・・ええ、暇だけど、どうしたの?」

その圧倒的なまでの威圧感に引き気味なのが、「姉」のエアリスだ。

「丁度良かったー!あのね、今日ガーネットが、急にお父さん倒れたとかで合コンこれなくなっちゃったの。お姉ちゃん、一緒に来て!人数、会わなくなっちゃ う!」

ガラにも無く両手を胸の前で合わせて瞳を潤ませ懇願するティファ。
エアリスは、かわいそうに思いながらも小さな声で断り始める。

「だ・・・だめだよ。わたしなんか行ったら面白くなくなっちゃうよ?それに、ほら、ティファちゃんの友達みんな可愛いし・・・・・・わたし・・・」

もじもじと、申し訳無さそうに人差し指を突っつきあいながら、エアリスは伏せ目がちに言う。しかし、ティファは俯く姉の顎を掴んで無理矢理目を合わせた。

「何言ってんの!お姉ちゃん、すっごく綺麗だよ!もぉ〜ぜったい人気者になれるって!」

「そ・・・それはティファちゃんが綺麗だから・・・」

ティファは苛立たしげに艶やかな黒髪をかきあげた。乱暴な手つきにも関わらず、髪はさらさらとほどけていく。

「わたしなんか関係ないでしょ!?私から見たってお姉ちゃんはすっごく美人!人生が顔で決まるんだったら、お姉ちゃんはもう成功の切符の八割は既に持って るわよ!あとは勇気と根性!」

いっきにまくしたてるティファにいたっては、頼み込まれて最後まで断りきれた者はいない。ことにティファに依存傾向のあるエアリスにいたっては、それさえ も既に時間の問題だった。

「で・・・でも、わたし新しい本三冊も買ったの」

「それがどうしたのよ。お姉ちゃんってば、することと言えば、庭いじりか読書ばっかり!もう明日はクリマスなのよ?また一人でいる気なの!どうなの!?」

ティファの怒涛の攻めにエアリスはとうとう折れた。










「へぇー、きみティファちゃんのお姉さんなんだ」

「・・・・・・・・・はぃ」

エアリスにとって、そこは明らかに異質な場所だった。
見も知らぬ人が同じ場所に集まって、話したり酒を飲んだりしている。
知らない男の人が、自分の腰に手を回している。
エアリスにとっては全てが新鮮を通り越して、不思議で異常だった。
困ってしまってずっと自分の携帯のストラップを見続ける。そこには青い乳白色の石が付いていた。

「ね、エアリスちゃんメアド教えて」

唐突にそう言われて、びっくりしてしまう。困って妹を仰ぎ見れば、しょうがなさそうに、目配せしてくれた。

「ちょっとちょっと〜、うちのお姉ちゃん初心(うぶ)なんだから、扱いに注意してよね。ほらそこ、可哀想に硬直しちゃってるじゃない」

ティファの助っ人が入っても直、エアリスの男慣れなさと、本人の自覚していない容貌の美しさに惹かれるのか、後から後から虫が寄ってきた。

中にはこの後、二人で飲みなおさないかと誘ってくる者もいれば、自分に自身があるのか甘ったるい言葉でホテルに誘ってくる者もいた。しかし、両者とも、と くに後者はティファにぶっ飛ばされたが・・・・・・・。



合コンが終わる頃には、もうエアリスはくたくただった。

「なんか、今回はめぼしいのがいなかったなー」

ティファが伸びをしながら愚痴を零した。
エアリスはそんな妹に溜息を付く。

「ティファちゃん、男の人には気をつけてよ?お姉ちゃん、いっつも心配してるんだから」

「もう、心配性だなぁ。大丈夫よわたしは!それよりもお姉ちゃんは自分のこと心配したらどうなの?そんなんじゃ、一生恋人できないわよ!」

「べ・・・別にいいもん。それよりティファちゃん、出かける前に小包届いてたよ?何買ったの?」

エアリスは慌てて話題をそらした。ティファはなぜか、やたらと姉である自分のあるようで実際はない恋愛模様に、本物というエッセンスをさしたがる。

「え!?ほんと!やったー、来たんだ。はやいーー!!」

ティファは小躍りせんばかりに喜ぶ。何事かと訝しげな表情をするエアリスに、ティファは耳元で囁いた。

「クラウド・ストライフ限定カレンダー・・・♪」

そう言うと、本当に実際くるくると踊りだしてしまった。

「ティファちゃん、あの人好きだモンね」

エアリスが再び溜息をつく。ティファの部屋は『あの人』関連のグッズでいっぱいで、壁なんかポスターで見えやしなかった。

「好きなんてものじゃないわよ。なんかもう、愛してるって感じ」

そう言うが、実際は崇拝しているに近いような気もする。

「今度、初来国なのよー。お願いだからチケット当たってー!」

あの人のショーはすごく人気が高くて、ファンクラブ会員のティファでも抽選になってしまう。つまり、一般人ではまず手に入らない幻のようなチケット。ティ ファもすかさず応募したのだが、当たる確率は相当低い。


あの人・・・クラウド・ストライフ。

22歳のドイツ出身の世界的人気のダンサー。
彼のショーを見た人は老若男女問わず、彼の魅力に夢中になってしまうという。
セクシーでエネルギッシュで、引き込まれるような彼のダンス。その独自の世界観は既成のものに捕らわれない自由な精神の表れだという

