SURVIVOR 幸せな時

SURVIVOR

幸せな時

アジアの血筋を感じさせる顔立ちの男は、苛立たしげにデスクを叩いた。 きゅっと結いあげた黒
髪が揺れる。

「ヴェルド!ならばやはり本当なのですか!リガーの抵抗勢力が本格的に動き始めたというのは!
?」

顔に走る傷跡を重々しく歪めてヴェルドは頷いた。

「クラウドとエアリスを襲ったのは、恐らく“ニムロデ”の情報収集が目的だったに違いない。・
・・二人の様子は?」

「カプセルに容れてあります。ですがエアリスの運動神経系とクラウドの視神経がひどく損傷を
受けています。あと二、三時間は・・・」

「エアリスの異常聴力とクラウドの異常視覚。そこを攻めてくるとは、“ニムロデ”の情報が漏
れているということだ。もう一度洗い直そう、ツォン」

「はっ」




クラウドはカプセルの中でゆっくりと目を覚ました。カプセルに充満する淡い緑色の液体が、い
つもそうだったように肺に流れ込み、いやな感覚に顔をしかめる。
クラウドの身体機能が正常に回復したことを確認して、赤毛のレノが廃水ボタンを押す。すると
みるみるうちに水位が下がっていった。

「よお、災難だったな」

クラウドはレノを睨み付けた。

「おー、こわ。睨むなっ、と。こっちだってお前らの修理に寝てないんだ」

クラウドは自分の足元に視線を落とした。修理という言い方が気に入らない。

「いつまで素裸でいるつもりだ、と。筋肉ヤローの体見てても気味悪いだけだから早く服着ろっ
ての」

クラウドは憮然とした顔つきでレノを見た。こいつは何でこんなに神経に触ることばかり言うの
だろうか。

「悪かったな。・・・エアリスは?」

クラウドの脳裏に、爆発でずたずたにされたエアリスの姿がちらつく。あんなにやられたエアリ
スを見たのは初めてだった。

「ああ・・。嬢ちゃんはイリーナが面倒見てるぞ、と」

どうせならそっちが良かったというレノを、クラウドは邪眼で三たび睨み付けた。

それと共にあの男への憎しみが胸を焦す。
エアリスをあんなになるまで傷つけたことが許せない。
つぶてが弾けたとき、金属を打ち付けたような、いやそれよりも何倍も高い音が爆発音の他に聞
こえた。恐らく、そのように細工してあったのだろう。
そして閃光弾まで忍ばせてあったらしく、網膜を一瞬で焦がした強烈な白閃。

エアリスの聴覚と自分の視覚、両方を狙っていたことは確実だった。

人には各自得意な分野が存在する。それは“ニムロデ”の素体も変わらない。製造過程の間に、
本人がもともと素質を持っていた五感の一部が飛躍的に伸びる。
体のすべての器官において、一般人を遥かに凌駕する彼らだが、それゆえ異常に発達した神経は
比例して弱さを持つことになる。

すなわち、クラウドは強烈な閃光によって敏感な網膜や視神経が破壊され、エアリスは鼓膜、三
半規管、さらに連動して運動神経系まで破壊された。

クラウドは奥歯を噛み締めた。

エアリスは大丈夫だろうか。


クラウドは何することもなく、自らの家とも呼べる組織の育成所を徘徊する。
機密厳守のため窓一つない建物は白いコンクリートの塊のようだった。

施設は大きく分けて五つのブロックからなる。一つは“ニムロデ”の候補が寝泊りするAブロッ
ク。実験など主に研究開発を目的としたBブロック。候補の育成をするCブロック。管理職員達の
Dブロック。そうして死体やゴミの処理を一挙に引き受けるEブロック。

クラウドはEブロック以外の四つのブロックを繋ぐ上層通路から、Cブロックを見下ろした。

施設内最大のCブロックは、正方形のように用途に応じて四つに分断されている。

丁度、眼科では自分よりも遥かに幼い子供たちが凄惨な殺しあいを繰り広げていた。

ついていけない者は殺される。それが唯一のルールだった。それに習い、生き残るために闘う彼
ら、そして自分。
中には怯えて後退り、失禁して泣き喚く素体もいた。
クラウドはその様子を見ながら、心の中で優劣をつけていく。
彼が良の判断を下したものは生き残り、違うものは淘汰されていった。

