mokugeki


がしゃんと、なにか陶器製のものが、床に落ちて割れた音がした。
そしてその後に続いて聞こえてくるのは、きんきんと耳障りな金切り声だった。

「あ・・・あなた!これ、いくらすると思ってんのよ!」

「す・・・すみません、奥様!」

アンティーク物の大変高価なその壷を掃除中にひっかけて落としてしまったのは、ジェシーという名の若いメイドだった。
そして頭を下げて怯える彼女を頭ごなしに叱るのは、世界でも名だたるストライフ財閥の若き現当主と結婚した、スカーレットというこの家の女主人である。

スカーレット自身もストライフ家に及ぶべくも無いが、とある成金の臭いのぷんぷんする一族のご令嬢である。金にがめつく、底意地の悪い瞳はいつもギラギラ して、どこか神経質気味に笑う女である。
当然、ジェシーがこの屋敷のエントランスに飾ってある壷を割ったとき、いの一番に駆けつけてきて、怒りで鼻をひくひくさせて、叱りつける。
彼女は自分の思うとおりにいかないことが大嫌いな上、かしましい声で話すジェシーが常々嫌いだった。しかも結婚してから一週間にいっぺんほど、しかも屋敷 の視察のために数時間ほどしか帰ってこない夫のせいで、彼女はさらにイライラしていた。

追い出すチャンスとばかりにその金切り声を張り上げて罵声を浴びせた。
その声を聞いた執事長が何事かとやってくれば、あることないことでっち上げて、とにかく火事か地震かの大騒ぎを起こした。

ジェシーといえば涙目になりながら俯いて、スカーレットの怒りが収まって、自分の処分が決まるのを待つばかりだった。
もちろん、クビという名の処分だが。

―――どうしよう!親に仕送りしなくちゃいけないのに!

ぎゅっと自分のスカートのすそを握って、ジェシーは故郷の母親の顔を思いうかべた。
早くに夫を亡くし、女手一つで自分を育ててくれた母親。その母親も今では昔の無理がたたったのか、家で寝たきり状態。
ジェシーはそんな母親を助けるべく、単身上京し、この屋敷にメイドとして働くことになった。もうすぐ半年になる。

前は良かった。この屋敷で働く使用人たちにはいい人が多かった。母親のように暖かいメイド長だったエルミナ、誠実で気のきく屋敷の支配人だったリーブ、き さくな先輩メイドだったイリーナ、豪快爽爽としたシド料理長・・・そのほかたくさんいた先輩たち。
初めての出勤日、心細いイリーナの不安を一気に吹き飛ばしてくれた彼らは、次第に、一人、また一人と姿を消していった。それも、急に。

いまではジェシーの周りは敵だらけといっても過言ではなかった。
女主人であるスカーレットの不興を買っているジェシーなんか見たくないとばかりの扱いだった。
それでも我慢して今までやってきたのに!


―――と、今にも涙を流しそうなジェシーの耳に久方ぶりに聞く声が飛び込んでいた。
少しかすれたような心地よいテノール、これは・・・

「なんの騒ぎだ、これは」

ストライフ財閥のカリスマ的当主、クラウド・ストライフその人が、怪訝そうに目を細めてこちらへとやってくる。
まるで紅海の割れた水のように、使用人一同が彼のために道をあけた。

その道の先に、粉々に割れた壷と、顔を真っ赤にして憤慨する妻、そして潤んだ瞳で見上げてくるメイドを見て、クラウドは全てを理解した。

「あなた、聞いて!」

それ来たとばかりにスカーレットは夫に飛び掛り、ジェシーの「悪事」を事細やかに、誇張した表現で報告する。最後に「こんな役立たず、いらないわ!」とわ めきたてた。

ジェシーはなお一層怯えて縮こまった。

「ふむ、ならば仕方が無い。お前の望みどおり“あれ”にはこの屋敷勤めはやめてもらおう」

きゃあ、と嬉しそうな悲鳴を上げたスカーレットは、勝ち誇った笑みを浮かべてジェシーを一瞥した。
絶望に真っ青になる彼女を思う存分見て満足したのか、スカーレットは意気揚々とその場を去っていった。

「お前たちも持ち場に戻れ」

クラウドが一声かけると、今までおどおどと事態を見守っていた使用人たちは、我に返ったように仕事に戻っていった。

しんと、静まり返ったエントランスにクラウドとジェシーだけが残る。

冷や汗が流れるほど緊張した雰囲気の中で、ジェシーは自分の立場とは別のことをぐるぐると考えていた。

なんでご主人様はここにいるのだろう。勤めてから半年、数えるほどしか見たことが無いこの当主。“自分の屋敷だというのに”。
きっと会社のほうで寝泊りしているのかと思っていたが・・・。

「おまえ、ジェシーといったか」

ジェシーの逡巡を断ち切ったのはクラウドの冷たい声だった。
はっと我に返り、すっかり縮こまった背筋をしゃきりと伸ばす。

「は、はい」

「今日中に荷物をまとめろ、それで今夜11時きっかりに俺の部屋へこい」

びくんとジェシーは体を震わせた。とうとう、解雇されるのだ!

消え入りそうな声で、はいと返事をすると、クラウドは頷いてその場を後にした。
ジェシーはぽろぽろとその場で泣いていた。







「失礼します」

こんこん、とドアをノックして、ジェシーはクラウドの自室に入った。
この部屋を出るころには、自分は完全に無職になっているのだ。これからどうすればいいのだろう。

重い足取りで大きなデスクの前にいるクラウドの元へ向かった。
クラウドは長い指同士を絡ませて、興味深そうにジェシーを見ている。
そしてとうとう口を開いた。

「話したとおり、今日限りでここは止めてもらう」

分かってはいたが、実際言われるとハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
耐え切れず枯れることのない涙が再びほほを濡らす。

いつも冷めてよどんだ瞳をしているクラウドは、なぜか面白うそうだった。
だがそんな様子に気づくはずもないジェシーは、みっともなくしゃくり声を上げてしまわないよう、唇をかみ締めるのに必死だった。

―――と、

「それで君がよければで構わないのだが、こことは離れているが、私の別邸でメイドとして働いてもらいたいのだが」

思いがけないセリフに、ジェシーを第二の衝撃が襲う。顔を上げてみれば、今度こそ面白そうな光を宿すクラウドの瞳が目に飛び込んできた。それが、今聞いた ことが本当であることの証明だった。

「いやか・・・?」

返事を返さないジェシーに向かって、クラウドは答えのわかりきっている質問をする。
ジェシーは呆然としたまま首を横に振った。
口元を少しゆがめて、クラウドは一枚の紙を彼女に差し出した。
それは契約書だった。
上にはその別邸の住所や細かな規定や待遇について書かれてあった。
ジェシーはそのうちの一文に目を留めて唖然とする。