いう・・・・・のだが、エアリスはあまり彼のことは知らない。
べつに彼が嫌いなのではなくて、そういうことに疎いのだ。

そういうことを考えれば、ティファとエアリスは正反対と言ってもいいほどの対照的な姉妹だった。
妹のティファが運動神経抜群、アウトドア派なのに対し、エアリスはとろくて、間違えようの無いほどインドア派だった。

ティファが、誰にでも気がかりなく話せるのに対し、エアリスは内向的で恥ずかしがりやだった。

そんなものだから、ティファは姉に必要以上に干渉したがるし、エアリスは妹に依存する傾向が多々あった。


「チケット・・・当たるといいね」

果たしてそんな風に思っている人が、この地球上に何人いるのかと思いながら、気休めの言葉を口にした。

手に持った携帯のストラップが―――その青い乳白色の石が揺れた。






「きゃーーーーーー、おねーーちゃん!!!!」

新しい年を迎えて、一週間と二日目。
こんこんと雪の降る静かな朝に、妹の絶叫が響き渡った。

「え!どうしたのティファちゃん?ど・・・泥棒!!?」

慌てて沸かし途中のやかんを手に取り、妹の部屋へ向かう。
沸騰寸前のそれはしゅうしゅう熱そうな音を出している。

「大丈夫!?ティファちゃん!」

ばたんとドアを開けると、そこには何ら変わらないクラウド・ストライフづくしの部屋と、ベッドに倒れているティファがいるだけだった。

「あれ・・・・?泥棒は・・・?」

「は・・・、泥棒・・・?何言ってんのお姉ちゃん。ってか何持ってんのよ。わたしにかけるつもり?」

「(@_@。いや・・・これは・・・」




―――「え、当たったの?」

エアリスは目をぱちくりさせて妹に問うた。
ティファがチケットを二枚ひらつかせて胸を張る。

「そう!クラウド・ストライフ世界ツアー最終公演!なんとS席!神様もわたしのこと見捨てなかったのね(>_<)!」

「ふわぁ〜。すごい・・・・・・」

ティファのファン魂も運まで見方につければ、末期だとエアリスはこっそり思う。
しかし、ほんとに・・・すごい。

「あ・・・でも誰と行くの?二枚あるけど・・・・・・・」

ふと、ティファの持つ二枚のチケットが気になって聞いてみる。ティファは先ほどまでしていた小躍りを止めて、心底呆れたようにエアリスを見た。

「決まってるでしょ!いくら仲のいい友達でも、こんなレア物渡して溜まるもんですか!お姉ちゃんが行くに決まってるじゃない!!」

「ええ・・・!!」

「ああ、愛しのクラウド様〜〜!」

そのとき振り上げたティファの手から一枚チケットが滑り落ちた。
それがまるで誘われるかのように、エアリスの手元に落ちる。
エアリスはその表面をなぞり読んだ。

―――クラウド・ストライフ世界ツアー2005。
世界最高のエンターテイナーが贈る奇跡と感動のスペクタクルショー。それはまさに〜妖しい時間〜・・・。―――

・ ・・・・妖しい時間・・・サブタイトル・・・!?

「ティファちゃん、これなんか危ないよ!」

「何言ってんのよ。もう、お姉ちゃんったら」









会場を出て行く車を襲う、降り注ぐようなシャッターの嵐。
そしてそれに続く、出待ちの人ひとひと。

いったい誰が通したんだ、とクラウドは苦々しい気持ちを抱く。
そもそもこんなパーティーは、あまり好きではない。それなのに、公演するごとに毎回出席させられる。自分のためのパーティーだから出ないわけには行かな かった。
世界ツアーを後援している企業が主催しているという理由もあったが。


「えらく不機嫌なんだな、と」

運転手が声をかけてくる。
クラウドは肩をすくめて、応えた。

「・・・もうそろそろ両手両足の指だけで数え切れなくなるぐらい、慰労パーティーに出てるんだぞ」

「記者会見は毎回・・・だろ?」

「・・・・・・」

クラウドは溜息を付いて運転手から目を離した。
窓から外を眺めると、やっと追いかけの雑踏から逃げ出せたようだった。

「だいだい、あんたはギリギリまでスケジュールを教えない」

クラウドは憤然として言った。今日のパーティーだって、覚悟はしていたが、はっきりと伝えられたのは、それの始まる二時間前だった。

「伝えてるぞ・・・と。間に合う程度には」

「お前がスケジュール以外のことに秀でていなかったら、即刻解雇してやるところだ」

クラウドは運転手を睨んだ。
この男―――レノはクラウドが見てきたところ、すこぶる優秀なマネージャーだった。頭がいいのか、こちらの言いたいことは黙っていても伝わるし、ここ一番 の仕事は交渉してでもしっかり取ってくる。自分のダンサーとしての成功は、レノに早い時期に合えたことがあげられる、とクラウドは考えている。

