SURVIVOR 胎動の時

SURVIVOR

胎動の時

ヴェルドは長官室の壁をそっくり覆うモニターの前に立っていた。小分角され たモニターは大抵、
それぞれ別の施設内その他の映像を映す。だが彼の目の前にあるモニター群は今一つのスクリー
ンの役割を果たしていた。
そこに映っているのはヴェルドが忠誠を尽くすべき相手のものだった。

「ヴェルド君、報告したまえ」

ヴェルドは慇懃な調子で頷いた。

「はっ。調べましたところ、今の状況ではやはりルーファウス様が関係されている可能性が高い
かと」

プレジデント神羅は憤怒を顕にする。

「思い上がった小僧が!支部を任されただけでは足りぬと言うのか!」

運営にことごとく異を唱える息子。それでも取り立ててやったのは、その能力を認めてのこと。
ゆくゆくはその息子に全権を委ねることになっただろうに。

「あれとツォンに気を付けろ。引き続き調査を怠るな」

「はっ」

プレジデントは一人ごちる。

「あれは私を殺そうとでも言うのか・・」

怒りに震えるプレジデント神羅の顔をモニター越しに見やり、ヴェルドは言う。
「その可能性は十分に考えられるかと」

「させるか、ヴェルド!」

自分の息子に殺されるだと?そんな茶番があってたまるものか。社の発展に必要なのは奴ではな
い。自分だ。例えルーファウスがどんな手を使って自分を葬り去ろうとしても・・・そう、自分
はその時のために逆に策を功じる必要がある。適任なのは−−−

真っ先に脳裏に浮かんだ案に、プレジデントは満足して笑った。

「クラウドを呼べ。今すぐにだ」

−−−我が社の誇る・・・可愛い可愛い兵器が。

女の方も呼びたいが、ルーファウスの命でツォンが阻むだろう。

ヴェルドは一礼して出ていった。



「いや!わたしも行くの・・・クラウドーっ!」

施設の死門のような玄関にエアリスの叫び声が響き渡る。

凄まじい力で暴れる彼女を、レノとルードが必死の思いで、押さえ付けている。

「いやっーーー!」

クラウドが行ってしまう!わたしの、クラウドが。連れていかれてしまう。
ツォンがクラウドとはもう二度と一緒にはいられないと、そう言ったのだ。
だめよ、だめ、そんなの!
普段は物に執着しないエアリスが、車に乗ろうとする少年の名を、必死に叫ぶ。

二人でずっと一緒にいたのに!

「いやよ、いやーーッ!」
クラウドは、エアリスの叫び声を意識の向こうで聞いていた。頭がぼうっとする。
薬を打たれたのは、よく覚えている。だがそれを理解したところで、体は動きはしなかった。

クラウドは半ばヴェルドに抱えられるようにして、車の荷台にもはや−−−積まれた。

「クラウドーーーッ!!」

泣き叫ぶ、一層高い声が、いきなり彼の耳のなかに入ってきた。

−−−エアリス!

彼の大事な少女。

自分がいなくなったら、誰が彼女を“あの男”から守というのだ。約束したのに!

「エア−−−−−−っ」

重かった視界が瞬く間にクリアになる。クラウドは自分を押さえ付けていた、両脇の警備員を薙
ぎ倒した。瞬間、ヴェルドが叫ぶ。

「とり押さえろ!」

まわりを囲んでいた警備員等が彼に銃口を向ける。大方、彼が逃げ出すとでも思ったのだろう。
だがクラウドは突発的に飛び出した体を、自ら抑制した。ヴェルドの指示が続く。