「え・・・こんなに?」

そこには、労働時間とつりあわない高額の給料がかかれてあった。
クラウドはまたにやりと笑う。

「それだけではない、同じ邸宅内に使用人用の部屋もひとり一つ用意してある。休みは申告すればいつだってとれるし、仕事内容もここに比べると楽だ。・・・ ああ、一つ注意することがある」

まだ衝撃から立ち直れないジェシーに、クラウドは声を低くして、言った。

「このことは、誰にも言うな。誰かに聞かれたら、クビになったのだと言え」

先ほどまでのクラウドとは違い、急に冷淡になった雰囲気のせいで、まるで部屋の温度が急激に下がったように感じる。

ジェシーはぞくりとして、小さな声で「はい」と言った。
するとクラウドは満足そうに頷いて、退室を促した。ジェシーは言われるがまま部屋を後にし、まだ何が起こったか分からない気持ちで、ふらふらとその邸宅を 出て行った。







「こ・・・ここよね」

ジェシーは昨日もらったばかりの地図を頼りに、必要最低限の持ち物を持って、新たな職場へとやってきていた。
確かに本邸と比べると小さいとはいえ、つくりの立派な邸宅だった。
ちょうど凹の形に作られており、敷地に入ると綺麗に整備された広々とした庭が目につく。
気のせいだろうか、本邸の庭よりも刈り込みが綺麗な気がする。

ここには誰が住んでいるの・・・?

ふとそんな疑問が浮かぶ。
明らかに最近作られたような邸宅のデザインが、さらに謎を呼ぶ。
まあ誰がいるのであろうと、前よりも良い待遇の仕事をもらえたのだ。精一杯がんばらなくては。

ジェシーが意気込んで玄関の前に立つと、チャイムを鳴らす前にドアが開いた。
そこから現れたのは、彼女が良く見知っている人物だった。

「り・・・リーブさん!?」

「やあ、久しぶりだねジェシー。また一緒に働けて嬉しいよ」

にこやかに話すリーブとは対照的に、ジェシーは驚きで口が塞がらない。
彼はずいぶん前にやめたはずでは・・・?

「ああ、カメラが付いてるんだ。ジェシーがきたのがすぐにわかるからね。正門も開いてただろう?」

ジェシーの驚いた顔を見て、リーブは勘違いを犯したらしい。

「あ、いえ・・・そういうわけでは・・・」

「違うのかい?まあいい、さあ、早く中に入ってくれ。君の見知った人たちもたくさんいるよ」

リーブは平然として、更に驚きの言葉を吐く。
ぼおっと突っ立っているジェシーを見かねて「入った入った」と中に連れ込んでいく。

と、エントランスに入ったジェシーの耳に、また懐かしい声が聞こえてきた。

「ジェシー!」

「・・・イリーナ先輩!」

長い廊下をはしたなく走りながら、イリーナが金髪の髪を揺らして駆けてくる。
その心底嬉しそうな表情に、ジェシーまで嬉しくなってしまった。

「イリーナ先輩、辞めたんじゃ?」

「え、話聞いてないの?まあいいわ。お茶の時間なの、ついてきて!」

「ええ!?」

もうここまで来ると何がなんだか分からない。
突如とした解雇に、転がってきた新職、辞めたと思った人たちがここにいて、状況も飲み込めないうちに、ずるずると何処かへひっぱられていく。

引っ張られるまま、大きな温室へと連れて行かれた。
温室は凹型の屋敷のちょうどへこんだ部分に作られていた。ガラスは非常に透明度が高く、まるで外界と隔てるものが何も無いかのような錯覚を受ける。
中には冬だというのに幾種もの花々が咲き誇り、不自然なまでに透明な小さな池は、差し込んだ太陽光を受けてきらきらと輝いていた。
その中央に、まるで花々に守られるように置かれた華奢なベッドが置かれていた。
視界をさえぎる草花のせいで全貌を見ることはできないが、誰かが眠っているようだった。緑の隙間から、光を浴びて黄金色にきらめく髪が見える。

「さ、入って」

ほうけたように立ちすくむジェシーの背中をイリーナが押す。促されるまま、ジェシーは温室へと歩を進めた。



―――中央へとたどり着いたジェシーの目の前に現れたのは、体を横にして眠るたおやかな一人の女性だった。
歳は自分より少し若いぐらいだろうか、周りを囲む花に負けぬ艶(あで)やかさだけが、目に飛び込んでくる。
雲のようにふわふわした髪がほつれて薔薇色の頬に筋を落とし、すっと通った鼻、うっすらと開いた真っ赤な唇が扇情的でさえある。
匂いたつ官能美とは裏腹に、ほっそりとした肩や両手足は、野原に咲くスミレのように可憐だった。

「あら、眠ってしまわれているのね。さっきまで起きてらしたのに」

イリーナの言葉に、はっとジェシーは現実へとかえる。

「ま、いいわ。厨房からお茶とってくるから、待ってて」

「え、あ・・・」

いつもそうだったように、イリーナのゴーイングマイウェイ精神は変わっていない。
気づいたらもうイリーナは温室を出て行ってしまって、ジェシーはただ一人でこの謎の乙女と一緒にいることになってしまった。


イリーナの声で魔法は解けたと思ったのに、また二人きりになると、頭が霞がかったようにぼんやりとしてくる。
イリーナの言葉遣いからすると、この方が主人なのだろうか。それにしてもこの美しい人は一体誰なのだろう?

「・・・不思議な・・・人」

それからジェシーはすっかりこの乙女に魅せられて、その顔を食い入るように見つめていた。だが暫くして、目の前に横たわる少女が急にくぐもった声を上げ た。

ぎょっとするジェシーの前で、少女はゆっくりと薄いまぶたを持ち上げた。目を縁取るまつげが光を受けてつやつやと輝く。

ジェシーが見守る中、少女は子供っぽく目をこすって、寝台から体を起こした。
暫く夢見るような表情をしたあと、やっとジェシーに気づいたのか、口を開く。
その声はほっそりと優しく、子供のように無垢だった。

「だれ・・・?」

そこには警戒や嫌悪はなく、純粋な疑問が感じられる。
ジェシーは慌てて答えた。

「あ、あの・・・私、ジェシーといいます!今日からここで働かせていただきます、よろしくお願いいたします!」

自分でも驚くぐらい大きな声が出てしまい、しかもそれが室内で反響したものだから、ジェシーはぎょっとしてしまった。
だが目の前の少女は特に意に介した様子もなく、夢見る表情をそのままに、ほんのり微笑んだ。