しかし―――


「どこいくんだ?」

宿泊先のホテルとは明らかに違う場所にそれていく車のそれを、クラウドはいぶかしげに見た。

「このあとは後援先の社長さんの奥さんと娘さんと会食だぞ、と・・・」

「待て。それは初耳だぞ。そもそも俺はもう腹いっぱい食った」

「じゃあ、はち切れるまで食べるんだな、と」

こういうところがレノの最大の欠点だ。
どうにもかくにも頭が痛む。
しかしその欠点をもってもなお有り余るほどのレノの力量は、いっそう凄まじい。

「次の公演が終わったら三ヶ月の休養、とってきてやったぞ、と・・・」

クラウドはその言葉に思わずシートから転げ落ちそうになった。
勢いあまって立ち上がり、したたかに頭を天井に強打する。

「・・・・・・ッ」

あの冷静沈着なクラウドとは思えないほどのリアクションに、レノはほくそ笑んだ。

「初恋・・・約束・・・・・・か」









「さーて来ました、三月。あと九日でクラウド様に会える!!」

「先走りすぎだよティファちゃん・・・」

「なーに言ってるのお姉ちゃん。あ、わたしショーに着て行く服買わなくちゃ(><)デパート行こうよ!」

「え、また買うの・・・?ティファちゃん今月お金まずいんじゃ・・・」

「〜☆」




ティファの服のセンスは相当いい。エアリスに言わせれば、ティファの服は露出しすぎなのだそうだが、それでも何故かティファが着ると健康的なお姉さんに見 えるの甚だ疑問だ。

しかもどこにそんなお金があるのか心配になってくるぐらい買う。
エアリスはこの前勇気を出して、お水の商売の有無について聞いてみた。しかし応えはNO。姉としては妹を信じてやることしか出来ず、未だにティファのお金 の出所は謎だ。


「買いすぎだよ〜ティファちゃん!もうお姉ちゃん持てない!」

「え〜、しょうがないなぁ。次わたし向こうのデパート行ってくるから、休憩しててよ。じゃあこれ持っててね」

結局エアリスは全ての荷物をその小さな腕に抱えて、広場で一人休憩することになった。本当にティファは溢れるくらいに服を買って前が見えない。
ショー見に行くための服を買いに着たんじゃないの、と思う。

しかしティファは足取り軽く、向かいのデパートに飛んでいってしまった。

「んも〜。ティファちゃんったら!」

そう言って、エアリスは日の当たっているベンチに向かって歩き出した。
しかしそのとき強い衝撃が彼女を襲う。

「きゃッ!」

踏みとどまろうと体を硬くしたが、抵抗虚しく荷物ごと放り出される。
そのまま後方に倒れこんでしまった。

「あいたたた・・・・」

そろりと体を動かすと、肘や膝にぴりぴりとした痛みを感じた。擦り剥いてしまったんだろうと思って、少し悲しくなる。

・ ・・お風呂はいるとき痛いなぁ・・・。


「大丈夫か」

急にかけられた男の低い声に、エアリスは体をビクリとさせた。
男の人は苦手なのだ。

ビックリして顔を上げると、そこには金髪にサングラスの男がいて、壁にもたれながらこちら側に手を差し出していた。

エアリスは反射的にその手を取る。エアリスは一瞬だけその顔を見た。
男は黒い皮の服を着ていた。全身真っ黒に見えたが、妙な雰囲気はせず、似合って見えた。


エアリスは俯いたまま立ち上がると、散らばった荷物を急いでまとめた。気恥ずかしくて一刻も早くこの場から去ってしまいたかった。

「すいませんでした。ありがとうございました」

そう言って早くベンチに行こうとする。しかしそのとき偶然にもまた歩を進みかけたその男と、すれ違いざまにぶつかりそうになった。

エアリスは今度こそ完全に男を見上げた。

謝罪の言葉を述べようとした途端、男が息を呑むのが分かった。サングラスの奥で目を見開いたのが手に取るように伝わった。


「・・・エアリスッ!」

外人とばかり思っていた男から自分の名前が流暢な言語で飛び出した。

「え・・・・」

「俺だ、俺・・・クラウド・・・・クラウド・ストライフ!」

エアリスの中ではシナプスがこう繋がった。

―――ティファちゃんの好きな人!

