●● 泣
いてるココロ ●●
「ごほんッゴホッ・・・・・・!くるひいよぉ・・・・・・!」
「三十九度七分・・・・・。高熱だな」
クラウドはベッドでよがり苦しむエアリスを一瞥して溜息を付いた。
まったく。だからさっさと風呂に入って寝ろと言ったんだ。
こんなことになるなんて、火を見るよりも明らかだったはず。それに気付かなかったパーティの奴らだって同罪の上に重罪だ。
「医者が来るから大人しく寝ていろ」
クラウドがあえて冷ややかな視線を送ると、エアリスは咳をこらえて不満をあらわにした。
「わたしは悪くないわ!皆が・・・皆が悪いんだから!」
エアリスの言うことはほんの少しの域において正しい。
そもそも事の始まりは、クラウド一行がこの街にやってきたことから始まる。
―――――――。
「はあ、やっとそれらしい街に着いたって感じだねェ」
ユフィが初めて来る街の様子をせわしく観察しながら、大仰な手振りで言った。
それを受けてティファが感慨深げに頷く。
クラウド一向はこの二週間、地元からは“不思議のラビリンス”と呼ばれている森の中で散々に迷っていた。
やっと脱出できたと思った矢先の立派な街。恐らく周囲をこの巨大にして深淵な森に守られているおかげで、大きな外敵が存在せずここまで繁栄することができ
たのだろう。
神羅と深い関わりを持たない街が、ここまで繁栄しているのも珍しい。
「大丈夫か、エアリス」
クラウドが自分の戦闘服の一片を握っているエアリスの顔を覗き込む。
このパーティを構成するメンバーは世間一般に見て強者と呼ぶに足りるだろう。
幸か不幸か神羅に属していたために、優秀な戦闘訓練を受けているシドとヴィンセント。
ザンガン流格闘術師範代(作者の妄想)のスーパーガールティファ。
神羅お墨付きの性能。また遠隔操作なため、疲れ知らずのケットシー―――もといリーブ。
お転婆忍者、しかしその機動力には目を見張るものがあるユフィ。
そして元ソルジャー、人間兵器クラウド。
そんな中でただ一人戦闘訓練を受けたこともなく、人生の22分の21以上を外気に触れもしないミッドガルで過ごしたエアリスは一言で言えば素人の一般人
だ。
そんな彼女がこのカンカン照りの中、二週間も森の中を彷徨ったとあれば、顔色の一つ悪くなってしかるべきであろう。
当然足は水ぶくれを起こし、それももう破裂して鋭く痛む。
疲労はピークに達していて、立っていられるのが不思議なくらいだった。
クラウドが何度かエアリスをおぶおうとしたのだが、エアリスは自分だけ楽しては皆に申し訳ないと、その申し出を断り続けていた。
今になって考えれば、あの時無理矢理にでもおぶっていれば良かったと、クラウドは思う。
―――久しぶりに止まった宿では当然のように親父どもの酒飲みが始まった。
それに加えてティファやユフィも。
お風呂から出てきたエアリスは今にも撃沈してしまいそうなぐらい疲れていた。
しかし部屋に戻るため通りがかった食堂では、もう既に酔っ払って理性がなくなった輩が酒を飲み続けている。
エアリスも疲れを取るための軽い酒を―――とでも思ったのだろう。
疲れた足取りでその輪の中に入り・・・・・・・・・・。
あとは言うまでもないだろう。当初の予定を大きく外れ“いっき、いっき”などと捲し立てられ、日付が変わり、クラウドが風呂にでもゆっくり入ろうかと降り
てきたとき・・・・・・
そこには酔いつぶれて床に、ソファに、思い思いの姿勢で転がっている連中と、いい気になって深い眠りについているエアリスがいた。
「おい、エアリス。起きろ、風邪引くぞ」
クラウドは軽くエアリスを揺さぶった。
寝入っているエアリスから、ふにゃ〜んと、仔猫のような反応が返ってくる。
ややって開かれる瞼。完璧に酔っていて焦点が定まっていない。
「ありゃ〜?クラウドォ・・・。気持ちイイよろ〜」
普段の彼女からは想像も出来ない甘えきった仕草でエアリスが擦り寄ってくる。