「ジェシー・・・?あなたのこと、わたし、知ってる。クラウドが・・・昨日、言っていたもの」

まだ眠いのか、少女の言葉はぎこちない。
彼女の言葉はまるで、ひらひら舞い落ちる桜の花びらのようにふわふわして、捉えどころがなかった。

「わたし、エアリス」

唐突に少女は喋るものだから、それが彼女の名前だということにジェシーはすぐには気づかなかった。

「クラウドが、言ってたわ。新しい、お友達が来るって。・・・それって、あなたのことでしょう・・・?」

やはり、目の前の少女の言葉は不思議な色に包まれていた。
言葉を一つ一つ区切って話し、それでいて流れるような音色で耳に心地よく、だがとりとめのない言葉はつかみどころがない。
彼女が言いたいことがすぐに分からないのもそのせいか。

ジェシーは惚けたままになってしまい、言葉が出ない。そんな彼女の態度を気にすることなく、少女―――エアリスは嬉しそうに笑って、急にぺたりと床に座り 込んだ。
ベッドの下に手を入れて、なにかごそごそと取り出そうとしている。

呆然とするジェシーを尻目に、エアリスはお目当てのものを探し出したらしい。
ずるっと音を立ててジェシーの目の前に引きずり出されたのは、碁盤目状に分かれた暗緑のボードだった。

「わたし、オセロできるよ。クラウドに、教えてもらったの。ジェシー、できる?」

オセロ・・・そんな誰でもできる遊戯を、誇らしそうに見せるエアリス。

「あとね・・・すごろく、できるわ。クラウドがね、ここに引っ越すときに、してもいいって言ってくれたの。はじめて、みんなで遊んだの」

「え・・・?」

ジェシーは一瞬耳を疑った。
この新しい女主人は今なんと言った?
はじめて、「みんな」と遊んだと言っていなかったか。・・・ではそれまでは誰と・・・?
しかも、何度も繰り返される「クラウド」という名。
まるで、彼女の行動の全てを自分の主人が決めているような口ぶりではないか。遊ぶと言う、そんな他愛無いことでさえ。


何も言わないジェシーを不思議に思ったのか、エアリスは首をかしげてまたベッドの下から新しいボードと箱を取り出した。

「!」

これは・・・チェスボードだろうか。
銀で・・・作られている?

「ジェシー、オセロきらいなの?」

「え・・・」

「チェスは、できるでしょう・・・?クラウドがはじめて教えてくれたの。ここに来るまでね、チェスしか、したことなかったの。クラウドとね。だから嬉しい の、ここに来れてすっごく嬉しいわ」

ジェシーは今度こそ驚いた。
この家は新しいに違いない。そして彼女は自分と同い年ぐらいに見える。
なのに、この家に来るまで、自分の主人―――クラウドと、チェスしかしたことがなかった?

少女の夢見る雰囲気とは裏腹に、どことなく異常な香りがするのは気のせいか。

エアリスはジェシーの目の前で箱を開けた。中にはたくさんの整然と並べられた駒があったが、それがまたジェシーを驚かせる。

透明で、光を浴びてきらきらと七色に光る・・・これは・・・・
ボードは銀。では駒は・・・?

自分の生涯収入をはたいても買えなさそうな遊具に、ジェシーは背筋が粟立つのを感じた。
前の邸宅も、豪奢で眩いものだった。だがここは、なぜだろうか、まるで一人の女性のためだけに建てられたような邸宅。召使たち。そして目の前にいるこの乙 女の、異常性を匂わせる雰囲気の全てが前の邸宅を遥かに凌駕していた。

考えるに、ここの真の主人―――クラウドは、この少女のためなら何でも与えてしまいそうな・・・。

そして彼から全てを受けるこの少女は一体・・・?


「あらー、エアリス様、お目覚めですのね!お茶をお持ちしました、お遊びは後にいたしましょう!」

むせ返りそうな異常な空気に、新鮮な空気が飛び込んでくる。
イリーナが、お茶と茶菓子をもって現れたのだ。
ジェシーは心底ほっとする。

「ええ、よろしくてよ」

以前の女主人、スカーレットが発したならば、高圧的としか感じなかったセリフも、この無垢な少女が言うと、周りを華やかにさせる力を持っているようだ。

イリーナの参入により正常を取り戻した空間に、楽しそうな笑い声が響きだした。










クラウドは本社の最上階にある社長室で、モニターの画面を見つめていた。
そこから見えるのは、三人の女性、そして華やいだ笑い声・・・。


クラウド・ストライフと言えば、世界の誰もが知っているであろう大富豪の一人である。
ストライフ財閥が動くこと、それは世界の政情を変えることでさえある。
ゆえに、つねに各国の情報機関のスパイに晒され、暗殺者に狙われるが、その中でも圧倒的なカリスマ性と能力で、ストライフ家の当主として君臨している。
その彼が、たった一人の女性に溺れていることは、数少ない側近、そして彼自身が見込んだ召使しかしらない。
その女性を、狂気に満ちた愛情で包んでいることも・・・。

その女性が彼の実の姉であることも・・・。

「エアリス・・・」

暗い部屋で、彼はぽつりと愛するエアリスの名を呼んだ。
カメラを通して聞く声、聞いてなければ死んでしまいそうなのに、聞いてしまえば会いたくて堪らない。




今から22年前、ストライフ家に美しい双子の赤ん坊が生まれた。
金髪の男の赤ん坊は、凛々しく賢そうな顔つきで、父親を喜ばせた。
なにより、当主の資格がある者のみに現れると言う、不思議な輝きを持つ青の瞳を持っていた。
栗色の巻き毛を持つ女の赤ん坊は、こちらもまた不思議な輝きを持つ緑の瞳を持っていて、その愛らしさは他に例えようが無いほどだった。

そしてその女児を見たものが、みな思ったであろうこと。

―――これは母親に生き写しではないか、と。


もともと体の悪かった母親は、子供二人を生むのは辛かったのだろう、出産して数日後に治療のかいなくこの世を去ってしまった。

妻をこよなく愛していた前当主―――クラウドとエアリスの父親―――は、嘆くこと凄まじく、食事ものどを通らない日が続いたほどだった。

そしてやっと持ち直してきたかと思ったころ、妻への想いを娘に投射したのか、それとも生き写しゆえに、病弱さを危惧したのか、エアリスを外気にさらすまい とばかりに、屋敷の奥に幽閉し始めたのだった。

まるで無菌室のような部屋に立ちいれたのは、自分とクラウド、そしてただ一人の年配のメイドだけだった。


クラウドには帝王学を学ばせる反面、読み書きも体の負担になるとばかりにエアリスをずっと部屋の奥に閉じ込めた彼は、今思うとやはり狂っていたのだろう。

だんだんと彼はやせ細り、穏やかだった面は鋭くなっていった。
そして繰り返し繰り返し、まだ赤ん坊のころからクラウドに言い聞かせ続けた。

「エアリスを、守れ」

と。

エアリスを守ること―――それは、父親のように狂気めいた保護をすること?