それがぽろりと口に出る。
クラウドと名乗るその男が怪訝そうな顔をしたのが分かり、しまったと後悔する。

「あんた・・・・エアリスだろ?」

「は・・・・はい、そうですけど・・・」

そう返した言葉に、男の顔がほころぶのを見る。
先ほどまでしかめ面をしていたので、思わず綺麗な顔だな、と思ってしまう。

男は興奮冷めやらずな様子で、エアリスの腕を掴んだ。

「エアリス・・・・会いたかった・・・ずっと」

「!」

エアリスは慌てて男の腕を振り払った。
こういう類は彼女にとって危険なシチュエーションだった。
知らないオトコノヒト。知らないコト。分からないモノ。

コワイ


「わ・・・わたし、あなたのこと知りません!」

瞬間、男の顔が凍りついた。

「俺のこと・・・覚えてないのか!?」

「最初から知りません!!」

男が更にエアリスの腕を捕まえ力強く握った。
痛みが走る。振りほどこうにも力が強すぎてどうにもならなかった。


「小学校二年生のとき!クラスで一緒で・・・!俺はあんたに、別れ際に・・・・・・青い守り石を渡した!」

青い守り石・・・

そしてすぐにあのお気に入りのストラップを思い出す。
青い石・・・・。

「青い乳白色の・・・石・・・・・」

エアリスがそう呟いたのを男は聞き逃さず、サングラスを取ってエアリスの顔を見つめた。

眩しいほどの金髪の髪に、吸い込まれるような瞳は青蒼藍・・・。

でも・・・知らない・・・・・・・・・


声を上げようとした瞬間、抱き締められた。


「キャッ!」

「間違いない・・・あんたは・・・エアリス」

その声が妙に哀愁漂っていて、思わずエアリスは抵抗する力を弱めた。
耳元に寄せられた唇からは愁いを帯びた低い声が、容赦なく彼女の聴覚を刺激した。

急なことでどうすることも出来ず、体は金縛りにあったかのように動かなかった。

だがその彼女の緊張に気付いたかのように、男はエアリスを放した。
変わりに両手で肩を押さえる。

「なのに・・・なんであんたは俺がわからない?」

そんなことを言われてもどうしようもなかった。
わからないものはわからない、ただそれだけだ。

でも相手は自分を知っている。青い乳白色の石のことも知っている。


いったい、誰―――――?



「約束・・・・・・したのに・・・」

男の声は震えていた。
悲しいのか、憎いのか。

「黒い森を見に行くって・・・」



―――「俺の故郷に二人で行くって・・・・・・ッ!」


「お姉ちゃんを放しなさい・・・・・・!!」


横から現れたティファが超ミニスカートを顧みず、男の顔に向かって回し蹴りを放った。

「くっ・・・」

男が間一髪のところでそれを防ぎ、防御の体制に出る。

ティファは空手有段者で、高校生のとき全国優勝した経験を持つ。将来有望視されていたのに、急に空手を止めた理由はわからないが、それでもその腕は未だ 鈍ってはいない。

そんなティファの一番得意とする神速の後ろ回し蹴りを、男は避けた。
ティファがほんの少し眉をひそめて相手を睨む。

「ごめんねお姉ちゃん。やっぱり一人にしておくと危ないかなって思って戻ってきたんだけど、案の定悪い虫が・・・!!」

ティファにとって自分の同意なしに姉に近づくものは、誰であれ害虫に他ならない。
“合コンでもないのに”。

相手の人相を確認もせず、敵として男を睨みつけるティファ。
しかし男は少し頭を捻ってティファそっちのけで考え事をしている。
やがてその青い眼を瞬かせ、ティファを凝視した。

「エアリスの妹・・・・・黒髪、暗褐色の瞳・・・・ティファ・・さん?」

今度はティファが驚く番だった。

「えええ!何でわたしとお姉ちゃんのことを知ってるの!?お姉ちゃん知り合い!?」

エアリスはティファの後ろに隠れながらよくわからないと首を振った。
姉妹二人で顔を見合わせて、首を傾げる。

ティファは首を戻して男の顔を見回した。

やがてそのティファが固まる。
エアリスにはかすかにティファが息を呑むのが伝わった。
妹がぎぎぃとロボットのように首を動かす。
その目があまりに無機質で正直恐かった。

「どうしようお姉ちゃん・・・」

「どうするって・・・」

「お姉ちゃんに近寄るのは害虫・・・。でも燃え盛るばかりのこのファン魂・・・。どうすればいいの・・・・・・?」

「えーと・・・とりあえず握手してもらったら?」

「そーね・・・・。あ、メモ帳持ってる?サインもしてもらおーっと」

絶叫するかとも思われたティファは意外と冷静だった。あまりの驚きが逆に彼女を冷静にしているらしい。

そこから先は静かだった。
ティファが“クラウド”に近寄ってすっと手を差し出す。それをクラウドが握る。
ティファがメモ帳を差し出す。クラウドが懐からペンを取り出してサインする。
あまりにも静かで、やたら自然でエアリスは変な光景を見ている気分だった。

やがて握手とサインを済ませたティファがそろそろとエアリスの元に返ってくる。

「あー、どうしよお姉ちゃん。握手しちゃった。」

「あ、うん。良かったね・・・・・・」

「この手は洗えないわ・・・」

「洗ったほうがいいと思うよ」

二人は有名人そっちのけで話をしていた。
姉は素ッからのぼけ。妹は突然の状況に思考回路が麻痺している。
それをクラウドが訳がわからず傍観しているという状況。

そして一分ぐらいしてからティファが硬直状態から立ち直った。

「で?お姉ちゃんなんでクラウド様と知り合いなの?」

エアリスが今頃気付いたようにのほほんと返す。エアリスは妹がいればそれだけで心強いらしい。

「うーん、良く・・・わからないか・・・な?あ、でもわたしのこと知っているみたいだし・・・・・。うーん」

ティファが軽く姉の頭を叩く。

「いた☆」

「知り合いの顔もわからないとは一体どういうことよ!ぼけも大概にしておいたら、お姉ちゃん!!?」

「ふえーんティファちゃん怒らないでー(T_T)」

「おい・・・すまないが・・・・・・」

『はい?』

二人がナイスシンクロで同時に振り向く。
クラウドはその色素の薄い瞳でティファを見た。

「見るところ、あんたがエアリスの保護者みたいだが・・・」

「いや、もう保護者って言うか、飼い主です」

「(゜o゜)ティファちゃん・・・」

「エアリスと二人で話をさせてくれないか?」

「あ、だめですね」


ティファがにこにこ笑顔のままで、そっと瞼を開く。その目があまりにも恐くて、エアリスはおろかクラウドも鳥肌が立ってしまった。

「良く話もわかっていないようなお姉ちゃんに近づく輩が今まで沢山いたんです。クラウド様もその一人じゃないとは言い切れませんよね?もう、こう・・・ ぼーっとしているところに「がばちょッ!」ってこられたら、可哀想なお姉ちゃん、一溜まりも無いですよね。だからだめなんです。誰かまっとうな人が保護観 察できるところじゃないと、もう男の人なんて論外って言いますか・・・・・・・ぺらぺらぺら・・・」

