●● 西
洋料理店で会いましょう ●●
郊外にある閑静な住宅街。そこの一角に小さな小さな西洋料理店がありました。
でもパンの匂いもするんです。何故ならそこはパン屋さんだから。
ここが物語の舞台です――――――。
ある日の夕方近く、このお店の看板娘が学校から早足で帰ってきました。
名前をエアリスと言って、気立てのいい、それはそれは可愛い女の子です。彼女が通ると10人中8人の男が振り向きます。はい、間違いなく。
それはそうとして、彼女はこうして店の手伝いをしなければいけないため、学校の友達と遊ぶ時間が余りありません。
でも、自分の家の仕事に誇りを持っている彼女は、そんなこと気にしているわけでもないようです。
しかし、それとは関係なく彼女の帰路に着く足取りはとても軽やかで、楽しげです。それには訳があります。
彼女に家はパン屋さんです。でも、西洋料理店でもあります。つまり同時進行でやっているわけです。一階がパン屋さん、二回のテラスが料理店、という具合
に。
唯大変小さいのでお客さんの入るスペースがあまり無いのがエアリスの小さな悩みの種だったりもします。
何故なら彼女は夕方以降の料理店の切り盛りを全て引き受けているからです。彼女の料理はとても美味しく、近所ではとても評判です。おかげで小さな料理店も
ちょっぴり繁盛しています。
でも、彼女の足取りが軽いのはそれが理由でもありません。
「ただいまっ!」
言うが早く、彼女は突風のようにドアを駆け抜けると、お客さんたちに会釈をしながら自分の部屋へと向かいます。
服を着替えて、髪を結って、エプロンつけて、はい準備完了。
ちっさな厨房に向かいつつ、今日の日替わりスープは何にしようかと考えます。
彼女のお店は通称「エアリスちゃんの日替わりメニュー」と呼ばれるお任せコースが人気です。お好きなパンを三つ選んでもらい、それに合わせてエアリスがサ
ラダ、スープ、その他一品を選ぶものです。お腹いっぱいで格安。ちなみに毎週土曜日はサービスデー。
その他にも人気のメニューはたくさんあります。シーザーサラダや、グラタン、オムライス、ファンの間ではコーヒーとか。
まあ、そんなわけで彼女の小さなお城はいつもお客さんで賑わっているのです。
おっと、また話がずれた。
―――彼女の足取りが軽いのには訳があります。
―――もうすぐ来る――――――。
メニューを取りながらちらりと時計をエアリスは見ました。
時間は八時一分前。
閉店まで後、二時間。
そして、ジャスト八時。
ちんころちんころと、ドアのベルがなりました。
エアリスは高鳴る胸を押さえつつテラスから下のパン屋を眺めました。
―――来た!
完璧なのに、大急ぎで鏡の前で髪の毛を整えます。
そんな彼女の様子を見ている常連さん達は、彼女を目を細めて見やりました。
エアリスは気づいていませんが、周りの人たちから見ればエアリスが何で髪を整えてアタフタしているのか、そんなの丸分かりなんです。
「いらっしゃいませ!」
特に何か気にするでもなくテラスの階段を上ってきた彼はいつもの通り、一番隅の―――でも、ランプのある一番明るいテーブルに着きました。
そこは「彼」の特等席なんです。
やっぱり彼も彼女も気づいていませんが、周りの人たちは遠慮してこの時間帯はそこの席だけには座らないようにしているのです。
で、何で彼が一番明るい席に座りたがるのかというと、やっぱりこれにも訳があります。
彼はここで夕食をとりつつ閉店間際まで勉強をしているのです。
エアリスは彼の隣を通るとき、ちらりと彼が熱読している本や、プリントを見てみるのですが、あまりの難しさに何が書いてあるのかさっぱり分かりません。
何故ならそれは医学書であったり、医師国家試験の問題だったりするからです。
そう、彼は外科の医者になりたかったのです。
彼は毎日毎日八時ジャストにこの店に現れます。
本当にきっかり八時なんです。
そして、いつも通り無表情で入ってきて・・・・・・。
「古い食パン一斤、あとコーヒー」
とだけ言います。
古い食パンというのは、いわゆる売れ残りのパンのことです。冷めてる上に固いので、もうあんまり商品価値がありません。だからもともとの半分の値段で売っ