父親のそんな姿だけを見ていたクラウドは、はいはいができるころになると、早くも狂気の片鱗を見せ始めた。
生後半年にして、一種、エアリスへの独占欲のようなものを現し、彼女に他の者が触ると、酷く感情を害するようになった。

一歳ともなると、父親のようにエアリスを部屋に入れたままにすることを好むようになり、三歳にもなって執事たちがかしずくようになると、エアリスのいる部 屋に近づかないよう命令しだした。
服の着替えもトイレも歯磨きも、お風呂も・・・すべて自分が面倒を見なければ気がすまなかった。

父親はそれを見て満足げに微笑んでいた・・・。


もちろんエアリスは幼稚園にさえ行けなかった。
それどころかボール遊びや、縄跳び、思いっきり走ることさえしたことがなく、七歳になってクラウドが小学校へと上がっても、彼女は幼児のような言葉しか話 すことができないありさまだった。

父やクラウドが外出中は、命令で自分に話しかけない老執事が隣に控える中、日がな一日庭で人形を抱えて待っているばかり。

エアリスはそれが不思議だとは思わなかった。
ずっと前からそうだし、誰とも話しちゃいけないとクラウドが言うものだし、彼女はクラウドに逆らったことなど一度もなかったからだ。
父はあまり家にいない。だからクラウドがエアリスの全てで、彼が許してくれさえすれば、庭に行って花を摘んだり、人形で遊べたりする。だから、クラウドが 「してもいいよ」と言ってくれるのを、じっと待っている。

全てクラウドの、言うままに。

時間になれば、執事が静かに入ってきて「お食事です」と言って庭に昼食を持ってきた。エアリスはそれでも、誰とも話さない約束を守る。

クラウドが帰ってきて、いっしょに人形遊びをしてくれるのをずっと待ちながら・・・。


11,12ともなると、クラウドは美しい少年へと、エアリスも美しい少女へと成長したが、やはりエアリスは奥の部屋の庭で、じっと人形を抱えながらクラウ ドを待つ日々だった。
クラウドが帰ってくれば、エアリスは途端におしゃべりになる。
毎日ずっと同じお話だけど・・・。昨日閉じていた蕾が咲いたとか、枯れちゃったとか、そんな話。
機嫌がいい日なら、クラウドは学校の話をほんの少ししてくれる。
それを聞いて、エアリスは自分も学校に行ってみたくなったものだった。
もちろん、お願いしてもだめだったけれど。

このころになっても二人はまだ一緒に風呂に入り、エアリスにいたっては服を着替えさせてもらう始末だった。

やがて父は海外に拠点を置くことにした。

エアリスのことをたいそう心配していたが、そのころのクラウドは頼もしく見えたのか、彼は単身で渡米する。そしてその地で彼は永遠の眠りに付くことにな る。

父がいなくなってから、クラウドの狂気は次第に加速し始めた。
学校に行き、あえない時間がさらにそれを増長させ、いつしか毎日見ているであろう、彼女のしなやかな肢体に劣情を抱くようになった。

しだいにクラウドは彼女の体に夜な夜な悪戯をするようになる。
膨らみ始めた愛らしい胸に触れ、彼女の性器を気が済むまで撫で、ときに何も知らない彼女に、自分の性器をなでさせた。
彼女の手の中に欲望を吐き出すだけでは飽きたらず、したいと思うがまま、そそり立つ陰茎を少女の未熟な性器に押し込んだのは、13の誕生日だった・・・。







「ああ、俺だ」

クラウドはまるで仕事の延長のように自分の息のかかった部下に電話した。

「今度の日曜の夕方だ。そう・・・あの女に産ませるほうは、男だ。ばれないように俺に似せて金髪碧眼だ」

暫く相手の話を聞き、それから鼻で笑ったように返す。

「あの女?お産にかこつけて殺せ。なに、妊娠した時点で、病気もちだとでも言っておけばいいさ・・・ああ、エアリスか?エアリスには・・・そうだな、女が いい。そこ以外はいじくる必要もないだろ。・・・ああ、頼む」

ひとしきり話し終えて、クラウドは前髪をかきあげて、壊れたかのように笑い出した。

これが笑はないでいられるだろうか?
愛する人と、そうでないものから、愛する人との子供を同時に得るなんて!

だいだい、とクラウドは思う。
あの女、スカーレットとは、彼女の父親との取引の一環として結婚したに過ぎない。
跡継ぎさえできれば「彼女がいなくても」取引上問題はない。

実のところ、クラウドはエアリス以外の人間のことは誰でも、情をかける対象にすらならなかった。むしろ、自分とエアリスの間に入り込んできただけで、殺し てやりたいほどに憎むほどだった。

だから、スカーレットはいらない、必要ない、自分とエアリスとの間に、妻などというつまらないポジションを誇示するから、消したい。

だから・・・

彼女にエアリスの子供を生ませる。
彼女に薬を盛って体調不全を起こさせ病院に運び、気絶している間にあらかじめ用意しておいた自分とエアリスの受精卵を子宮に着床させる。
いわゆる、代胎妊娠。

跡継ぎにふさわしく、性別は男とし、ばれないように容姿を自分に似させる。もちろん、近親交配による遺伝子異常が起こらないようにさせて。


同時にエアリスには女の子供を孕ませる。
自然妊娠がよかったのだが、遺伝子異常を阻止するため、こちらも受精卵をいじくって母体に戻す方法にする。


―――エアリスの子供以外、欲しくない









エルミナはそっとソファーで眠る自分の女主人にブランケットをかけてやった。
いつもは主人―――クラウドの帰りを一緒に待っているのだが、今日は新しく来たジェシーに興奮してたくさん遊んでしまったようだ。

幼いころからほとんど外に出たこともないばかりに、この美しい少女(いや、女性だろうか)は驚くほど体力がない。

ときに、かわいそうだと思う。

愛されたばかりに、人より不幸になって、それに気づくこともない。

彼女もクラウドも、それが一番の幸福だと信じて疑わない。


たまに、彼女をこの牢獄から解き放ってやりたくなることがある。
きっと、軽やかに美しく、外の楽園へ飛び立つのに、なのに・・・。


そんな彼女の逡巡を知るはずもなく、エアリスはすやすやと眠り続ける。
危険なまでに美しく、無垢で、幸福の何たるかを知らず・・・。

暫く彼女の寝顔を見ていたエルミナの耳に、主人の帰還を知らせる音が飛び込んでくる。
背筋を伸ばして待っていると、やがて居間の扉がゆっくりと開いた。

そこにいたのは、やはり神々しく美しい狂気の青年で。

「なんだ、エアリスはもう寝てしまったのか?」

「あ・・・はい。昼にいつもより遊びすぎてしまいまして・・・」

「ああ、ジェシーか。エアリスが遊べる召使が欲しいというから連れてきたのに、これでは、な」

少し忌々しげに髪をかきあげる姿は、まだ少年っぽいとさえ言えるのに。

「友達などと、つまらんことを」

指の隙間からのぞいた瞳は、凍えるほど冷たくて。

「エルミナ、もういい戻れ」

「はい」

その瞳は誰を睨んでいるのか。
エアリス?
ジェシー?
自分?
いや、やはり彼とエアリス以外の全てか・・・。



昨夜、はじめての友達がくると、喜んでいたエアリス。
『クラウドが、いいよって言ってくれたの』と、無邪気に華をちらし、あんなに興奮して寝付けなかったというのに。

エルミナが部屋を出て行く間際、クラウドが気づいたかのように声をかけた。

「ああ、エルミナ・・・。例の話、今度の日曜の夕方だ」

エルミナの背中を冷たい汗が流れ落ちる。
言葉を返そうとするのに、舌がまるでからからだった。

―――この哀れな少女は、実の兄弟の子まで産ませられるのか。

疑いもなく一心に信じている自分の弟から、そうと知らず最大の裏切りを受けるというのか・・・。

エアリスは何も知らない。
苦しまない、だが、それが果たして幸福・・・?