クラウドは盛大な溜息を付いた。
これは拙いぐらいに酔っている。
「ほら、あんた早く寝ろよ。疲れてるんだろ」
そう言って、だらんとしたエアリスの脇に手を入れて持ち上げみれば、ゾッとするぐらい体が冷えていた。
「クラウドはァ、どこに行くのろォ〜?」
舌足らずなエアリスが無邪気に問う。
「オレか?オレは今から風呂に入って・・・・・・」
「ブルッ、さむいィ〜!わたしも一緒に入るゥ」
「・・・・・は?」
驚きのあまり後ろへ一歩後退したクラウド。その差をエアリスがすぐに埋めて酔った勢いか抱きついてくる。
「もう離さないよろぉ」
「こ・・・こらッ!」
エアリスの体をべりっと引き剥がして、クラウドは彼女の華奢な体を抱き上げた。
「いいか!今すぐ部屋に戻ってベッドに直行するんだぞ!」
もの凄い気迫でエアリスに言い聞かせれば、彼女は頬をぷうッ、と膨らませて顔を逸らす。
クラウドは溜息を付いてエアリスを担ぎ上げた。エアリスがきゃっと軽い悲鳴を上げる。
「こらーッ!おろせーッ!!お姉さん命令だぞ!」
「はいはい」
エアリスは元気にクラウドの肩の上で暴れた。しかし、クラウドはそれを全く意にかえさない様子で軽くあしらう。それが面白くなかったらしくエアリスは更に
抵抗を試みる。
「降ろしなさーいッ!」
「酔いすぎだ、あんた」
やおらクラウドは溜息を付いた。
心なしか―――いや完全に口調が荒くなっている。彼女はこんな乱暴な口の聞き方はしないはずだ。シドやバレットの悪影響を受けたのだろうか?
―――あとで、しばいてやる。
クラウドは密かに心に決めた。
やがてエアリスの部屋の前にたどり着く。ティファとユフィとの相部屋であり、室内もそれだけに広い。その真ん中にある普通なら仲の良い男女二人で寝るであ
ろう、キングサイズのベッドにエアリスを投げ出した。
ぼすん、とスプリングに彼女の華奢な体が沈み込む音がした。非難の声があがると思ったが反応は無い。覗いてみたらエアリスはのんきに寝息を立てていた。
クラウドは苦笑して、そののちシーツを首までしっかりとかけてやった。
部屋を出る前に、もう一度―――愛しい女性の顔を覗き込む。双方は彼女の呼吸に合わせてゆっくりと浮き沈みを繰り返し、瞼を飾る長い睫がゆっくりと揺れ
る。
クラウドはそれを、目を細めて見やった。
「無理させて、ごめんな」
この二週間の強行を彼女に謝る。
やはり彼女にはきつ過ぎたのだろう。分かってはいたが―――しかし大した配慮はせず、早ければ早いほど彼女のためにもなるだろうと思い、無理なペースを強
いてきた。
彼女にだいぶ疲労が蓄積していることは、分かっていたが―――
「風邪ひくなよ」
ぐっすりと眠る彼女の瞼に軽いキスを落とす。
瞬間ぴくりと瞼が動いたが、幸い彼女の眠りは覚めない。
クラウドは今度こそ彼女に背中を向けて部屋を出た。
明日にはまた、元気な彼女の笑顔が見られることを期待しつつ――――――――
・ ・・・・・期待、していたのだが。
「・・・・・一番の原因は、あんたがさっさと寝なかったことだ」
クラウドは決然とそう、言い放った。
自分の主張を却下され、エアリスがまるで有罪判決を受けたかのように、顔色を落とす。
―――やはり、“ある一部分において、他のやつらが悪い”がその責任の大部分はエアリスにある。
あれだけ、さっさと寝ろと言ったのだ。たとえメンバーの奴らに誘われたからといって、虚弱な自分の体質をもってしかるべきだった。
もちろん、クラウドの怒りの矛先は飲んだくれたちにも余す事無く向けられている。
朝まで寝転がっていたにも関わらず、全員が元気に健康体でいることが、更に無意味に怒りを増幅させる。
―――まったく、何で一人くらい・・・・・・ティファだっているのに、気が利く奴がいないんだ!自分たちの、強靭な体とエアリスが違うことぐらい、分かり
きっているだろうに!
