SURVIVOR 崩壊の時U

SURVIVOR

崩壊の時U

「・・・」

リクは反応を示さない。相手の出方を伺っている。
男のほうが余裕そうだった。

「わかるだろ?お前等の先輩だよ。俺は戦いたいんだ、強い奴と。・・・お前は強いのかぁっ!?


挑発を受けて、リクは“シュナイツベール”を素早く正面に抜き戻して、乱暴に男の踵を振り払っ
た。

相手は態勢を崩さないが、お構いなしにリクは男に突っ込んだ。
懐近くで刄を一閃させるが、男は的確に間合いを読んで、ぎりぎりの所で避ける。

範中内のことだったので、リクは一瞬で冷静さを取り戻し、返す刀で再び斬り付けた。

男はクラウドほど強く見えた。

リクは冷静さのなかに燃え上がるものを感じながら、“シュナイツベール”を突き出した。男は
それを軽いステップで避けると、お返しとばかりに足刀蹴を繰り出す。

リクも素早く“シュナイツベール”を振り戻し、相手の蹴を受けとめた。

切り結び、または突き入れ、両者は激しく応酬しあった。





エアリスはピンクのワンピースを貰って浮かれていた。

ひらひらとして、とても可愛い。
慌てて着込みクラウドに貰ったシルクのリボンで髪を束ね、鏡に全身を写すと、これまたとても
可愛い。

エアリスは長い足でステップを踏んだ。

膝が見えるか見えないかぐらいのスカートはジャンプだってできるし、とんぼ返りだって自由自
在だ。

エアリスはテラトメアの小さなナイフの切っ先を唇にあてた。

夜じゃなかったら、きらきら光ってとても綺麗なのに。

ナイフの柄を麻紐で縛りネックレスのように首に掛ける。


エンドランドタワーはとっても大きなビルらしい。世界で一番速いエレベーターに乗ってみたかっ
たけれど、捕まるから階段で行かなくてはいけないらしい。

鼻歌まじりでエアリスはもう一度ナイフにキスした


その時、後ろのドアが開いた。

エアリスは桃色のワンピースの袖を握っていたが、嬉しそうに後ろを振り返った。

「ツォン!」

後ろ手にドアを閉めると、ツォンは少女に向かって微弱な笑みを向けた。

「エアリス、準備はできたか?」

うん、と元気に言うエアリスは機嫌が良さそうに見えた。
ツォンは少女に近づき、ほおにそっと手を添えた。

「エアリス、この任務は重要だ。これから私が言うことを絶対守れるな?」

エアリスはいつも通りのあどけなさで頷く。

「うん!」


「エンドランドタワーの最上階の社長室にいる、この男がターゲットだ」

この世界の覇者気取りの恰幅のいい男の写真を少女に見せる。

“ニムロデ”は、一度見た標的の顔を忘れることはない。

「だが、彼にはボディーガードがいる・・・」

ツォンは草原を宿したかのような少女の瞳を覗き込んだ。
少女もまた真摯な瞳で彼を見返してくる。

ツォンは暗示するかのように、一言ずつ区切りながら少女の耳元で囁いた。

「私達を、裏切る、悪い奴だ・・・金髪の−−−二丁の拳銃を使う−−−そう」


エアリスは息を呑んだ。




「エアリス!」

クラウドはがばりとベッドの上から跳ね起きた。

「・・・はっ・・、はっ・・・」

ばくばくと煩い心臓の鼓動が吐き気がするほど気持ち悪く、クラウドは胸の辺りを掻き毟った。