ています。
彼はそれを毎日毎日一斤、あとブラックのコーヒーだけを頼んで閉店まで勉強に勤しんでいるのです。
その集中力の凄まじいこと、唯黙々と勉強しているのです。
たまに眼鏡をかけたりしながら。
そして今日も・・・・・・。
「あ・・・あの・・・ご・・・・・・ご注文は・・・・・・」
顔を真っ赤にしながらエアリスは彼の注文を取りに行きました。分かりきっていることですが。
「食パン、古い奴。あとコーヒー」
「は・・・はいっ!」
その時のエアリスの嬉しそうな顔ときたら、それこそもうそのまま昇天してしまいそうな顔なんです。
そう、言うまでも無いことですがエアリスは彼のことが好きなのです。
まだまともに一言も言葉を交わしていないし、そもそもこっちを見ない彼が自分を覚えているかどうかさえ疑わしいものですが、それでもエアリスは彼が大好き
なのです。
でも無理も無いかもしれません。
精錬されたかのようなパーツだけで作られた端正な顔。
それを覆うのは、まじりっけ無しの金髪。そこから覗くのはどこまでも青い、コバルトブルーの瞳。
すらりとした筋肉質の体に、ちょっぴりレトロな服。彼の好みなのだろうか、とってもセンスがいい。
勉強モードに入ったときに眼鏡をかけると、もう大人の魅力がぷんぷんでエアリスは毎日毎日うっとりとした表情で彼を眺めているのです。
ちょっとでもこっちを見てくれないかな・・・・・・などと思いつつ。
でも、結局彼とは一言も話さないまま、そして名前も知らないまま半年が過ぎようとしていました。
「お待たせしました」
もくもくと勉強をしている彼に話しかけるのは、意外と勇気が要ります。
彼はいつも通り教科書やら何やらを脇に寄せてスペースを作りました。
エアリスはそこにパンとコーヒーを置きました。
「ごゆっくりどうぞ」
もうちょっと頑張って一言ぐらい話しかけたいのに、途中で臆病風が吹いてしまいます。
彼の瞳はとても綺麗だけど、どこか近寄りがたい印象を受けます。
だから結局決まり文句しか言えないで終わるのです。
でも、日に日に彼への思いは強まりました。
医学生であろう彼に何かしてあげたいと強く思うようになったのです。
そして自分が彼にしてあげられることは一つしかありません。
料理です。
エアリスは前々から彼の生活が楽ではないのは薄々感づいていました。
だってお腹も空くだろうに一番安い、しかももう美味しくないパンを買っているんですもの。
―――ジャスト八時。
いつもの様に彼が来ました。
「古い食パンとコーヒー」
いつも通りの注文です。
でも、エアリスは同じものを出すつもりはありません。
今日は寒い寒い雪の降る日。
何か暖かいものを食べさせてあげたい。
でも、あんまり気を使わせたくない。
エアリスは急いでポテトグラタンを作り出しました。
それと古いパン、あとコーヒー。
深呼吸して、彼の元へと持って行きました。
「頼んでないけど」
エアリスは彼の第一声に怖気づきそうになりましたが、それでも勇気を奮い立たせて言いました。
「あ・・・あの!た・・・食べてください・・・・・・お金は注文された分だけでよろしいですから・・・・・・!!」
彼は一瞬何のことだとでも言いたげに、目を瞬かせました。
あまりの大声に、しばらくあっけに取られたようにエアリスを見つめていましたが、暫くして照れたように頭を掻くと、瞳を真っ赤に潤ませたエアリスに財布か
ら取り出したお金を渡しました。
エアリスは慌てます。お金を受け取ってしまったら意味がありません。それどころか彼の生活を更に厳しくさせる事にならないとも言えません。
しかし、彼はエアリスが何かを言うよりも早く料理に手を着け始めました。
「食わせてもらうよ」
たった一言そう言って、エアリス方にはもう見向きもせず、ただ黙々と食べ始めたのです。
エアリスはもうそれ以上何か言う気にもなれず、お金を片手に上気した顔で厨房に戻りました。
心臓がばこばこと波打っています。
呼吸は荒い、顔も真っ赤。
でも、顔は嬉しそうにゆがんでいました。
やっと話すことが出来ました!
憧れの彼に自分の作った料理を食べてもらうことが出来たのです!