「了解・・・いたしました」

やっと出た言葉は、信じられないほど固かった。






エルミナがそっと部屋を出て行った。
クラウドは、ソファーに身をもたげる乙女の体をそっと揺り動かす。

「ん・・・・・」

「おきろ、エアリス」

むずがってなかなか起きようとしない様さえ、まるで妖精のよう。
だがようやく重たいまぶたをあげると、宝石のような翡翠色の瞳が輝く。
小さくあくびをし、濡れたまつげがこの上なく優雅だった。

「クラウド、おかえりなさい」

「ただいま、エアリス」

エアリスはいつものようにしなやかな腕を伸ばし、クラウドの首に抱きついた。
クラウドは他人からは考えられないような微笑をその面に浮かばせ、エアリスを抱きかかえる。

自室に移動しながら、エアリスは楽しそうに今日あったことを話し始めた。

「今日はジェシーが来たの」

「ああ」

ジェシーの名に、クラウドの眉が少しひそめられる。

「いっぱい、遊んだの。オセロ・・・すごろく・・・オセロ・・・」

「・・・」

「ジェシーはオセロがすっごく上手よ。だからね、オセロ教えてもらったの!他にも・・」

「・・・」

「すごいの、私が知らないこと、たーくさん知ってるの!」

エアリスはクラウドの顔がどす黒くゆがみ始めていることに気づかない。

「学校ってね、勉強するだけじゃないんだって。遠足っていってね、みんなで遊びに行くの、そんなことしたり・・・」

「・・・」

「あ、『友達』はね、一緒に遊びに行くんだって。遊園地って言うの。信じられる?ジェットコースターって速くて、回転だってしちゃうんだって・・・」

「・・・れ」

クラウドがポツリと話す。エアリスは不思議そうに彼を見た。

「だまれ」

「・・・?」

エアリスはきょとんとしてクラウドの顔を覗き込んだ。

「!!」

「俺にこれ以上ジェシーの話をするな」

そういった瞬間、クラウドの体から殺気が迸った。

「クラウド・・・?」

「・・・邪魔だ、な」

感情の高ぶりと同時に、彼の青の瞳が炎のように揺らめいた。
美しい青なのに、その発する光はどこまでも暗くて。

「邪魔だ、あの女・・・っ」

エアリスのために必要なものは全てそろえてきた。
この新たな邸宅は彼女のために建て、彼女のために温室まで用意した。
本邸の有能な召使たちは少しずつ抜き出し、さびしくないように、新たな玩具まで与えたというのに・・・。

みんなが忙しくてオセロをしてくれない、と言うから、思わず年の近いメイドを連れてきた。

なのに

「エアリスにくだらんことを、教えるとはな」

彼女に外はふさわしくない。
『中』で、まるで温室に守られた一輪の薔薇のように、あでやかに咲き誇ってさえいればいいのだ。

なのに、くだらない外への知識を植え付けるとは、今にも殺してやりたいほど。

「人選ミスだったな。まあ、いい。明日には違う人間をよこす。そいつと遊べ、いいな」

エアリスは暫くぽけっとしてクラウドの話を聞いていた。

クラウドはなんで怒っているのだろう?
自分は友達が欲しくてクラウドにお願いしたのに。
クラウドはいいよと言ってくれたから、ジェシーは来てくれたのではないのだろうか?
明日は違う人が来る?
ジェシーは?

「ジェシーは?」

「今日中に解雇だな」

「かい、こ・・・?いなく、なるの・・・?」

クラウドは興味なさげにうなずいた。
エアリスははっと息を呑む。

「だ、だめ!」

「!」

「ジェシーは、友達なの!あ、明日も一緒に遊ぶって・・・やくそく・・・」

「だまれッ!」

クラウドは廊下に響くほど大声で怒鳴りあげた。
すさまじい形相でエアリスを睨み、行き場のない怒りを拳にこめて壁を叩きつける。

「あの女、やはり・・・殺してやる!」

「・・・っ!」

エアリスはぱっとクラウドの腕から飛び降りた。
バランスを崩して転びそうになるが、必死の思いで廊下を走る。

―――ジェシーに、ジェシーに言わなきゃ!早く逃げてって!

クラウドは暫く呆然としていた。
自分の腕から消えたぬくもりが、彼を正気にかえらせる。

「エアリスぅぅぅ――!」

エアリスが、はじめて逆らった!

あの女のせいで・・・!

「警備員!」

クラウドは怒りに任せて非常用ベルの保護カバーを叩き割った。
内蔵のスピーカーから警備室に向かって怒鳴りつける。

「屋敷の周りを固めろ!誰一人として逃がすな!」






大きなベッドでうつらうつらと眠っていたジェシーは、鳴り響く警戒ベルの音で目が覚めた。

「な・・・なに!?」

その大きな音に耐え切れないとでも言いたげに、ジェシーは顔を思い切りしかめた。
廊下のいたるところから、何が起きたのかと部屋から出てきた執事たちが騒ぐ音が聞こえた。

「なんだってのよ、もう」

ジェシーも外へ出ようとしたその時だった。

廊下が更に騒がしくなるのが聞こえた。

よく耳を澄ませば「エアリス様」という言葉がちらほら聞こえる。
何が起こったのか分かる前に、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。

「ジェシー!」

「エアリス様っ」

飛び込んできたたおやかな彼女の体を受け止めると、エアリスはゆっくりと話す彼女とは思えないほど、一生懸命にジェシーに訴えかける。

「ジェシー、はやく、逃げて!クラウドが言ってたわ、殺すって。それって、ジェシーを殺すってコトでしょう?だから、逃げなきゃ!」

「え・・・ええ!?」

驚くジェシーをよそに、エアリスは必死になってジェシーを引っ張ろうとする。
だが状況が飲み込めないジェシーは棒のように突っ立ったままだった。

殺す・・・殺すってクラウド様が?
誰を、誰を・・・わたしを?

―――まさか、なんで!

