SURVIVOR 始まりの時

SURVIVOR

始まりの時

SURVIVOR 始まりの時


隣国同士が戦線協定を結ぶ今回の式典には両国の政府高官が招待されていた。

その会場に向かって、一台のリムジンが式典のために舗装された道を走っていく。

それに乗っているのは着飾った美しい少年と少女だった。

リムジンは管制塔の指示により、オートで目的地に向かっている。運転席に座っていた少年と補
助席の少女は顔を輝かせながら話をしていた。

「パーティー、パーティー!まだつかないの?」

あたりを嬉しそうに見渡しながら、少女は少年に尋ねる。

金髪の少年は、きちっと絞めた襟首を苦しそうに指で広げた。


「もうついた」

少年はオート走行をオフにして、ハンドルを握った。ハンドルをきって武骨なコンクリートが左
右を塞ぐ小道に入る。

手前に「06」の文字の入ったゲートが見えはじめた。
少女がうんと体を突き出して、目をきらきらさせて目前のゲートを見つめた。

少年が胸ポケットからカードキーを取り出して挿入すると、ゲートが重々しく開く。リムジンは
静かに中へ入っていった。

「おりるぞ」

少年の声にあわせて弾むような足取りで少女が車から降りる。

少年はアタッシュケースを取り出してから自分も降りた。


ケースを開く少年の横で、少女は薄ピンクのスカートの裾を掴んで、映画の見よう見真似のお辞
儀をした。そうして目の前に架空のお相手を作り、軽く会釈するとダンスを一人踊る。彼女が回
るたびに裾がふわりと広がり、それが嬉しくて少女は何度も回った。