「待て、撃つな」

クラウドはヴェルドの顔をちらりと見ると、目を伏せてエアリスに近づいた。
エアリスが大きな瞳を見開いてクラウドを見つめ、もう一度彼の名を呼ぶ。

「クラウド!」

クラウドが一歩近づくごとに、エアリスは張り詰めていた表情を緩める。
近づこうとしてもう一度体に力を込めるが、やはりレノとルードに阻まれた。

クラウドはエアリスを見つめ直してぎこちなく微笑む。

「エアリス、あんまり暴れるな」

目の前にいる少女は、両脇にいる男たちが不似合いなほど、か細い。
頼りなくて、だれかが面倒を見てやらなければ、どうにもならないようにさえ見える。

昨日、ヴェルドに呼び出され、明朝ここを発つと告げられた。

エアリスはなぜ暴れるのか。

まるでもう二度と会えないみたいに。

クラウドは知らなかった。エアリスと二度と一緒にいることはできないと。
だからそっとエアリスの頬に手を添え、顔を近づけ、額を重ねた。

「クラウド、行っちゃだめ・・・」

目の前の少年を引き止める腕は塞がれて使えない。
それでも一生懸命繋ぎ止めようとする彼女の制服のポケットに、クラウドは困ったように笑って、
何かを入れた。

「じゃあ・・・」

「クラウド!」

クラウドは彼女を残し、やるせない気持ちを引きずったまま、車に戻る。

その時、ヴェルドの薄寒い視線を感じて、エアリスは初めて身震いした。

驚いて目を合わせると、ヴェルドは視線を外して、運転士となにやら話しだす。

まるで敵であるかのような視線に茫然とするエアリスの前で、動きだした車は道の向こうに消え
ていった。

ゆっくりと、拘束されていた体を離される。
エアリスは弾けるように囚人服のような制服のポケットに手を入れ、中を探った。
固い布地が手に触れる。
慌てて取り出すと、それは小さな革袋だった。指で押すと、何かごつごつした物が入っているの
が感じられる。

レノとルードが不思議そうに見守る中、エアリスはそっとそれを紐といた。

逆さにすると、手のひらにごろりといびつな石が、転がり落ちる。

「なに、これ・・・」

クルミより、一回り大きな固い石。それを、やっと昇った太陽の斜光が、さっと照らす。エアリ
スは、あっと叫び声をあげた。

「ミスリル!」

炭鉱石のようだった石が、光を反射し虹色に輝いていた。もっと見たくて、それを太陽にかざす。
すると、光に透かされた石の内部に、暗い緑の明かりが灯った。

「え・・・」

ミスリルは光を通さないはず。でもこれは確かに虹色に輝いている。
逡巡するエアリスの横で、レノが叫び声をあげた。

「すげえ、“テラトメア”の結晶だ!」

レノは目を丸くしてその鉱石を見つめた。

「ミスリル、違う?」

エアリスがきょとんとして、レノに聞く。
ミスリルは武器にするのに最高の物だと聞いた。だからエアリスはミスリルが宝物みたいに大好
きだ。
でもこれはミスリルじゃないらしい。

「テラトメアは存在する物質の中で最も硬い鉱石だ」

ルードが口をぱくぱくさせているレノに代わって教えてくれた。

「ミスリルよりも・・・硬い・・・」

エアリスはその石の奥の奥を見透かした。
テラトメアは深い緑色に揺れる。

「それだけ大きければ、ナイフに加工できる。・・・そうするか?」

「ちょっ、おい、ルード!」

ルードの提案に、なぜかレノが慌てた。エアリスは不思議に思いつつも、うん、と頷く。

「ナイフにする!新しいナイフ!」

はしゃぐエアリスの横で、レノがただでさえ血色の悪い顔を、さらに蒼白にさせる。

エアリスからテラトメアを受け取ったルードは、きびすを帰して施設に消えていく。その後を急
いでレノも追った。

「おい、ルード!ナイフにするなんて、なんだってもったいないことッ!それだけで幾らするか・
・・」

レノの言い分に、ルードはサングラスの向こうで目を細めた。

テラトメアは、結晶で見つかることが至極少ない。
その鉱物を含む岩斑は、陽光にさらされると光りだす特徴を持つため、大抵はそこを切崩し、精
錬を重ね、純物を取り出す。
そのためジュエリーとしても貴重なこの鉱物の結晶は、破格の値段で取引される。
レノが渋るのはこのためだ。自分の相棒が、この石の価値を知らないはずはない。これを売れば、
一生遊んでくらせるほどの大金が手に入ると言うのに。