「エアリス様、一体何を・・・?」

すっかり渇いてしまったのどを潤すべくひとたび嚥下する。

「だから、クラウドが言ったの!殺すって、殺すって居なくなっちゃう事でしょう?だめよ、だって、ジェシーは友達でしょう?友達を助けるのが友達なので しょう?わたし、教えてもらったから!」

友達がいたことがないのに、それでも自分を友達だと信じ、けなげに守ろうとしてくれることに、ふと胸が熱くなる。

「エアリスさ・・」

口を開きかけたジェシーの耳に、バタバタという複数の足音が飛び込んでくる。

「!きちゃった!」

エアリスはぱっとジェシーの腕を掴んで、彼女なりに一生懸命に走り出した。
が、その歩みはやはり遅く、だんだんと足音は大きくなり始める。

とうとう、追手の姿が見え始めた。
それはやはり警備兵で、そのうちの一人が大声を上げる。

「いたぞ!エアリス様も一緒だ!」

「!」

ジェシーは泣きそうになる。
なんで自分がこんな目にあわなくてはいけないの?
何も悪いことなんかしていないのに!

「ジェシー、こっち!」

急に今までまっすぐ走っていたエアリスが、ぱっと横道にそれた。
ジェシーは導かれるまま、ふらつく足取りでそれに続く。

「はいって」

センサーで網膜を照合し、一つの豪奢な扉を開き、中に滑り込む。
その扉の鍵は自動的にしまった。
防音がすさまじいらしく、急にあれほど騒がしかったベルの音も、追手の足音もぷつりと消えてなくなってしまった。

入り込んだ部屋は広々としていてモダンなセンスの美しい部屋だった。

まだエアリスはジェシーの腕を引っ張り続ける。

「こっちこっち!」

更に奥の扉を開けるとそこは寝室だった。
だが、まだエアリスは手を引っぱる。

「ここ!」

見るからに重厚そうな扉がジェシーの目の前にあった。
中に入ると、かぐわしい花の香りが胸いっぱいに広がった。
暫くしてそれがエアリスのにおいだと気づく。

「ここは・・・」

「わたしの、部屋なの」

そこは窓一つない隔離された部屋だった。
可愛らしく暖色系で統一されて入るものの、どこか無機質で、さびしい部屋。

ジェシーは、また一つ、彼女のことがかわいそうになった。


―――と、

「エアリス」

どこからか、小さな声が聞こえた。

「クラウド・・・」

ジェシーの体がぴくりとはねる。
そんな彼女を守ろうとでも言うかのように、エアリスはそっとジェシーを抱きしめた。

「わ・・・わたし、ジェシーのこと、守るから。友達は守るから!」

あんなに頼りなく見えた少女が、少しだけ大きな存在に見えた。
もし彼女の父親や弟が、彼女を束縛したりせず、それこそクラウドのように社会で活躍する機会をもらっていさえすれば、驚くほど聡明で利発な女性に成長して いただろうと思わせるほど。

それだけ言うと、エアリスはジェシーを自室において、寝室へと向かった。
ジェシーはその華奢すぎる後姿を、のぞき穴から見つめる。

すると・・・。

「エアリス」

クラウドが書斎側から寝室へと入ってきた。

その美しいはずの顔は、ぞっとするほど冷淡な光を浮かべている。
彼に続いて警備員は来なかった。
どんな状況であろうと、彼はこの部屋に自分とエアリス以外をいれることはしない。

「ジェシーを、渡してもらおうか」

エアリスに一歩一歩と近づきながら、クラウドは言う。

「だ・・だめ!」

エアリスは気丈にも、両腕を広げてジェシーを守ろうとする。
それでもやはり怖いのだろう。体が小刻みに震えているのが、ジェシーにも分かった。

クラウドはあざけるように薄く笑った。
彼にとってエアリスの抵抗など、子供が意地を張っている程度のものでしかないのだ。
ほんの少し、手を伸ばすだけで崩れ去ってしまうほどの弱い抵抗でしか。

だが、クラウドはそれを分かっていながら、あえてそうせず、挑戦するようにエアリスの部屋に閉じこもるジェシーに視線を投げた。

―――な・・・に?

「ほう、そこまでして助けたいのならいいだろう。もっともビジネスは等価交換だ。あの娘の命に見合うだけの、代償を差し出さなければ・・・な」

そう言って、エアリスのあごを掴んでぐい、と上を向かせる。
エアリスは、涙でいっぱいの眼差しをクラウドに向けた。

スミレのように愛らしく、薔薇のように艶(あで)やかな女が、目元を濡らして赤くし、唇をかみ締め恐怖に耐える様は、この世の男の雄を昂ぶらせるには十分 すぎた。

クラウドの唇が興奮に震える。

そしてそっと顔を近づけ、優しい桜色の唇に、己のそれを重ねた。

―――甘い

クラウドはそう感じた。
震える彼女の唇さえも、扇情的に感じる。

たまらずにクラウドは口付けを更に深いものへと変えた。

「んぅ・・・っふぁ・・・」

苦しげな吐息がエアリスから漏れる。
クラウドは全く意に介さず、自分の思うままに彼女の口内を犯した。

ちゅっと音を立てて唇を離すと、銀色の糸が二人を繋いでから、ぷつりと切れる。

むせかえるほど長い口付けは、もともと肺活量の少ないエアリスには辛すぎた。
その細い足がかくりと折れ、床に倒れ付す。

しばらくエアリスは床で子供のようにいやいやをした。
そしてまるで何かにすがりつくように、クラウドへの恐怖から逃れるかのようにジェシーのほうを振り向く。

はた、と目が合い、ジェシーは自分の身を忘れて、もういいと声高に叫びたくなった。

だがジェシーへの強い思いが彼女を強くしたのか、エアリスはその大きな瞳を潤ませつつ気丈にクラウドを見上げて見せた。

自分にいつも忠実なエアリスが小さな反抗心を見せたことが気に食わなかったのだろう、クラウドはぴくりと片方の眉を跳ね上げた。

「言っただろう、取引は等価交換なくして成立しないと。選ぶがいい、ジェシーを引き渡して安寧を得るか、またはその下らない友情とやらに拘って、無意味に も対価を支払うか」

クラウドは光のない視線をジェシーに寄越した。
ジェシーがエアリスの部屋に入っていることさえ憎いといわんばかりに。

「まあ、少し考えればどちらが正しい選択かは分かると思うがな」

クラウドの言葉を最後に、しん、と沈黙が広がった。
こんな間でもエアリスが恐怖で打ち震えているのが、手に取るようにジェシーには分かった。

と、

「・・・ジェシーは、はじめて、友達になって・・・、遊んだのよ。・・・嬉しかったの・・・嬉しかったの・・・っ」

―――エアリス様!