その日のエアリスは一日中、楽しそうにしていました。
「うそー、こんなに買う物あるのー!?」
とある日の土曜日、今日はパン屋さんも洋食屋さんもお休み。
その日にいつもゲインズブール一家は買出しに行くことになっています。
お父さんもお母さんも、食材にはこだわりがあるらしく、いっつも二人で農家へ行ってしまいます。
だからエアリスは食材の買出しには連れて行ってもらえません。何故ならすることは山ほどあるからです。
足りない皿やら、ナプキンやら、頼んでおいたお絞りやら、なんやら・・・・・・。
そして極めつけはお掃除。
これがぜーんぶエアリスのお仕事なのです。
エアリスはたまったもんじゃありません。唯一家にいるお婆ちゃんにお手伝いしてもらうわけにもかず、(何だかんだ言って掃除していますが)一日の終わりに
はもうエアリスはへとへとです。
それにしても、今日は何でこんなに買うものがあるんだろう・・・・・・?
「お・・・おもーい!」
スーパーから出てきたエアリスの両手には四つのビニール袋。どれもこれもが今にもはち切れんばかりにパンパンです。
当然エアリスの腕もう引きちぎれそう・・・・・・。
が、
ぷち
先にビニール袋の紐のほうがこときれました。
当然エアリスは大ショック。
こんなに大量の荷物どうやって持ち運べというのでしょう!
しかも、エアリスの家にたどり着くまでには何とも恐ろしい延々と続く階段道があるのです。
エアリスは半泣きになりながら荷物を運び始めました。
五歩歩いて五秒休み、十歩歩いて十秒休み・・・・・・とよちよちと歩きます。
見ているほうが可哀想なぐらいのスピードで。
と言っても誰も手助けなんてしてくれません。
あんな荷物持たされたら堪りません。
それでもエアリスは懸命に歩きます。
が、
ぽて
とうとう力尽きました。
と言うか、転びました。
当然中身はあわくちゃやわくちゃ。
エアリスはそれを痛む膝小僧を押さえつつ拾い始めました。
半べそ掻きながら。
しかし、
「・・・・・・?」
急に目の前にあったビニール袋が宙に浮きました。
エアリスはそちらの方を不思議に思って見やります。
そこにいたのは――――
「あ・・・・あああ・・・ああアア・・・・・・あああ!」
「あ」の連続。自分でも何が言いたいのか分からない。
だってだって、憧れの彼が目の前に・・・・・・!
「大丈夫か?」
エアリス的に救いのヒーローな彼は、平然と、さも当然のようにエアリスの荷物を全部拾い上げました。
そして言います。
「あんたの家どこだ?」
どうやら彼はエアリスの家まで荷物を運んでいってくれるようです。
でも、エアリスは憧れの彼にそんなことしてもらいたくなくて、必死で抵抗を(?)試みます。
「え!アアアア・・・・いい・・・・・・いいです!!」
「あんたが持つような荷物じゃない」
「で・・・・でも・・・・・!」
「いいって」
「・・・・・・・・・・」
・・・・・・結局なんだかんだ言って、彼に荷物を持ってもらうことになってしまいました。
エアリスは嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になりながら彼の隣を歩きます。
その間二人は一言も言葉を交わしません。
彼はもくもくと荷物を運び、エアリスは早足で彼と一緒に歩く。
はたから見たら二人は立派なカップルに見えました。
でもまったく関係ないんですけどね。
「あ・・・ここです・・・・・」
「ん・・・・・・?ああ・・・・・・」
二人はエアリスの家の前で止まりました。
エアリスが荷物を受け取ろうとしますが、彼はそれを無言で制すると、玄関の前まで(家に入ったらまずいですからね)持ってきてくれます。
エアリスは玄関の前でそれを受け取ると彼に丁重にお礼を言いました。
彼は頭を掻いて「別に」と一言だけ言います。
それを見ていたら、エアリスはもっと彼と話がしたいという欲望が自分の中に芽生えてくるのを押さえ切れませんでした。
それで勢いで言ってしまいます。
「あの、・・・・・私のお店でお茶していきませんか・・・・・・?」
彼は一瞬何のことだか分からなかったのか、ぽけっとしています。その様子がお店でグラタンを持っていったときの彼とかぶりました。
「でも・・・・・・」
「お休みのことは気にしないで下さい!その・・・・・・お礼に・・・・・・」
最後のほうは何だかもう自分でも何を言っているのか恥ずかしくなってしまって、口の中でもごもごと言うだけの言葉になってしましました。
恋する女の子は時として大胆になるんです。
彼は困ったように頭を掻くと、顔を赤くしているエアリスに「じゃあ・・・」とだけ言いました。
エアリスは心中でガッツポーズをとりました。何たって今日一日で半年間一言も話せなかったのがここまで進展したのですから。
もう、うはうはです。
―――彼の名はクラウド・ストライフといいました。
医学系の大学で勉強し始めて5年、つまり来年国家試験を受ける医学生らしいのです。
で、彼の通っている学校を聞いて、エアリスは呆然としました。
この辺りでは最難関といわれる「神羅大学」
彼はそこの大学に通っているそうです!
