SURVIVOR 崩壊の時T

SURVIVOR

崩壊の時T

「ひゅぅー、あんなんどっから持ってきたんだっての」

レノは管理室の防犯モニターを眺めながら飄々と言い放った。

ルードが寡黙そうな顔に皺を浮かべる。

「B-bis系の戦車だぜ。奴ら、本当にここを潰しにきたんだな」

もともと軽トラック一台がなんとか走行可能なほど狭い道。
その両脇に生える森林を、三台の戦車が踏み倒しながらやってくる。
その後ろには特殊武装した歩兵隊がずらりと並んでくる。

「これが、後続部隊か?まだ来ると思うか、ルード?」

「この狭さと地形だ。逆に不利になる。もう来ないだろう」

先行部隊は既に施設の北側と西側に回り込んでいた。
退路は断たれている。
そして今来たばかりの後続部隊は南と東に散開し、施設を四方面から取り囲んでいた。

ルードは近くのモニターを覗き込んでいたイリーナに振り返った。

「・・・仕事だ。訓練途中でもいい、動ける“ニムロデ”を全員配置しろ。各自施設の防衛を最
優先にさせろ」

「は、はい!」

イリーナが慌てて“ニムロデ”の配備をする中、レノは施設の自衛システムを作動させる。

「各防御壁作動。A〜Eブロック遮蔽完了。電圧上昇、OK。システムオールグリーン」

正常を表す緑のランプが点灯し、まず、各ブロックが分断された。

その後を追うように、施設を半球状に展開した耐衝撃プラズマバリアが被う。

「プラズマシールド“オリュンピウス”正常に展開中。・・・予想展開時間、およそ30分。ど
うする?」

レノはモニターから顔をあげてルードを仰ぎ見た。
イリーナも不安げに眉尻を下げる。

「エネルギーを抑えて、ぎりぎりまで保たせる。そのうちに“ニムロデ”の配置とB及びDブロッ
クの封鎖、データの回収を」

「“オリュンピウス”出力を下限にセッティング。いいぞ、と」

「か・・・各ブロックにいる“ニムロデ”は直ちに戦闘準備せよ、繰り返す・・・」

レノの不気味なほど落ち着いた声とイリーナの焦った声が、順に響く。

ルードは冷静さの中に焦りを感じながら、絶望の影を見ていた。





「動きだしたか・・・」

ルーファウスは堪えきれない笑みを口元に浮かべた。
「“リガー”対抗勢力、“アバランチ”か」

彼の隣に立つツォンは、施設の危機にまったく動じないこの若社長に驚きを感じえなかった。

−−−これではまるで、嬉しそうではないか。

「いい時にしかけてきたものだ。ツォン君、エアリスを出せ。親父が動く前に討つ」

ツォンは今度こそ、驚きを顕にした。

「副社長。失礼ですが、今は施設の防衛が最優先では!?」

「奴らの目的は、我々を混乱させて、浮き足立たせることだ。わざわざ乗る必要もあるまい?そ
れにこのような状況下であればこそ、一人の指導者のみが必要となるのだ。必要なのは私だ」

それでも、とツォンは追い縋る。

「ですが、その間に施設は・・・!」

施設。あそこにはたくさんの“ニムロデ”と職員がいる。彼らは・・・?

「“ニムロデ”など、“ゴリアテ”に比べれば、価値はない。私が目指すのは“ゴリアテ”の生
産だ。“ニムロデ”の施設など、親父は大事にしているようだが特に必要ではないのだ。必要な
のは、施設の重要データのみだ。・・・君の部下は優秀だ、既にこちらに転送し終えているだろ
う・・。施設など適当に潰させておけばいい。相手の消耗にも繋がる。今のうちに親父を討ち、
主導権を握る。運がよければ、施設に増援も可能だ。私が全権を握るのが早ければ早いほど、事
は丸く納まるのだ」

彼の部下の命など、“多少”の犠牲にすぎなかった。





ヴェルドは本社ビルの最上階に鎮座する、実質世界の覇王の機嫌を取った後、姿の見えないクラ
ウドを探してぐるりと巡回していた。

トレーニングルームにも足を運んでみたが、案の定、彼はそこにいなかった。社員の運動不足を
解消するおもちゃなど、幼い頃から肉体の限界に挑まされ、生き残った彼が足りるはずも無かっ
た。