ジェシーは思わず、エアリスの部屋のドアを開け放って、出て行きそうになった。
だがそうする前に、クラウドが乱暴にエアリスの腕を掴んで立ち上がらせる。

「・・・お前にはビジネスの才能はこれっぽちも無いらしいな」

「・・・・・・」

「いいだろう、魂(こん)尽き果てるまで、その身いたぶってやる・・・っ!」


クラウドはエアリスのワンピースの合わせ目を、渾身の力で引き裂いた。
華奢なつくりのそれは、バックファスナーにも関わらず、一瞬で腹まで裂ける。

エアリスはたまらず小さな叫び声をあげるが、クラウドは気にせず、組み伏せるかのように乱暴な手つきで下着を取り去ってしまった。非力なエアリスはなすす べがなく、クラウドの下でしくしく泣き続ける。

「ああ・・・」

ジェシーは思わず、悲嘆と感嘆が交じり合ったため息を漏らした。

自分のせいで目の前で陵辱されかかっている少女への悲嘆もさることながら、眼前にさらけだされたエアリスの裸体は、この上ないほどいやらしく、美しかっ た。

日の光もあまり浴びたことが無いであろう真っ白な肌に、美しい滑らかなカーブを描く肢体。

少女めいた夢見るような顔立ちにも関わらず、体つきはまさに成熟した女性そのもので、そのギャップがまた一段とこの光景を背徳的に見せた。

―――と、


エアリスの体を剥いたクラウドが、急に立ち上がってベッドわきの棚から何か探し出した。

「ロープ・・・?」

ジェシーはドアの窓からじっとそれを見た。
クラウドが取り出したのは長くて黒い一本のロープだった。
それはところどころに結び目があって、それ以外は何の変哲もない。

クラウドはその片端を書斎側のドアノブの首にくくりつけ、残った方はジェシーの隠れる部屋のドアノブにくくりつけた。
去り際に、あざけるように視線をジェシーに残して。

寝室を横切るように、ロープが固定される。

「エアリス、この上に跨れ」

クラウドは、あまり高くない足台をロープ側面に二つ置いた。
エアリスはめそめそ泣きながら、ロープに跨る形で足台に足を乗せる。

「っん・・・」

エアリスがふと、甘い声を上げた。
足台はあまり高くなく、そのせいでロープが少女の可憐な割れ目に容赦なく食い込んだのだ。


「そのまま、前後に動け」

ジェシーの見守る前で、エアリスは前方のロープを両手で掴んでバランスを取り、静かに前後に腰を揺らし始めた。

動くと結び目がやって来て、ぐい、と割れ目を押し上げる。エアリスはそれがいやで、できるだけ平らな部分で体を動かそうとした。

だがそれでも、食い込むロープを意識してしまい、擦れる粘膜からいやらしい液体が滲み始める。

ピチャ・・・クチュ

「ひあ・・・や・・・」

早くも溢れ出しそうなまでに瞳が潤み始める。

だが、

「エアリス、もっと後ろに乗れ」

クラウドが残酷な命令を出す。

後ろにはちょうど短い間隔で、三つの結び目があった。
エアリスはいよいよぐずりながらその三つの結び目の上に跨った。

すると、一番後ろの結び目は後菊に、真ん中のは割れ目に、一番前のはクリトリスに、それぞれがちょうど当たってしまう。

「動け」

エアリスは仕方がなく動き始める。

「あ・・・やあ・・・だめぇ・・・」

ピチャ・・・クチュ・・・グチュ、クチャ・・・

動くたびに敏感な後菊を押し上げられ、すでにぐちゃぐちゃの割れ目をかきだされ、大きく肥大化したクリトリスをこね回されるのだから、もう堪らない。

粘膜とロープがこすれあって生み出される卑猥な水音は、ジェシーの耳にまで聞こえてきた。

ジェシーの位置からは、ちょうどエアリスが背を向けるようにロープに跨っていたため、その割れた性器が、しっかり見えてしまった。

分泌された愛液が黒くて滑らかなロープを濡らし、それが照明の光を反射して、てらてらと黒光りしている。

吐き気がするほど淫猥な光景だった。

ジェシーが見守る中で、エアリスは更に腰を前後に揺らし続ける。

チャグ・・・ピチャ・・・クチュ

「は・・・やぁ・・・っんん!」

最初は嫌がっていたエアリスも、段々と快感を求めて自らの良い所をロープの結び目に押し当てる。

「無様だな、エアリス。友達とやらを守るとか高尚なことを言っておいて、このざまか?・・・まったく厭らしいな」

「ふえ・・・ひぐっ・・・」

自らの痴態をジェシーに晒し、クラウドの無慈悲な言葉を浴びせられたエアリスは、思わず動きを止めてしまう。
だがクラウドが許すはずはなかった。

「誰がとまっても言いといった?自分からやめるのなら仕方がないな、交渉決裂か・・・」

クラウドはさらりと言い放ち、エアリスの横を抜けて、ジェシーの隠れているドアのほうへと向かう。

―――と

「だめ・・・だめぇ!」

エアリスがせきを切ったように泣きながら、自らの淫猥な亀裂をロープに擦りつけ始めた。

いやだけど、ジェシーが殺されてしまうほうがずっと嫌だった。

だって初めてできた友達だから・・・守りたいのなら、クラウドの言うとおりにするしかないではないか?

ジュ・・・シュ・・シュッ・・・クプ・・・クチャ

「は・・・ひぃ・・・ん・・・ひううっ」

「そうだそれでいい。さて・・・と」

クラウドはにんまりと満足げに笑うと、自分の胸ポケットから万年筆を取り出した。
そして腰を揺らし続けるエアリスにゆっくりと近づき、その万年筆のキャップ先を、ぱんぱんに勃起したクリトリスにぐりぐりと押し付けだした。

「ひ・・・ひぃや・・・あっ」

グリ・・・グリッ・・・クチュ

「どうだ、ぐりぐりされて気持ちいいだろう?エアリスは人一倍淫乱だからロープだけじゃ、足りないんだろ」

「や・・・ちがっ・・・!」

「・・・と、こっち向きでは、ジェシーに失礼だな。エアリス、あっち向いてあんたのいやらしい姿、見せてやれ」

クラウドはエアリスを抱きかかえると、エアリスを反対向きにロープの上に跨らせた。

そのせいでジェシーからエアリスのぱっくり割れた秘部が丸見えになってしまう。

「エアリス、拾って来い」

クラウドは先ほどまでエアリスをいたぶっていた万年筆を、ぽいっとジェシーの隠れるドア側に放り投げた。

その意図は明白だった。

エアリスは仕方なしに、足台から下りて万年筆を取りにいこうとするが・・


「・・・っ!ひあっ・・・だめ!」

ただでさえ高すぎて食い込みがちだったロープが、足台から下りたことにより、更に容赦なく秘部に食い込んでくる。
痛いほど食い込んでくるため、エアリスは爪先立ちになったが、それでも刺激はさほど変わらなかった。

「とって来い」

クラウドが冷たく言い放つ。

「ふ・・・あぁ・・・いやっ・・・」

エアリスはつま先でちょこちょこと進み始める。

チャプ・・・ピチャ・・・

少し進むたびに、粘膜がロープとこすれ、いやらしい音が部屋に木霊する。

だがまだ平らな部分は良かった。
最初の難関の結び目が現れると、エアリスは思わず躊躇してしまう。
だが、クラウドの言うことを聞くしか方法はなかった。

「んっ・・・」

小さな吐息を漏らしつつ、結び目の上に体を乗せる。
すでに限界までいじられた秘部とクリトリスには刺激が強すぎて、上に乗っかっただけでもイってしまいそうになる。

結び目がやっとクリトリスを通過し、秘部からも過ぎ去ろうとしていたその時だった。

クラウドがロープを掴んで、ぐっと上へ引っ張り上げた。

「ひあああああっ!!」

プシャァァァァァァ!