一気にまくしたてるティファにクラウドとエアリスはただ頷くしかなかった。


「わかりました?」

「いや・・・・・・」

クラウドはそれでも納得しきれないらしく、言葉を濁す。
相変わらずエアリスは、自分のことだと言うのに、ぼーっとしている。

それを見てクラウドは溜息を付いた。いったいエアリスはどうしたというのだろう。そんな考えがエンドレスに頭の中を駆け巡っていた。

隣にいるのは、間違いなくエアリス。自分が捜し求めていたその人に間違いない。
しかし、自分の記憶の中のエアリスは―――――――。


「どうしたんだ、エアリス。あんたはもっと・・・その・・・なんていうかはきはきしていて、活発な子だったはずだ」

その言葉にティファの眉毛がぴくんと跳ね上がる。
暫く黙った後、ティファはエアリスの荷物の大半をふんだくった。

「ティファちゃん・・・?」

「お姉ちゃん、わたしクラウド様と話すことがあるから先に帰っておいて」

エアリスが目を瞬く。だがやがてしたり顔に頷くと、笑顔でティファに手を振った。

「よかったねティファちゃん!いっぱい話してきてね!」

ティファが呆れたように姉を見返す。

―――この人は、本当に・・・・。


話が勝手に進んでいくのをクラウドは訳もわからず傍観していた。
自分が話したいのはエアリスのはずだが、目の前にいるのは妹のティファで、肝心のエアリスは手を振りながらバスに乗ろうとしている。

「おい・・・」

困惑して差し伸べた手を、姉の姿を見送ったティファがちらりと一瞥する。

「クラウド様。話したいことがあるの。泊まっているホテルでも近くにあるんでしょ?こんな所で内輪事情立ち話もなんだし、落ち着いて話せるところに移動し ましょ」

ティファは頭が切れるのだとクラウドは思った。
すぐにポケットから車のキーを取り出す。
付いて来いと、手で合図して、駐車場に向かう。
ティファはその後を無言で付いていった。

これから憧れのスターと同じ車に便乗するというのに、姉のことが絡んだ以上、ティファが緊張するなどということは無かった。


お金持ちの定番「黒のベンツ」。
その助手席にティファは乗り込んだ。

エンジンを点火して、暫くして車が動き始める。
クラウドは一言も話さない。
広い大路に出たときに、やっとティファが口を開いた。


「お姉ちゃん、変わりました?」

クラウドは頷く。

「ああ、全然、別人のように見えた」

「でも美人でしょ」

クラウドはこれには答えなかった。
沈黙が車を支配する。

「本人も気付いていないけど・・・もう、すごい、もてるんですよ」

「・・・・・・」

「なのに自分は綺麗じゃないって」

「・・・・・・・・」


クラウドが感慨深げに一瞬だけ視線を落とす。
ティファはそれを見てくすりと笑った。




「ついだぞ」

着いたのは、やはり超高級ホテル。
案の定、スイートルーム。

そこで椅子に座って待っていたら、紅茶と茶菓子が出てきた。
どうやらクラウドがボーイさんに頼んだらしい。
一口紅茶を口に含むと、鼻腔から甘い香りが抜けていって、なんとも言えない美味しさだ。紅茶が好きな姉を思い出して、飲ませてあげたいなどと思う。

「あー、美味しい。あ・・・お菓子貰いますね」

「ああ。で、話は?」

ティファがティーカップを置く。
かちゃりとスプーンの音が響いた。

「クラウド様が、お姉ちゃんに会ったのはいつですか?」

「小学校・・・一年生の途中で・・・そう、二年生の半ばまで一緒だった」

ティファがやれやれと首を振る。
クラウドはいぶかしげに目を潜めた。

「わたし、小さかったからクラウド様のことは覚えてません」

「・・・・・・」

ティファが少し困ったように微笑む。

「でもあの日のことは覚えてます」

「あの日・・・・?」

「交通事故にあったんですよ」

「・・・!」

驚愕に目を見開くクラウドを尻目に、ティファが溜息を付く。

「二年生の終業式の帰りに・・・わたしの目の前で信号無視の車にはねられました」

ティファが真っ直ぐクラウドの瞳を見つめる。

「それまでの記憶、ないんですよ」







「クーラーウードー!学校いーこーう♪」

並んで学校に向かう背には、大きなランドセルが揺れていた。


「ごめんねエアリスちゃん。いっつも・・・。この子もひねくれやだから、一度拗ねたらもう・・・・・・」

「ううん!クラウドをいじめる子がね、悪いの!」

その言葉に金髪に青い瞳の女性が柔らかく微笑む。そしてそっと手を伸ばして小さな女の子の頭を撫でた。

「この子をよろしくね。エアリスちゃん」



「クラウド、明日はケンカしちゃだめだよ」

「あいつらが悪い!俺の髪と目の色をいっつも馬鹿にする・・・」

俯いて半ば泣きそうな表情を浮かべた少年は母親にそっくりの金髪と碧眼の持ち主だった。
その白人の特徴が色濃く現れたゲルマン系の顔は、小学校のいじめっ子の格好の餌食となりうる。