しかし今回生き残ったからと言って次もそうとは限らないのだ。


終了のチャイムが鳴って、生き残った大半の者達は糸が切れたように武器を取り落とし、床に倒
れる。

だが中には息一つ乱さない素体もあった。
冷たい瞳に肩までのプラチナブロンドが印象的な少年。短く切ったワインレッドの髪にぱっちり
とした大きな瞳の少女。茶髪に碧眼の小柄で小生意気そうな少年。
三人は仲がいいのか、チャイムが鳴った瞬間駆け寄って、お互いの身を案じるまでもなく、楽し
そうにお喋りをしていた。

その光景が過ぎた日の自分とエアリスを彷彿とさせた。選別も、ちょっとしたサバイバルゲーム
に過ぎなかった。

模擬戦の前に怯えたり啜り泣いたり、発狂しだす奴らはその場で殺してやりたいぐらいうざかっ
た。まあ自分がそうしなくても、模擬戦が終わる頃になると、そんな素体はいなくなっていたの
だが。

だがだれがいなくなろうとエアリスだけはいつもそこにいて、手傷の一つも負っておらず、柔ら
かく微笑んでいた。

そうして二人で手を繋いで、その頃は育成官だったヴェルドに会いに行った。
ヴェルドは不器用に笑って頭を撫で、施設内には殆ど入ってこない貴重なお菓子をくれたのだ。

それは最高のご褒美だった。

最初は、他の奴らは貰えないお菓子を特別に貰っていただけで満足だった。だがそのうち欲がで
てきて、もっと欲しくて、どちらがより多く倒したか、喧嘩しながらヴェルドに言い合ったもの
だ。

そんなことを思い出していたら、いつも一緒にいたわけではないのに、隣にエアリスがいないの
が淋しく思えた。

確かレノが、イリーナがエアリスを看ていると言っていた。

早足で来た道を戻る。第二治療室に使用中を示す赤いランプが点灯していた。やや乱暴にドアを
開けて、正面のカプセルを仰ぎ見る。だがそこにはエアリスの姿はなかった。

「あら、クラウド。またどこか怪我でもした?」

キーの高い声に振り向くと、イリーナが手元の書類をかたしながらクラウドを不思議そうに見て
いた。

「エアリスは・・・」

「あ、聞いたわよー。大変だったみたいね。“ニムロデ”の情報が漏れてるらしくて、組織内に
内報者がいるんじゃないかってツォンさんが!なんか今洗い浚い調べてるみたいなんだけど・・・


クラウドの質問を遮って、イリーナは一人でしゃべりだす。

「−−−で、あんたはどう思う?」

「知るか。エアリスは?」
イリーナがいかにも不服そうな顔をした。

「顔は可愛いのに、性格可愛くないわね!まあいいわ。エアリスは五分ぐらい前に、遊びにいくっ
て言って・・・って最後まで聞きなさいよー!」

今にも部屋を出ていこうとするクラウドの背中に、イリーナは喚きたてた。クラウドは小さくた
め息をつく。そして何か思い出したかのように、天井を仰ぎ見た。

「おれが思うのは・・・、次にあいつにあったらぶち殺してやるってことだけだ」

それが“あんたはどう思う?”の返答だとイリーナが気付いたのは、随分経ってからだった。



施設は深い森の奥地にある。クラウドは施設を出て、森のなかへ分け入った。道無き道が続き、
それでもクラウドは迷わず歩を進める。
小さな頃から何度も通ってきた道だ。間違えるはずがない。
草には踏まれた跡が残っており、誰かがここを通っていったのは確実だった。

十数分も経っただろうか、木々に覆われていた視界が不意に開けた。水のせせらぎが静かにこだ
まするその場所の中心に、彼が誰よりもよく知る少女がいた。

クラウドは木の影からその姿をじっと見つめた。
少女は裸体を惜しげなく曝け出し、水浴を楽しんでいた。

木々に守られるようにしてできた泉。華奢で真っ白な背中。亜麻色の巻毛がしっとりと体にまと
わりつき、腰から下の部分は水面(みなも)にヴェールのように広げられている。体は優美な曲線
を称え、胸部は丸く、愛らしく弧を描き、そこからくびれ、そうしてまたふっくらとしだす雪の
ような尻、そのすべてが妖しいまでに美しい。