ロープの結び目がぐっと盛り上がって、秘部を容赦なく押し上げる。
エアリスは突如の刺激に耐え切れず、潮を吹いてイってしまった。



ジェシーはその光景に言葉をすっかり失ってしまった。
まぶたを閉じたいのに、その光景から目を離すことはできず、しかし目を開けていれば、嫌悪を覚えるほどの異常な風景が目に焼きついてしまった。

今、花のように可憐だった少女が、目の前で潮を吹いて達した。
その横で、自分の主人であるはずのクラウドは、気がふれたかのようなぞっとする微笑を浮かべていた。

ジェシーは耐え切れなくなって、失神してしまいそうだった。

だが

「さあ、せっかくだからジェシーにも手伝ってもらおうか」

「!?」

クラウドは残酷な光を宿す瞳のままジェシーに近づいてきた。
ドアを開けて、中から覚束ない足取りのジェシーを引っ張り出す。

「エアリスは取るに足りないお前を助けようとしているんだ。お前もエアリスの手伝いをしなくては・・・なあ?」

呆然とするジェシーの横で、力尽きたエアリスがロープから崩れるように床へと倒れこむ。
そのエアリスをちらりと一瞥してから、クラウドは、また棚から何か長いケースを取り出した。

ジェシーが見守る前でその箱の封をとく・・・と

「きゃああ!」

ジェシーは思わず悲鳴を上げてしまった。
その箱の中にいたのは、二匹のグロテスクな色をした蛇だった。

クラウドは満足そうに笑ってそのうちの一匹のしっぽをつかんで取り出す。
すると蛇は、くねくねと体を動かして、頭をジェシーのほうへと伸ばしてきた。

「ひぃ!」

ジェシーは恐怖で思わず飛びのいてしまう。
クラウドは笑って説明しだした。

「この蛇は、性器から入り込んでメスの体に寄生し、その子宮の中に卵を産む性質を持っているのだ。ほら、今もお前の胎内に入り込んで卵を産みつけようと必 死になっている」

「あ・・・ああ・・・」

顔を真っ青にして震えるジェシー。
それが愉快でたまらないのか、クラウドは普段の彼からは想像もできないほど、楽しそうに、狂ったように笑った。

「安心しろ、もちろん卵など産めないようにしてある。だが本能は生きているがな」

クラウドはふと残酷に笑った。

そして、ぐいっとジェシーの顔の前に、蛇を突きつけた。
そして言う。

「お前がこれを持て。・・・エアリスの膣内にいれてやれ」

ジェシーは言葉も出なかった。
最初はクラウドが何を言っているのか分からないぐらいだった。

だが、その言葉の意味を理解するにつれて、震えが止まらなくなる。

「入れるって・・・」

「そのままだ。この悪趣味な本能を持った蛇の顔を、エアリスの股に突きつけてやるだけ・・・簡単だろう」

ジェシーがたまらず後ずさると、クラウドは舌打ちをして、無理やりジェシーにその蛇の頭を持たせた。

「お前がしないなら、エアリスの努力は無駄だったということになるな・・・お前のせいで」

そう言われてしまえば、ジェシーにできることはただ一つだった。
自分がしなければ、エアリスが受けた辱めは全て無駄だったということになる。

ジェシーは混乱して正常には働かなくなってしまった頭で、ぼんやりとそんなことを考える。

ふらふらと、催眠にかかったように、ジェシーは蛇の頭をエアリスのぱっくりと割れた、秘部に押し付けた。

蛇は待ちきれないといわんばかりに、その体と尻尾を激しくばたつかせる。

・    ・・ジェシーはそっと、手を離した。


「ひあああああああッ!!」

部屋中にエアリスの絶叫に近い嬌声が響き渡る。
先ほどまでぐったりしていた所に、蛇が胎内に侵入してきたのだ。
達したばかりの体に、蛇のぬめった感触と、ごりごりと膣壁をこすっていくうろこの感触は強すぎた。

クラウドが、完全にエアリスの中に入り込もうとする蛇の尻尾をぐ、と捕まえた。

「はああああ!・・・だめ、だめえええええ!」

子宮に入り損ねた蛇が、クラウドの手から逃れようと、膣内で体を激しくばたつかせ始めた。

頭がぐいぐいと、ひだだらけの膣壁を押しやる。

「いやあああ!あ、や・・・らめっ・・・・かきまわしちゃだめええええ!」

エアリスが体を弓のようにそり返しながら喘ぐ。
ジェシーはその光景を、ただぼうっと眺めていた。

「イク・・・っイっちゃう・・・・ひうっ・・ああっ・・・」

「イけよ、エアリス」

「ひ・・・・ひぃあああああああッ!!」

エアリスは再び潮を吹きながら、二度目の絶頂を迎えた。










ジェシーはそのあと気絶していたらしい。
気づいたら、自分の部屋のベッドの上で寝かされて、イリーナが心配そうに自分を覗き込んでいた。

ジェシーはこの屋敷で働き始めた。
掃除をしたり、エアリスの遊び相手をしたりしながら・・・。


暫くして、エアリスが妊娠したとイリーナから聞いた。
ジェシーはやはり、呆然とその言葉を聴いていた。

「あの・・・」

ジェシーは、ぽつりとイリーナに聞いてみた。

「クラウド様とエアリス様は、一体どういう関係なのですか?」

イリーナは少し困ったような顔をして、それからジェシーの耳元でこっそりと言った。

「ご兄弟よ。血の繋がった。エアリス様は、クラウド様の本当のお姉さま。ここで働いている人はみんな、クラウド様の言うとおりに、エアリス様と接している の。近すぎず、クラウド様のお気に召すように」





それから半年後、ジェシーはとある事件をニュースで聞いた。

それは、前の主人スカーレットが、第一子出産の折になくなったという話だった。







おわり


すいません、なんだかぐだぐだと続いたわりに、この出来。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした!
Tさん、大学御入学おめでとうございます!