(後で知ったことですが、彼は天才と言われるほど頭がいいのです)
ということは、彼、クラウドは今年24歳。
エアリスは17歳。
年の差は7・・・・・・。
エアリスはもろもろの事情から、随分と高値の花を好きになってしまったように思いました。
それと同時に早く彼とつりあうような年齢になりたいと思います。
早く大人になりたい子供のように。
でも、気になることが一つ。
「あの・・・・・・クラウドさんって・・・・・・その彼女とかい・・・いらっしゃるんですか
?」
もじもじしながらエアリスはいいました。かなりやけになっていますが、普通に考えてもかなり恥ずかしいことを聞いています。
でも、もうどうにでもなれ!という感じで・・・・・・。
「いや・・・・・いないけど・・・・・・」
クラウドはそんな事米の先っぽほども気にしていない様子で答えました。
単に鈍いだけですが。
またまたエアリスは心中でガッツポーズ。
何もあわよくば彼女になってやろうとか、そんな疚しいこと考えているわけではありませんが、それでも彼女がいたらまず話になりませんからね。
そんな同でもいいことを話していたら(エアリスが一方的に話していただけですが)あっという間に時間が経ってしまいました。
エアリスは慌てます。だって掃除もしていないのですから。このままでは両親に怒られてしまいます。
クラウドはもちろん手伝おうかと言いましたが、流石にそこまでやってもらうわけにもいかず、エアリスは今日のお礼を言ってクラウドを返しました。
と言ってもその後のエアリスは掃除どころではありませんでした。
今日の出来事にもう舞い上がってしまい、皿は落とすわ、ゴミはぶちまけるわで、結局両親に怒られてしまいました。
そして、その二日後・・・・・・。
「コーヒーのおかわり、いかがですか?」
いつものように夕食をとる彼の隣には満面の笑みのエアリスがいました。
幸せそうなエアリスをクラウドは、とても可愛いと思いました。
いい感じです。
と言っても二人ともまだまだ態度がぎこちなく、恋人同士なんて感じではありませんが。
そしてそれを見つめるゴシップ好きのお客たち。
こうして彼らに見守られつつ、二人はお互いに対する思いを強めていったのです。
そして、またまた三ヶ月後・・・・・・。
「お待たせしました!クラウドさん」
向こうから走ってくるのは艶々した栗色の髪を風にたなびかせた、可愛い女の子。
それを待つのは金髪の聡明な男性。
金髪の男性が少し照れたように腕を差し出すと、栗色の髪の女の子は嬉しそうに腕を絡ませました。
これから二人で夕食をとるのでしょうか、二人とも何だかお洒落です。
実を言うとこの二人、ドチラかが告白したわけでもなく、まだ付き合ってもいないのですが、この分だときっと、先に彼のほうが動き出すでしょう。もしかした
ら今日中に結ばれるかもしれません。
だから二人ともドキドキ。
幸せそうな二人の顔に少し緊張の色が見て取れるのも無理は無いでしょう。
もしかしたら、キスまでいくかも・・・・・・。
二人とも頑張れという感じです。
まあ、そんなこと心配するまでも無いでしょうけど。
だってレストランから出てきた二人は、入るときよりもずっとピッタリ寄り添って、幸せそうなのですから。
クラウドはエアリスに綺麗なブローチをプレゼントしました。
彼らしい、落ち着いて、それでいて華やかなブローチ。
でも、値段を高いと言わないところが彼らしい。きっと聞かれても言わないんだろうけど。
当然、エアリスは大喜び。
クラウドの首に腕を回して、ああ・・・・・、誰もいないからってこんな所でいちゃいちゃしてはいけません。
続きは部屋でってね。
もちろん、クラウドにはそこまでするような軽い男ではありませんが。
二人はとっても、幸せそう。
さっきから何度も何度も「幸せ」という言葉が出てきているのもきっとそのせい。
でも、クラウドは来年国家試験を受けるのです。
この後、ヒトモンチャク起きるのは当然かもしれません・・・・・・。
さてさて、どうなることやら・・・・・・。
続く・・・・・・。
後書き
続きは雰囲気を変えたいのでデスマス口調止めます。