「だれ・・・?」

透き通るような声が辺りに響き、エアリスがこちらを振り返る。
その目がクラウドを捉えるやいなや、暖かな光と微笑みが惜しげなく注がれた。

「クラウド・・・っ」

そっと岸に上がると、ぽたぽたと雫を滴らせながら近づいてくる。
クラウドの目の前に立つと、大切な場所を隠すこともなく、抱きついた。

「クラウド、遊びにきた・・・?」

この世で一番幸せであるかのように微笑む。

「ああ」

「わあい。ツォンには内緒、だね」

エアリスに促されるまま、クラウドも服を脱いだ。

ざぶんと、頭まで水に浸かり、何度か頭を振って水気をきった。
エアリスと目が合うと、胸元に手を添えそっと体を預けてくる。クラウドは自然と腰に手を回し、
たおやかな体を優しく抱き締めた。
「・・・もう大丈夫か?」

未だ薄く火傷の染みの残る胸元を、クラウドはそっと撫でた。

「うん、骨折も治っちゃった。神経も70%回復したって・・・ちよっとふらふらするけど。ク
ラウドは?」

昔は同じくらいだったのに、今では見上げて見つめるクラウドの顔。
それが少しだけ痛みに歪んだ。

「痛い・・・?」

エアリスが心配そうに覗き込むと、クラウドは首を横に振った。

「あいつが・・・憎い」

抱き締めた肩ごしに、何もない空間を睨み付ける。木の葉が風もないのに揺れた。

「次はあの人、無くせるかな」

クラウドは更に抱き締める腕に力を込める。

「ああ、必ず」

「うん、うん絶対、ね」

だがほがらかに微笑むエアリスの顔に、ふと鋭いものが駆け抜ける。

「クラウド、四時の方向に複数」

「ああ、何かいる。撃ってみるか?」

「殺さないで」

ひしひしと向けられる視線と、隠しきれていない気配。クラウドはエアリスの体で隠すように、
岸に置いた服から拳銃を抜き取った。

「了解」

刹那、連続して三度撃ち据える。ほぼ同時に放たれた銃弾は、散弾銃のそれのように一挙に広範
囲を撃ち抜いた。

「うわ!」

「きゃっ!」

「どわっ!」

途端に三つの声があがる。二人が見ている前で、声の持ち主達が慌てて茂みがでてきた。

「ソラ!お前が隠れて見ようなんて言うから!」

プラチナブロンドの少年が、茶髪の少年の首を締めあげた。だが茶髪の少年も声を張り上げて怒
鳴る。

「な!?っリクが見にいこう、って言いだしたんだろう!」

そうして暫らく睨み合った挙げ句、一斉に最後の一人に振り返った。

「カイリがあの二人がたまにどこか遊びに行ってる、なんて言うから!」

「えっ?」

一瞬驚いた少女だったが、すぐに可愛らしい顔を怒りに染めた。

「二人が悪いんじゃない!私のせいにしないで!」

三人の幼い少年少女はクラウドとエアリスそっちのけで喧嘩しだした。

「あ、さっきの・・・」

抱き合ったまま、エアリスはクラウドを見つめた。

「知ってるの?」

「さっきCブロックで模擬戦やってた。結構強そうだったけど」

その言葉を聞いた途端、三人は飛び掛かるように泉の中に飛び入り、クラウドに詰め寄った。

「誰が一番強かった!?」

「はあ?」

頭の中で一人一人の戦い方を思い出す。

「お前の方が他よりちょっと上か?」

そう言ってプラチナブロンドの少年を指差した。

「ほら。言ったたとおりだろ」

「う・・・」

「クラウドに言われたら・・・」

勝ち誇る少年と、がっかりする少女少年。その様子を見て、エアリスはくすりと笑った。

「ね、名前は?いくつ?」

つり目の少年はリーダー格らしく、他の二人に代わって言う。

「俺はリク、10才。で、こっちはソラとカイリ、9才」

ささやかな幸せが、手から零れ落ちようとしてした。

SURVIVOR 幸せな時 終