ヴェルドはじゅんぐりと思考を巡らせた。会社からいつ何時でも出るな、と言ってある。

考えあぐねた挙げ句、諦めかけていたとき、−−−運良く−−−彼の耳に軽い足音が聞こえはじ
めた。

裏口から通じる、地獄の責め苦のように長い階段。本来は避難用の通路を軽いフットワークを感
じさせる足音が下から上へと登ってくるのが聞こえた。

軽い、と形容するとまあまあの速さを連想するが、足音はいつか妻が弾いていたピアノの超絶技
巧並の鋭さを持ってやってくる。

こんなことができる奴は自分を抜かして−−−

ヴェルドは心の中で三、二、一とカウントダウンした。タイミングをとって・・・・

今だ!

「ハアッ!」

気合い一発。

がんっ!!

「ぐおっ・・・!」

足音の主が恐らく踊り場に到達したと思われたときに、ヴェルドは思い切り裏階段へ通じるドア
を開いてやった。

猪のように突進してきた人物は、当然のごとく回避できずに強かに全身(顔面強打含む)を打ち付
けたのだった。

金髪の少年が、さも痛そうに体を二つに折り、顔面を押さえている。

「このぐらい避けろ。痛みを遮断することもできないのか、クラウド」

ため息をついて非難の眼差しを向けると、少年−−−クラウドは心外そうに顔を歪めた。

「・・・急にドアが開くなんて・・あっ」

言ってから後悔した。

ドアが開くなんて思わなかった。

それはつまり油断していたことを肯定することであり、ドアとの正面衝突を避けられなかったよ
りなお悪い。

自分でしっかり墓穴を掘り、クラウドは何とも言えない心境になる。

おとなしくお叱りを受けようとしたところ、ヴェルドは意外にもその仏頂面を緩めていた。

「ヴェルド・・・?」

「いや、なんでもない。今日はもうゆっくり休め。そろそろ仕事が入る」

クラウドはぱっと顔をあげた。

「ほんとか?良かった、体もろくに動かせなくてまいっていたんだ」

これからどこかへ遊びに行く、そんな風にさえ見える少年の爽やかな顔つきに、ヴェルドは少し
だけ胸を突かれる思いをした。

彼は知らない。彼の大事な少女が今どこにいて、何をさせられようとしているのか。

幼い二人は成長し、引き離されて、互いに刄を向けなければならなくなった。

もっとも、重要なのはプレジデントとその息子のどちらが勝利するかである。

だが、心の奥底で、商品以上の価値はない、少年のちっぽけな命を繋いでやりたかった。

「お前なら大丈夫だ」

ヴェルドはクラウドの肩に手を置いた。

少年が小走りで自室に帰っていくのを、ヴェルドはその後ろ姿が消えるまで見送っていた。





−−−エアリス

優しい声。

−−−エアリス

クラウドの、声。

大好きな声。
優しくて、低くて、くすぐったい・・・。

思い出せないくらい昔から、遠い遠い記憶から・・・。

クラウドは、すき。

この前いっしょに、“仕事”した・・・。
あれ、すごく楽しかった。
変なバンダナの男は、キライ。

あれはクラウドが無くしてくれるって言ってた。

だったら、きっとすぐにいなくなってくれるのだろう。

クラウド、どこにいるんだろう?

会えるって会えるって、
ツォン、言ったのに。

どこにいるの−−−?


急に体を揺さ振られて、エアリスは目を覚ました。

まだ、眠い。
ちょっとぐずってみたが、早く起きろと言われて、仕方なくのそりと起き上がる。

「エアリス、仕事だ」

ツォンは眉を中央に寄せて、エアリスを見下ろしていた。

仕事、と言う言葉にエアリスはぴくりと反応する。

懐から“テラトメア”のナイフを取出し、紐を通して首に掛ける。

すくりと立ち上がると、エアリスはツォンに付いていった。

「ねえツォン。わたし、どこに行けばいいの?」

エアリスは無邪気にツォンに問うた。

ツォンは少女に同情しそうになる。
だがそんな自分の弱さを自ら戒め、ツォンは底冷えするぐらい落ち着いた声で言った。

「目標地点は“リガー”本社、エンドランドタワー最上階。目標は・・・」


−−−“リガー”社長、プレジデント神羅。





「うおおおおおっ!」

狙撃兵から放たれた銃弾をシールドで防ぎ、ソラはプラズマシールド“オリュンピウス”に砲弾
を撃ちかける戦車群に襲い掛かった。
今にもエネルギーが臨界点を迎えようとする砲身を、高速射出ブレード“アポカリプス”が切り
裂く。