まあ、この仕事は気に入っているので、止めるつもりはないが。

物欲しそうなレノの視線から避けるように、ルードはテラトメアを懐にしまった。

「あの子たちから、奪うつもりか・・・?」

その言葉に、表面以上の意味が込められているのを知るレノは、ふと押し黙る。

所詮、口で言っても、彼らから奪うことなど、誰ができようか。

特に内情を知る自分達はできるはずもない。
それは少年が、少女にあげる最後の物なのだ。

それでも惜しくて、レノはため息をつく。だがなにか思い出したように、にやりと笑った。

「なあルード。そろそろ俺とお前も奴らみたく、闘えって言われるぜ?」

飄々とした物言いとそれにそぐわない内容にルードは押し黙る。
ルードはプレジデント、レノはルーファウスの部下として、この“施設”に配属されている。
彼らもまた闘うことになるだろう。

「仕事だ」

吐き捨てるその言葉は、ルードが幾度となく呟いたものだった。
この組織にいるためには、無用な感傷など捨てるしかないのだ。
だが幼い頃から見てきた彼らに、最後の情けぐらい、構わないだろう。
もちろん、これが情けに入るのだとしたらの話だが。彼らは知らなくていいことが多くて、扱い
に困るのだ。

ツォンはクラウドとヴェルドを見送ったのち、エアリスを捜しにAブロックに戻った。エアリス
は結晶の入っていた革袋を、大切に胸に抱いて眠っていた。

薄っぺらな毛布が敷いてある一畳ほどのスペース。それが“ニムロデ”の素体の寝場所だった。
それは“ニムロデ”のエアリスも変わらない。
だがエアリスは寝袋で寝ていた。毛布よりもいい、と言ってクラウドが持ち帰ってきたのだ。寝
袋だけではない。クラウドは任務帰りに何かよく拾ってきた。ジュースの入った瓶。シルクのリ
ボン。金細工の櫛(くし)・・・。

武器以外、物の価値もわからないクラウドは、いつも彼の大切な少女のことを考えていた。この
ような場所でなければ、ロマンスの一つでも生まれたかもしれない。そう考えて、ツォンは自嘲
する。その“夢”をずたずたに引き裂くのは、自分ではないか。今少女を起こす、その瞬間に。

「エアリス、起きろ」

敵、もしくは部外者であれば自分が部屋に入った瞬間、エアリスは跳ね起きただろう。だがエア
リスは幸せそうな顔で、すやすや眠ったままだった。あどけない顔に浮かぶ微笑みは、瞼の裏で
クラウドに向けられているのだろうか。

「ん・・・」

肩を細かく震わして、エアリスが目を開けた。

「ツォン・・・?」

大きな翡翠の瞳が、不思議そうにツォンを見つめる。エアリスはテラトメアに心奪われ、もう自
分の言ったことなど忘れている。

クラウドとは異なる方法で“製造”された彼女は、自我が弱い。だから、悲しいことが嬉しいこ
とに一瞬で塗り替えられている。

「支度しろ。エアリスも外に行くぞ」

眠たそうだった表情に、喜びが溢れる。

「わたしも・・・っ!いく・・。クラウドに会える?」

彼女の脳は、幼児のままだ。

ツォンは彼女の純な気持ちを知ったうえで、嘘の微笑みで嘘を吐く。

「ああ、そのうち会えるさ」

否、嘘は言っていない。

「死にそうなほどな」

彼の言う意味がわからないエアリスは、少年との再会に、すでに思いを馳せている。
だがエアリスはあることに気付いて唇を尖らせた。

「でも今はダメ。テラトメア、ナイフにしてもらうの」

ツォンはしばし考える。プレジデントがクラウドを呼んだからと言って、到着様こちらを攻撃し
てくることはないだろう。

「ナイフができたら出発だ。・・武器は一つでも多い方がいい」

その言葉とは裏腹に、ツォンは思う。もし少年が死ぬとき、その命を絶つのが彼自身が授けた刄
でないことを−−−。


二日後、ツォンは希望にときめく少女を連れて、施設を後にした。

責任者二人が順を追って居なくなるという奇妙な事態。不安げに首を傾げる職員達の傍らで、レ
ノがほくそ笑む。彼は隣に立つルードに向かって口を開いた。

「さーてと、俺は指示がでるまで休憩するぞ、と」

手をぶらつかせながら消えていくレノの後ろ姿を、ルードは睨みながら見送る。
やがてため息をつくと、彼もまた施設に消えていった。

SURVIVOR 胎動の時 終