そんな彼の逡巡を、大きな咳の音が断ち切る。
振り返ればエアリスが苦しげに咳き込んでいた。
「大丈夫かエアリス・・・・・・苦しいか?」
むせて上手く呼吸ができないのか、エアリスの目尻に薄っすらと涙が溜まる。
なかなか止まらない咳に体を大きく振るわせながら、エアリスは真っ赤な顔で頷いた。
その様子に、怒りとか呆れを通り越して、可哀想になってしまう。
クラウドは戸惑うように手を伸ばし、エアリスの背中を擦った。
やがて、咳の痙攣も治まる。
「ん・・・・・、ありがとクラウド」
「ああ・・・・・・大丈夫か?」
気遣わしげに問えば、エアリスは彼女のものとは思えない、幾分弱弱しい微笑を返す。
彼女は何も言わなかったが、それでも、辛いのだろう。そのことはクラウドにも良く分かった。
ポーカーフェイスが大得意な彼女。森の中での二週間の強行も、他のメンバーにも分からないくらい平然とした顔つきで付いてきた。
それが完璧に崩れている。
弱弱しくて、儚くて、今にも消えてしまいそうな微笑。
いたたまれなくなって、クラウドは彼女を抱き締めた。
「クラウド・・・・・・」
「・・・・・・」
何も言わぬクラウドの腰に、エアリスはゆっくりと腕を回した。
クラウドは更に黙り続ける。
しかし、その思いを汲み取ったかのようにエアリスはにっこりと笑った。
「泣かないで・・・・・・ね?」
クラウドはやっと口を開いた。
「泣いてなんかいない」
そんなに自分は情けなく見えたのだろうか。顔見せぬまま、憤然として言い返す。
だがエアリスはなおも言いつのる。
「ん・・・・・・。心、泣いてる・・・・・・」
クラウドは不思議な気分でそれを聞いていた。
自分が泣いているなどと、金輪際ありえない。泣くというのは少ししょっぱい液体が、目から、涙腺から流れ落ちてくる現象のことではないのか。
心が泣くなんてありえない。
「大丈夫だよ・・・・・・、だから・・・泣かないで、ね?」
―――エアリスはオレには責任はない、と言っているんだろうか?
クラウドは暫く思考を止め、目を瞑った。
やがてそれでいいと思う。
意味は分からない。しかし、こんな戯言を言うなんて、少し元気になった証拠じゃないか。
クラウドはエアリスから体を離した。
彼自身もポーカーフェイスを作り出す。顔を上げると、そこにはいつもの無表情な彼自身がいる。
だがすぐに無表情さの中に、微妙な皮肉のニュアンスが織り交ぜられる。
「少し元気になったかと思えば、あんたは口うるさくなるな」
その言葉に、今まで聖母のような柔和な微笑を浮かべていたエアリスの顔が、一瞬にして怒りに染まる。
「あら、折角優しくしてくれるようになったと思えば、次は嫌味なのね!気の利いたことが言えないなんて、ソルジャーって頭の中まで筋肉なのかしらね?」
エアリスは一気にまくし立てた。しかしクラウドは身を乗り出したエアリスの体をベッドに押し戻す。
―――元気じゃないか、これじゃあ・・・・・・・
「・・・・・・心配して損したな」
「・・・・え・・・」
「・・・・・・ッ!」
思わず本音が口から飛び出た。まずいと思ってエアリスを見れば時既に遅く、彼女はただでさえ赤い頬を更に上気させて自分に向かって微笑んでいた。
事が瞬時に自分に不利な方向へと向いたのを感じて、クラウドは顔そらす。
だがエアリスはその彼のソルジャー服の裾をいつかのように掴んで、嬉しそうに笑った。
・ ・・しっかりとロックオンされてしまった。逃げられない――とクラウドは直感する。この類の感は外れたことがない。ことにエアリスにおいては。
「ありがと・・・・・心配しててくれたんだ。・・・すごく嬉しい」
本音をぶつけられて、いや彼女はいつでも真っ直ぐなのだが、クラウドは自分の体温がかっと、上昇するのを感じていた。
逃げられないのは、先ほど直感したとおり。意地でも口を開くものかと・・・・・・これ以上ボロを出すものかと、心に決めたが・・・・・・
「・・・・・・・・」
エアリスの微笑と、熱で潤んだ瞳に・・・・・・
負ける。
「心配しないほうが、おかしい」