だがなにも少年だってやられっぱなしでいるわけではない。つい、かっと頭に血が昇って考えるよりも先に手が伸びるものだから、今日も少年は派手な大乱闘を 繰り広げ、挙句の果てに廊下に立たされてしまった。いじめっこ等と仲良く。


そういう経緯があるのものだから、少年も引き下がるわけにはいかず、自分を戒める少女に必死で食い下がる。

しかし、少女は顔色一つ乱す事無く淡々と言い遂げた。

「わたしはクラウドの髪が好き。お日様の光に当たってきらきらしててとっても綺麗」

「・・・・・・」

「クラウドの目が大好き。海の色をとってきたみたいに青くて、おっきな宝石みたい」

少年の顔にほのかに朱が差す。

「わたしはクラウドが大好き!」

胸の辺りがむずむずして、少年は照れ隠しに少女の手を取って、家までまっすぐに走っていった。







「クラウドのお父さんってダンスしてるんだ!」

「うん・・・・・・」

そう言う少女の顔はきらきらしているが、返す少年の顔は暗い。

「クラウドも踊れる?」

「父さんに教えてもらっていたから。少しなら・・・・」

「わあ!ね、踊って踊って!」

少年が簡単なスッテプをいくつか踏む。彼が相当厳しい訓練を受けてきたことは、彼の洗練された動きを見れば一目瞭然だった。

「すごい!クラウドもお父さんみたいな「とっぷだんさー」になるの?」

少年が口ごもる。

「いや・・・・ううん・・・でも、もうダンスは止める」

「なんで?」

問い返す少女の瞳は無邪気そのものだった。

「父さんは、仕事で会ったほかのダンサーと“特別”に仲良くなったんだって。母さんが言ってた。もう帰ってこないって」

その瞳が一瞬で悲しみに染まる。

「・・・もう・・・・ダンスなんて・・・・い・・・・やだ・・・っ」

わなわなと震えだす少年の体をエアリスは両手いっぱい伸ばして抱き締めた。

少年は寂しくて泣いていた。

少女は必死に少年を抱きとめて、悲しみを和らげようと必死だった。

「わたしは・・・クラウドのダンス好きだよ。」

「とっても格好良かったよ」







「引っ越すの・・・?」

少女が唖然として信じきれない言葉を反読した。

「ドイツ・・・・・・もどっちゃうの・・・?」

「ああ。今月の終わりに・・・。俺も昨日知らされた」

少年の顔にやるせない色が灯り、少女は溢れ出しそうな涙をこらえるのに必死だった。

一番の友達だった。
人付き合いが苦手なクラウドはもとより、周りには男女問わずいつも人だかりができているエアリスにとっても少年は格別な存在だった。それはお互い分かって いた。
初恋とも言うのかもしれない。

「やだよ・・・・・やだ・・・・」

みるみるうちに少女の大きな瞳が曇っていく。頬を大粒の涙が零れた。
少年はいつか少女が自分にしてくれたように、まだ小さな両腕で少女を抱き締めた。

少女もまた少年にすがり付いて泣く。

暫くそうしていたが、お互いの悲しみを埋めることは出来るはずもなかった。

少年はこんなにも歯がゆい思いをしたことが無かった。
父が自分と母親を捨てたときでさえ、自分の無力さをここまで恥じたことは無かった。

―――俺がもっと大きかったら・・・・。


そうしたら彼女を連れて行けるのに。


だが幾らそれを願ってもどうすることも出来ず、幼い彼らはそこに縫いとめられたままだった。


俯いて二人言葉交わすこともせず、帰途に着く。

だが手は繋ぎとめるかのように硬く握ったままだった。








「エアリス、クラウド君に会いに行かなくていいの?」

母親は心配そうに彼女に尋ねた。

あんなに仲良くしていた二人が分かれるのがどれだけ辛いか、母親は分かるようだ。

「・・・・・・」

エアリスは今朝からずっと部屋に閉じこもって膝を抱えている。
朝食は食べなかった。

否、食べれなかった。


―――クラウドは本当に行ってしまうの・・・・?

尋ねても返す声は無い。
そもそも最初から答えはわかりきっている。

彼は行ってしまうのだ。遠いドイツへ。
エアリスにはドイツがどこにあるのかよく分からない。でもそれが海を越えた遠い場所だということは分かっていた。

幼い二人にとって、それは永遠の別れのようで、酷く悲しかった。

世界はこんなに広い。もう会えない。







エアリスと話せなかった。

もうきっとこれで二度と会うことは無いのだろう。

以前自分の部屋だった場所は今や綺麗に片付けられ、まるで自分の存在を否定されたかのごとく感じる。

もうこの家は売り払った。そのお金でドイツに帰る。

田舎の娘だった母が住んでいた南ドイツの町Glottertal。
黒い森と南部の山と湖に囲まれたわらぶき屋根の木造構造の家々が立ち並ぶ美しい町。

傷付いた母の心を癒すには、やはり故郷の大自然が必要なのだろうか。


クラウドはそっと手の平を開いた。
エアリスにあげようと思って毎日毎日ナイフで形を整えてきた青い乳白色の守り石。
なかなか綺麗に出来上がったけれど、もうあげることは出来ない。