夢の中で、彼の大切な少女が、自分に斬り掛かってきた。

クラウドはその狂った切っ先を避けた。
少女はなおもしつこく刄を向けてくる。

クラウドは咄嗟に身を捩り、柄を握る少女の手首を取り、捻ってその胸を・・・刺した。

「はっ・・・はっ・・」

彼の大事な大事な少女は、虚ろな目をして・・・。


「くっ・・・」

低く唸って、クラウドは頭の裏側を乱暴に掻いた。

−−−エアリス、今何をしているんだ


その時、ドアの直上にある横長のランプが青から赤へその光を変えた。

クラウドは気味の悪い夢から逃げるように、そちらへ目をやった。

「クラウド、入るぞ」

ランプが緑に変化したかと思うと、ドアが上にスライドして開いた。

ヴェルドが“リガー”製の防刃スーツを手に、部屋へと入ってきた。

「着ろ。五分後にロビーに来い」

クラウドは膝のうえに投げ出されたスーツを手に取った。

それを着込みながら、クラウドは奇妙な焦燥感を覚えた。

−−−行こう

渇いた喉を、唾下して潤すクラウドの脳裏に、彼女と出会ったおぼろげな幻がちらついた。

どこに行くのか、それさえ分からない。
でも、二人の前には保護してくれる大人が『いつのまにか』いた。

−−−誰だ?

ちらつく残像はあまりにも頼りなくて。
しかし、クラウドはその残像を必死に追った。

手を繋ぐ二人に不器用なほほ笑みをかけ、トラックに乗せてくれた、黒いスーツにはねた茶髪の・
・・

−−−いけない、もう5分だ。

クラウドは頭を振って、ちらつく残像を追い払った。

どことなく胸に懐かしさが込み上げたのは、気のせいだろう。

少なくとも、施設の職員に会ったのは、あれが初めてだ。


クラウドは駆け足で部屋を出ていった。





プレジデント神羅は落ち着かない素振りで、社長室の中を行ったり来たりしていた。

彼の最も信頼する部下、ヴェルドがクラウドを配備しはじめたようだ。

となると、彼の息子が差し向けた刺客−−−恐らくエアリス−−−はもうすぐ自分を抹消しよう
とやってくるに違いない。


と、同時に彼にとっては悪い知らせが飛び込んできていた。

謎の武装集団による“施設”の襲撃。

−−−ルーファウスは何をやっておるのだ!

彼は心の中で激しく息子を罵倒した。

やはり、息子は自分に比べて劣っていると思う。

この非常時に、親子喧嘩など・・・。
もしくはこの非常時に乗っ取って、襲撃は行なわれた?
だとしたら、いったい誰が情報を漏らした?

プレジデントは一人皮肉げに笑った。

「ははははッ!そこまでして・・・そこまでして!?」

そこで彼はやっと息子の思惑を理解した。

−−−ルーファウス様が関係している・・・

心のどこかで、息子を信じていた?
危険思想を恐れて左遷した彼を。


あいつは既に取り止めた“Gプロジェクト”を推進しようとしている?

300人の“マウス”に試験的に“プロット”を移植した結果、ほぼ全てが変死した。

結局“プロット”は、ただの自己破壊因子に過ぎず、その実験ではただの一体も(死体も含めて)
完全に適応する被験体は現れなかった。

そのままGプロジェクトは取り止めになったのだが・・・。

「なるほど・・・」

知らなかったのは自分だけだろうか?