誘爆を起こす戦車を振り返ることもせず、ソラは新たな獲物に飛び掛かった。


四連射突撃槍で、戦車の厚い装甲を撃ち抜こうとした時、遠くから放たれたプラズマビームが戦
車に直撃した。

抉られた装甲にもう一撃の実弾が打ち込まれる。

ぱっと炎を吹き上げる戦車に巻き込まれないよう、ソラは大きく跳躍して後ろに下がった。

「カイリ、俺まで撃つなよ!」

丘の上にいるカイリに向って喚く。カイリはソラの文句を聞き流して、“ダルダス02(ゼロツー)
”の射線をとった。

歩兵隊の中央に照準をあわせ、トリガーを引くと、“ダルダス02”の側面に装備された第一ミサ
イルポッドが開いた。

小型だが、誘導性に秀でるミサイルが高速で歩兵隊に襲い掛かる。

次々と着弾するミサイルが炎を散らし、黒々とした煙が立ちこめる。


−−−お姉ちゃんが、帰ってくる。お姉ちゃんが、帰ってくる場所を守る・・・!

カイリの想いに答えるように、主砲から斉射された火線が歩兵隊を焼き尽くした。




イリーナは“ニムロデ”統制システムの巨大モニターを祈る思いで眺めていた。モニターには無
数のポイントが点滅している。
移動したり消えたりするそれは、各“ニムロデ”の所在位置を示していた。

戦闘開始直後と比べると、随分減った。“ニムロデ”が次々と倒れているということだ。

「・・っ先輩!リクから通信です!」

「つなげ」

通信機が緊急通信傍受のアラートを鳴り響かせた。

イリーナが通信回路をONにすると、モニターにリクが映った。

「どうした」

リクがモニターを挟んだ向こうで、インカムを掴んで、喚くように話す。

「第三野戦訓練所から通信だ!第一波を迎撃完了!確認できる戦車の機影なし!だが第二波が・・
・うわっ!!」

耳をつんざく爆音と共に、通信が一時途切れる。

「リク!」

「だ、大丈・・・だ・。タ・・・ゲット、捕捉・・・ただ・・より、こ・・・げきに・・・・る!
!」

その後は通信が途切れた音しかしなかった。
イリーナがわかりきっていることを事務的に口にする。

「“ニムロデ”リク。ターゲットを捕捉。ただ今交戦中です」

相手との間合いは十分取っている。だが、どうしても拭えない不安から、リクは跳躍して後ろに
下がった。

その直後に、先程まで自分がいた場所を、高速の蹴がないでいった。

リクは目で追えない程一瞬で間合いを詰められた事に、心の奥底で不安を感じた。

だが受けてきた訓練が、彼の心からすぐに恐怖心を押さえ込む。

死への恐怖はない。
だからどこまでも突っ込める。
だが、死ねば会社の損失になるが故に、引き際も教えられている。

最高の傭兵であるが為に、彼らは兵器でもあった。

間髪入れずに、右手側から殴り付けられる。首を捻って避け、正面突きは更に後ろに下がってや
り過ごす。

なぜここまで早く動けるのか?また一抹の不安が心によぎり、リクは体が赴くままに、“シュナ
イツベール00”を額の上で横一文字に構えた。

腕を持っていかれるほどの衝撃がブレードから伝わった。

直撃していたら間違いなく額を割られて即死したであろう。

目の前にいる薄汚れたジャケットにカーキのバンダナの男が、リクの大剣に踵を乗せたまま笑っ
た。

「お前も俺の動きに付いてこれるのか。あのピンクの女以来だな」