一階から自分を呼ぶ母の声がした。
クラウドは階段を降りていく。

母に連れられて家を出た。振り返ることもせず、ただ見ていたのは隣の彼女の家だった。

あの窓の向こうに彼女はいる。

そう思ったけど、分かれるのが辛くて最後の挨拶が出来なかった。みっともなくおお泣きしてしまいそうで。

歩くほどに後ろへ流れていく彼女の家を名残惜しげに何度も何度も振り返る。母はそれに気付いているのか歩調が少し遅くなった。
だがしかし、それでも確実に家の姿は木々に隠れ隣の家に遮られ、角を曲がったところで見えなくなる。

家から駅まで近い。

電車に乗ったら本当に最後だ。

気を緩めたら涙が零れそうで、クラウドは必死になって下唇を噛み締めていた。
今にも泣きそうな情けない顔を母には見てほしくなくて、クラウドは意識して母の前を歩いた。

思い出だけが自分の後ろで置いてけぼりにされていた。

だがそのとき、自分の遥か後ろのほうで聞き慣れた声がした。
クラウドは慌てて振り返る。

そこにはピンクのリボンをつけた彼女がいて、肩を大きく上下させながら、自分を食い入るように見つめていた。

あまりに突然のことで、クラウドは口をぽかんと開けて彼女を見ていた。
エアリスもまた疲れきって声が出ない。

以外にもその沈黙を破ったのはクラウドの母だった。

「クラウド。駅で待っているから後から来なさいね。五分よ?じゃないと急行に乗れなくなるわ」

クラウドは頷いた。母の姿が段々と小さくなって見えなくなる。
クラウドはそれを確認してから、こんなに早く走れたのかと思うほど速く、今までで一番速く彼女の元に走った。

「エアリス!」

「クラウド!」

幼い二人がしかと抱き合う。
まだ十歳にもなっていないけれど、きっと一番大切な人。
もう会えなくなる?―――そんなのは絶対に嫌だ。


「エアリス・・・俺ダンス続けるから。―――有名になって世界中どこにでもいけるぐらい有名になって、そしたらあんたが何処にいても探しに行くから」

エアリスの胸がぽわんと温かくなる。

クラウドが約束を破ったことなんて無い。
探しに来てくれるということは、また会えるということだ。ずっと二人一緒に居られるということだ。

「うん・・・・。ね、わたしもクラウドの住むところに行きたい。いつか絶対行きたい」

「ああ・・・・・迎えに来るから、そしたら一緒に行こう。・・・・・赤頭巾ちゃんって知ってる?」

エアリスはこくりと頷いた。クラウドがエアリスを抱き締める腕に力を込めた。

「ドイツの民話だから・・・赤頭巾ちゃんの“黒い森”が近くにあるから」

「うん行く!絶対行く!クラウドと行く!」

クラウドはポケットから取り出した守り石をエアリスに渡した。

「これ・・・・」

「ドイツの守り石。ただの石ころだけど・・・ドイツに居た頃婆ちゃんがくれたんだ」

エアリスが恐る恐るそれを握る。

「いいの?」

「エアリスに持っていて欲しいから・・・・」

クラウドは恥ずかしげに鼻をすんと鳴らした。

エアリスがそれを大事そうに手で包む。

「あ・・・と・・・もう時間だ。行かなきゃ」

それは別れのときのはずだったが、以前より寂しくはなかった。
約束をした。いつか必ずまた会おう。
何年たっても何十年たっても。


クラウドが駅のほうへ向かって走っていくのをエアリスは見送った。

手にはクラウドのくれた守り石。
エアリスはクラウドの姿が見えなくなるまでじっとそこに立っていた。










エアリスはベッドの上で伸びをした。

今日も洗濯日和のいい天気だ。
リビングに下りてみるとティファの朝食を食べ散らかした後があって、肝心の彼女はもう仕事に行ったようだった。

ティファはバリバリのOLだが、エアリスは大手花屋のパート。
ティファと違って一週間に4日仕事すればいいし、夕方には帰ってこれる。
今日は仕事の無い日だった。

父が定年退職して仲の良い両親はエアリスとティファの二人に家を残して(ローンは残していない)田舎に家を買ってのんびり暮らしている。

もともと四人住んでいたので二人しかすんでいない今は部屋が余っている。
だが使っていないからと言って放置していては、家は汚れてしまう。
ティファは戦力として期待できないので、掃除はもっぱらエアリスの仕事だった。

今から掃除したらお昼ごろには終わるだろう。
そしたら午後から庭のお花の手入れを好きなだけしよう。
腰が痛くなったらリビングに戻ってお日様の日差しの心地よい窓の傍で、安楽椅子に腰掛けてこの前買ってきた本を三冊出来るだけ読んでしまおう。