どちらにしろルーファウスは秘密裏にことを進めていたようだ。

情報が漏れれば、消される事を覚悟で。

地方に左遷したことを、息子は逆に喜んでいたことだろう。

自分の目の付かないところで、ひそかにGプロジェクトを進めることができる。


だが、不可解なことがある。

“リガー”社全体を騙すなど、よっぽど大規模な情報操作が必要になる。

ルーファウスの右腕のツォンに、社長の自分にも分からぬほど緻密かつ、徹底的に社の公式記録
を捏造できる手腕があるのだろうか。

その時、手元のパネルに通信傍受のランプが灯り、アラームが鳴りだした。

「なんだヴェルド」

パネルにヴェルドの閑静な表情が映る。

「“ニムロデ”クラウド。配置完了しました」

プレジデントは満足気に頷いた。

クラウドには周囲10キロのデータ投影機を装備させている。

エンドランドタワーには、正面ゲートの他に、裏口が一つある。

そこはもちろん、タワーから1キロの範囲を、警備兵にぐるりと囲ませた。
お互いコンタクトを取らせ、敵の接近および位置特定を迅速に割り出すためだ。

「来るのは恐らくエアリスだな?」

「はっ」

「取り敢えず、今回だけ凌いだら、じっくりルーファウスを尋問してくれるわ。“ニムロデ”ク
ラウドに、ターゲットを捕捉次第、攻撃許可を」

ヴェルドとの交信が切れると、プレジデントは悠々と椅子に座った。

事実、彼は自分が負ける可能性を、少しも考えていなかった。

ヴェルドは間違いなくツォンより能力が上であるし、クラウドもエアリスより使い物になるよう
に思えた。

クラウドに早急に小娘を潰させ、間髪入れずにルーファウスにコンタクトを取る。

ルーファウスが素知らぬ振りをしても構わない。

ただ、自分に歯向かうだけ無駄だと言うことを骨の髄まで染み込ませてやればいい。

−−−小娘の死体を切り刻んで、送り付けてやろうか。


彼の脳裏でその陰湿な光景がちらついたとき、タワー中に敵の接近を知らせるアラーとが鳴り響
いた。

ヴェルドとの通信回路が再びオンになる。

「レーダーに敵影あり。恐らく・・・数一」

「他に隠れているかも知れん!依然警戒を怠るな!距離は!?」

「・・・距離2000。予想到達時刻、今から4分後!」

「何!?」

プレジデントはその報告に暫し我を忘れた。
だが、彼はすぐに通信機の向こうにいるヴェルドに怒鳴った。

「なぜ気付かなかった!クラウドは何をしている・・・!」

「クラウドからは未だに報告を受けていません。ただちに向かわせます」

こういう時、ヴェルドはどこか超然としている。
それは優秀な指揮官の証でもあったが、ヴェルドから人らしさを根こそぎ奪うには十分だった。

もちろんプレジデントは彼を信頼しているが、薄気味悪さをこの男に感じるときもあった。

「くっ・・・」

プレジデントは低く唸った。

ヴェルドは通信回線を切った後、《隣》に立つ金髪の少年に目をやった。

金糸の髪と真っ青な瞳。
男と言い切るにはまだあどけないその顔は、どこか女性的でもあった。


脳裏で、一人の小柄で、抱き締めたら折れそうなほど華奢な女性が微笑んだ。

「シルヴィア・・・」

そう呟くと、隣に立つ少年は少しだけ怪訝そうな顔でこちらをちらりと見た。

だがすぐに前方に注意を向ける。

ヴェルドは少し溜息を付いてから、クラウドに向き直った。

「敵影を捕捉した。真っすぐこちらに来るぞ」

「なに・・・?」

クラウドは慌てて自分に与えられた機器で、敵の位置を確認しようとした。

しかし、どれだけ範囲を拡大しても、それらしき物は映らない。

戸惑うクラウドの肩を、ヴェルドは軽く叩いた。

「そんなものはいらない。はずしてしまえ。・・・敵はもうすぐ来る」

クラウドの胸に、ほんの少しの疑念めいたものが沸き起こる。
だが、幼い頃から見知ってきたヴェルドと言う人物への信頼から、そんなものはすぐにクラウド
の中で掻き消えていった。

ヴェルドは続ける。

「お前はここで敵を見つけしだい迎撃しろ。油断するな」

ヴェルドは手を伸ばして、自分より頭半分小さい少年の頭を不器用に撫でた。


その瞬間、再び脳裏で彼が愛した女性のはかなげなほほ笑みが、鮮明に思い出された。


美しい、シルヴィア。


最後に見た、あの悲しみを称える微笑みが、ヴェルドを苦しめる。


すべての思い出が、今目の前にいる少年に投影されているかのようだった。

彼女の

太陽の光に染めた、絹糸のようなさらさらの髪。

ほっそりとした体。

大海原を思わせる、あの真っ青な瞳。


出来ることなら、彼女に謝りたかった。

だが叶わない。

できるなら、その最期の時に、共にいてやりたかった。

何もかも叶わない。


だが、全てを失っても、たとえ少年の大事なものを奪っても、ヴェルドはこの戦う以外何もない
少年を少しでも長く生かしてあげたかった。

これが最後だ。


「クラウド。的を撃破後、東に向かって真っすぐ逃げろ。町に着くまで止まるな。銃もナイフも
売れ」

「え・・・?」

少年の疑念に満ちた眼差しを、ヴェルドは頷くだけで受け流した。

その代わりに、少年の注意を前方に向けた。

「さあ、来る。お前の最後の仕事だ」


SURVIVOR-崩壊の時U終