「何をしているんだ」

少年の冷ややかな声にも負けず、少女は花のような微笑みを向ける。

「ね、きれい?」

そうしてまた一回くるりと回る。

「ああ」

少年は率直に感じたままを口にする。

「わあい」

おっとりとした仕草で少女は喜んだ。


「服汚すなよ」

「うん!」

それを合図に少年はアタッシュケースを広げた。まるで果物ナイフのように並べられたクロー・
ナイフと二丁の短銃。それがこのちっぽけなケースの中身だった。

それを見た瞬間、少女のぼんやりとした瞳が歓喜で溢れた。

「ミスリル!ミスリルのナイフ!」

二本のそれのつかを掴んで、宝物のように胸に抱き締める。

鋼色の刃から虹色の光を放つのがミスリルの特徴だ。
少年も拳銃を手に取ると少女にふと笑いかけた。

「じゃあ入って右にいるのがエアリスのぶんな。早く全員やった方が勝ち」

「うん!」

エアリスと呼ばれた少女は嬉しそうに頷く。

「よし、じゃあ行くぞ」

それを合図に、だっとエアリスが狭い通路を駆けていく。しなやかな足はどんどん回転速度を増
し、重量感を感じさせないほど軽やかに地面を叩く。

その後を少年も追う。

エアリスは胸の前で掲げていた二本のそれを、前傾姿勢を取りつつ、両腕を左右に広げて構えた。

少年もまた、二丁の黒光りする短銃を顔の両サイドに構えて前傾姿勢を取る。

通路の終わる先に管制室がぐんぐん迫る。


少女、そして少年の順に音もなく管制室に駆け込む。

予告無く少年の拳銃が前方に打ち込まれ、職員が二人崩れ落ちる。

「なんだ、お前らはぁ!?」

モニターを眺めたり、管制システムの微調整を行なっていた職員全員が、この突如現れた来訪者
に驚きの声を上げる。

素早く銃を取るものの、まるで全方位に目があるかのような少年の前後左右自在な狙撃に次々と
倒れ伏していく。

「はああああああっ!!」

少年の狙撃に目を奪われていた彼らを、甲高い雄叫びと共に急に視界に飛び込んできた少女のナ
イフが襲い、喉元から鮮血が舞う。


少年に残された最後の一人が、拳銃を抜いて撃ちかかる。

少年は空を飛ぶかのように職員の頭上に飛び上がり、全弾を避けると、直上から頭を撃ち抜いた。

一度回転して体勢を整えると、エアリスの脇に着地する。

その時エアリスもまた最後の一人を斬り付け、高々と吹き出した血を無表情に見つめていた。

だが傍の少年を目に留めると、少女らしい輝きが瞳に戻る。

「どっちが勝ったの?クラウド、わたし?」

期待にときめく少女に、クラウドと言うその少年は肩をすくめてみせた。

「引き分け、だな」


「じゃあ次が本番、ね?」
血を職員の制服で拭いながらエアリスが問う。

「遊んじゃいけないってさ。・・・ツォンが」

クラウドがさもつまらなそうに頭の後ろで手を組みながら言う。

エアリスはぷくりと頬を膨らませてそれを聞いていた。

「遊んじゃいけない・・・の?」

エアリスはがっかりと肩を落とす。

せっかくの久しぶりの「仲間」との、それもクラウドとの仕事だったのに、遊んではいけないな
んて、あんまりだ。

でもツォンが言うんだから仕方がない。


「帰ったら、一緒に遊べる?」

エアリスがすがるようにクラウドを見つめる。クラウドは絶対無理だとわかっていたが、あえて
エアリスをなだめかす。

「帰ったらツォンとヴェルドに一緒に頼もう」

「うん」

しょげるエアリスを見て、クラウドはまるで兄か何かのような気持ちになる。
そっと頭を撫でて、柔らかな栗毛を指に絡めた。エアリスが不安そうにクラウドを見返し、クラ
ウドはほろ苦い微笑みを返す。ふいにエアリスは泣きそうになって、クラウドに抱きついた。ク
ラウドは何も言わずにエアリスの背中に手を回す。



その時静かに管制室のもう一方のドアが開いた。エアリスはそちら側を山猫のような瞳で睨み付
けたが、入ってきた人物を確認すると、顔にぱっと華を咲かせた。現れたのはスキンヘッドにサ
ングラス、そして給仕用の制服を着込んだ男だった。

「ルード!」

ルードは抱き締めあっていた二人を見て顔を背けたが、やがてためらいながら口を開いた。

「・・・準備ができたぞ」
エアリスはルードに抱きつき、ルードはさらにあたふたした。

「い、行くぞ二人とも」

クラウドはエアリスを取られて苛立ちを感じたが、表には出さない。


「今から五分後に照明が全部落ちる。ステージの近くで待機して、暗くなったらステージに上がっ
て、仕事、だ」

「うん!」

「終わったら舞台袖から二人で一緒に六番ゲートまで来い」

エアリスは瞳を輝かせてまた「うん」と頷きクラウドを見た。

「武器はこのままで・・・?」

クラウドの問いにルードは首を縦に振る。そうして今度はエアリスの肩に手を置き、注意した。

「叫んだら駄目だぞ、エアリス」

戦闘に入り感情が一時的に高まると、エアリスは叫ぶことがある。生存者が残る任務では声を聞
かれるのはタブーだ。


エアリスはにっこりと了承し、二人はルードに連れられて会場へと足を運んだ。
パーティー会場は両国の要人やVIPで溢れ返り、条約の締結を祝っていた。
両国の首脳参謀その他はステージの上でワインの入ったグラスを傾けている。

ルードはクラウドに素早く目配せし、クラウドは頷いて会場前列ステージの下へと移動する。
エアリスもそのあとを追った。

「あと一分だ、エアリス」
耳元で囁くと、エアリスのほんやりした瞳がきっと細められる。

やがて二人が見つめる前で照明は落ち、会場は一気に混乱の渦へと変わっていった。


「なんだ、停電か!?」

惑う人々とは違い、真っ暗な闇の中でも物が見れるように改造された網膜は、ステージの上の十
数人の人影を捉えた。

クラウドはステージの上に飛び乗ると、横一列に座った要人達を端から順に撃ち殺していく。

エアリスはクラウドよりも高く飛び上がり、宙返りをうちながら斬り掛かる。ステージ上に着地
すると、驚くべき瞬発力で目標との距離を詰め、飛び掛かるようにしてまた斬り付けた。

突然の銃声と断末魔の悲鳴にパーティ会場にいる客達は我先に逃げようとする。だが、暗やみの
中では無駄だった。


クラウドが振り返ると、仕事を終わらせたエアリスが駆け足でこちら側に近づいてくるところだっ
た。

目でお互いを確認すると、クラウドは先頭を切って走りだす。舞台袖から待機室の入り口に立っ
ていた警備員を撃ち倒し、通路を横切って管制室を目指す。

通路も照明が落ちていて、採光もないため走りにくい。

その時、クラウドはエアリスが付いてきていないことに気付き、立ち止まった。
耳を澄ますと、通路遥か向こうから、金属音や銃撃音が聞こえる。

交戦中か!?