掃除は楽しい。お花の世話はもっと楽しい。本を読むのは花の世話と同じくらい楽しい。

ふと、カレンダーが目に留まった。

カレンダーにはティファがつけた赤丸が日に日に増えていく。それの向かう先はクラウドさんのショーの日だ。

近所のおばさんに話したら、かなり羨ましそうにされた。エアリスは少し嬉しくなった。

・ ・・ティファちゃんって本当に運がいいなぁ・・・・。




掃除も終わったときだった。

エアリスがお昼の準備をしているときだった。
突然のチャイムでエアリスは玄関に出た。

「はーい!」






―――わかりにくいな

クラウドはレノに調査させた(本当に便利なやつだ)住所を頼りに、住宅街をうろうろしていた。

どうも、この辺は入り組んでいてどれがどの家だか区別が付かない。
だいだいさっきも同じ様な家を見たような気がしたが・・・。

もうこのあたりを一時間も歩き回っている。
ほんとうに、どうしたものか・・・・・。


クラウドは少しわき道にそれてみることにした。
大きな通りをうろついていてもしょうがない。

こうなったらしらみつぶしだ。


それでまた一時間。

いい加減、暑くなってきた。


今日は天気がいい。少し暑いくらいだ。


だがそのとき彼は通りの向かいの家の庭が花でいっぱいなコトに気づいた。

直感で思った。
あの家だと。






―――「!」

軽い足取りで玄関に出たエアリスを迎えたのは、金髪の青年だった。
思わず絶句する。

ティファちゃんは住所を教えてしまったのだろうか。

「え、あ……あの、ティファちゃんは……」

動揺する顔から滲み出す他人への恐怖にクラウドは気づく。

本当に変わってしまった……エアリスは。

「ティファは関係無い。俺が勝手にここに来たんだ」

「えと……その、どんなご用で?」

エアリスはびくびくした。
今のエアリスには彼が自分に会いに来たことなど、例え言われようとも理解できるはずがなかった。

“知らない人が、自分に会いたがるなんて”。


「あんたに会いに来た。それ以外のなにものでもない」

少しの怒りが語調に含められているのに気づき、エアリスは怯えた。
にぶくていつもおどおどしているけれど、人の怒りには人一倍敏感だ。
恐らく、怖がりだからこそ敏感になったのだろう。


「でも、わたし……クラウドさんに会うのは……その…」

うまく言えなくて口の中でもごもごしてしまう。

会いたいと言われても正直困るし、自分は相手に会いたいなどと思ったことが無い。
妹の居ない状況で一方的に会いに来られてどうすればよいのだろう。


エアリスは戸惑うばかりだった。


―――どうしよう、ティファちゃんに電話して話をつけてもらった方がいいかな…。

だが肝心のティファは仕事中の上、終わったら一泊二日でスキーに行くと言っていった。帰ってきてもらうことはできない。
ということは


帰ってもらおう。


「あの、用事が無いんでしたら帰ってください……」

そう言うものの声が震えて情けない。
クラウドはうつむいたままだ。

顔に影が落ちて表情も分からない。
もう一押しかもしれない。妹に頼りきっているばかりだから、この人一人ぐらい返せたら少しは成長できるかもしれない。

エアリスはありったけ勇気を振り絞った。それが空回りして、彼女自身を傷付けることになるとは知らずに。

「わたし、本当にあなたのこと知らないんです。だから、勘違いかもです……。だから、もう……」

怖いから、はやく…………

「会いに来ないでください」

瞬間、エアリスはやっと言えたと思った。勇気を振り絞ったのだ。そうしてやっと言えた。他人が怖くてたまらなかったけれど、それでも言うことができた。

エアリスは少しの満足感に浸っていた。
今までの自分とは違う自分になれた気がした。
言ってしまえば胸がすっきりする。

がんばれたこと、妹に伝えたい!



だが、そのエアリスを強い衝撃が襲った。

思いきり壁に体を押し付けられ、縫いとめるかのように両手首をつかまれ身動きが取れない。

逃げようとして外へ通じるドアを見ると、彼女の目の前で無情にもドアは閉じ、鍵がかけられた。

そうして強い力で一層壁に押し付けられる。

相手の綺麗な顔がびっくりするほど近くにあって、エアリスは狼狽する。

「あ……」

「話でもしようと思って来たが……。あんた、結構ひどい女だな」

エアリスにはなんの事だかわからない。
だが彼の怒りが手のつけられないほど膨れ上がり、内側から焼き尽くされそうなほど激しく燃え上がるのを感じた。

「もう会うな……か。昔とは大違いだな。こっちはあんたに会うために必死だったというのに」

エアリスの付け焼き刃の勇気は役に立たず、残された恐怖でエアリスはおののいた。そうして心そのままに叫ぶ。それが彼を深く抉るとは思いもがけずに。


「そんな……勝手に探して……そんなこと……。帰ってください!そんな子供の約束なんか……」

「子供の……約束……?」

エアリスは動けない。あまりの怒りを目の当たりにして。

「そのたかがガキの口約束のために、俺は小さなころに一人で都会に出、後見人も無いまま、あんたに会って再会するために死に物狂いで生きてきた。そんな約 束信じた俺が馬鹿だったのか?」

「……」

「だが約束は約束だ。俺のことを覚えているあんたに会ってあの時のあんたとの約束を守る。……どんな手を使ってでも思い出させてやる」

クラウドはエアリスを抱えあげた。
そのままリビングへと向かっていく。

「!!」

ソファーの上に投げ出され、上から圧倒的な力で押さえつけられて身動きがとれない。

「なに……を、するんです……か」

「手荒だが……多少の衝撃は効く場合があると聞く。試すぞ」

「!!」

エアリスのブラウスのボタンがはじけとんだ。







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本編はこのまま裏に続きます。
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