クラウドはきびすを返して元来た道を戻る。



エアリスは咄嗟に腕を十字にして、腹の前で構えた。次の瞬間その中心に相手の拳が吸い込まれ
る。エアリスは後ろに大きく飛んで、衝撃を緩和した。

「ふん、“ニムロデ”なだけあるな。反応速度が桁外れに早い」

カーキのバンダナに薄汚れたベージュのジャケットを着込んだ男は、値踏みするかのようにエア
リスを睨み見た。

「リガーの、ニューウエポンズ。最高傑作の内の一体・・・。貰って帰るぞ!!」

「!?」

男の影が一瞬揺らいだように見え、エアリスは咄嗟にクローナイフを大きく一旋させた。が、し
かし−−−。


ナイフが切り裂いたその場所にぱらぱらと広がるのは僅かな髪の毛。

「あ・・・ッ」

「遅い!」

エアリスの五感が敏感に働く。自分の背後に悪意を持つ者の存在を感じ取り、頭の中で警笛が鳴
り響いた。反射的に体が動き、エアリスは地面に這いつくばりそうな程身を低くしてしゃがみこ
んだ。首があった場所を男の手刀がなぐ。

この超反応に男は僅かにまごついた。瞬間的な移動に付いてきた素体は彼の知るうちでは僅かし
かいなかった。

男は武骨な顔を歪めた。

「面白い・・・。ではその性能、篤と味あわせてもらおう!」

男は片手に携えたスコープガンを無造作に放り捨てた。そうしてエアリスを見て不敵に笑い、両
腕を静かに構える。エアリスも反射的に応戦態勢をとり、男の動きを見極めようとする。

が、しかしいつまで経ってもその瞬間はこない。詰めていた息が苦しくなり、エアリスはふっと
息を吐きだす。だがその瞬間を狙われた。エアリスの瞳は一瞬飛来するつぶてを捉えたが、突然
のことに避けきれず体が着弾の衝撃に悲鳴をあげる。

「アあああ・・・あっ!」
だがそれだけでは納まらない。

胸と腹、右太ももに着弾したつぶての、その内部に包含されていた火薬が衝撃で誘爆し、鋭い爆
発音と共に、エアリスの体を籾殻の様に吹き飛ばす。

壁に叩きつけられ、エアリスは目を白黒させた。爆発で綺麗なドレスは焼け、肌も炎にさらされ
焦げてしまっている。

男は漂う異臭に眉をひそめたが、すぐにぐったりとしたエアリスに近寄って首を締めあげた。

「う・・・うぅ」

「“ニムロデ”はこんな傷、大した問題じゃないな・・・?」

エアリスがきっと男を睨み付ける。

だがその時エアリスの優れた聴覚が、足音を捉えた。
「お前エえええぇッ!!」
クラウドが怒りに身をたぎらせながら拳銃を撃ちかかってくる。

男は咄嗟にエアリスの首から手を離した。その一瞬を見逃さず、すかさずエアリスが満身創痍の
体を跳ね起し、男の顎に強烈な回転蹴りをくらわせる。その勢いのまま宙返りをうって体勢を整
えた。

「ちっ・・・」

男は憎々しげに舌打ちをする。挟み撃ちされる形になって、男は僅かに後退りした。しかし逃げ
場を遮断するかのようにクラウドが二丁の拳銃を構えた。

男の額を冷たい汗が流れるが−−−しかし

「逃げ道は作るもんだぜ?」

「!クラウド、つぶてっ!」
「なんだと!?」

エアリスの忠告が耳に届くか届かないかのうちに、鼓膜を破るような破裂音が耳を叩き、閃光が
視界を覆う。

「う・・・うあ・・・」

「きゃああああ!!」

呻き、あるいは叫びながら倒れ伏す二人に、男は皮肉げに笑った。

「幸運だな。お迎えが来てくれたみたいだみたいだぞ」

クラウドが耳を澄ませれば、自分達の名を呼びながら近づくルードの足音が聞こえた。

「“ニムロデ”。その最大の欠点は、異常に発達した神経・・・」

真っ白な視界の中、男は消えていった。

SURVIVOR 始まりの時 終