そうだ。心にそうと決めた女性が目の前で苦しんでいるのに、心乱されない男がいるはずがない。
だがエアリスはそんな彼の考えを知る由もなく、屈託なく笑う。
「ありがと・・・・・・クラウド、好きよ?」
何度となく聞いた彼女からの愛の告白。
でも一向に慣れることは無い。現に、今にも顔から火が噴出しそうだ。
「ふふっ、クラウドッたら顔真っ赤ッ」
「うるさい。さっさと寝ろ!」
彼女がからかうように笑うのが気に喰わなくて、クラウドはついきつめの語調で返す。
しかしそれも彼の照れ隠しと分かっているのか、エアリスは気分を害した様子を見せない。
それどころか、直いっそう嬉しそうに笑った。
「・・・・・・・・」
それ見ていたら、なんだか酷く自分が負けている気がした。
いや、言わずもがな完全に負けている。
風邪を引いてもなお悠長な彼女に、一矢報いてやりたい気分だった。
「・・・・・・んっ」
その一心でクラウドはエアリスの柔らかな唇を塞ぐ。
エアリスが唇の隙間からくぐもったうめき声を上げた。
クラウドに視界に、彼女が驚いたように目を見開き、やがて恥ずかしそうに目を瞑るのが見て取れる。
「・・・・・・ん、ふぅッ」
いい気になって、その口付けを強引に更に深いものへと変えていく。
エアリスは困ったように身じろいだ後、腕を突っぱねてクラウドを離そうと躍起になった。
しかしその抵抗も、やんわりと伸びてきた手にあっさりと封じられる。
恐らく、エアリスが百人がかりでクラウドと戦っても、勝つことは無いだろう。
それぐらいに、クラウドの―――またソルジャーとしての力は強かった。
女一人の力封じ込めるにわけないほどに。
「・・・・・っはぁ・・・、こんなことしたら、クラウドにうつっちゃうよ!」
僅かな息継ぎの合間にエアリスが抗議の声をあげる。
だがそれさえも二番目のキスにかき消された。
・ ・・・・・寝ているエアリスに、覆いかぶさるように口付ける。
まるで優位に立ったようではないか。
そうクラウドは思う。
至近距離で見つめるエアリスの顔は、可哀想なくらいに紅に染まっていた。
眉尻は困ったように下がり、その表情全体から切なげな色が漂う。
頬に添えた手の平からは、確かなほてりが感じられた。
そんな顔をされたら、まるでこっちが悪者のようではないか・・・・・。
唇をゆっくりと離すと、エアリスの荒い息づかいが聞こえた。
エアリスが何か言いたげにこちらを見つめたが、しかしそれでもすぐに目をそらす。
「ソルジャーは相当の事じゃないと、風邪なんか引かない」
クラウドは息一つ乱す事無く言った。
それこそエアリスほどに疲れなければ。
ソルジャーがそれほどまでに疲労困憊するなど、余程のことがなければ、有り得ない。
体の免疫力一つ挙げても、常人とは比べ物にならない。
それを聞いて恨めしそうにエアリスはクラウドを睨んだ。
だがやがて怒ったように、クラウドにその華奢な背を向け、シーツを頭まで手繰り寄せて顔を隠してしまった。
拗ねたような、そんな子供っぽい仕草にクラウドは内心で笑みを浮かべた。
―――形勢逆転だ。
まあしかし、これがいつもどおりの元気な彼女だったらこうもならなかっただろうが。
クラウドはエアリスの頭をぽんぽんと叩き、部屋を後にした。
出て行く直前に思い出したように、聞き取れるか聞き取れないかぐらいの声量で、エアリスに向かって呟く。
「早く・・・・・、元気になれよ」
―――ぱたんと、軽いドアの閉まる音がした。
エアリスはそろそろとシーツから顔を出す。
その顔は未だ上気して真っ赤だった。
しばらく恨めしそうに、クラウドの出て行ったドアを眺めていたが、ややあって俯く。
「分かってるもん」
そう虚空に向かって呟く。
言われなくったってわかっている。早く元気にならなくてはいけないということ。
だけど・・・・・・。
「でもクラウドはわかってるの?」
その言葉はやはり部屋の壁に吸い込まれて消える。当の本人に届かぬまま。
「クラウド泣いてたんだよ、気付いてないみたいだけど」
クラウドは優しい。きっと今回の自分の風邪も、必要以上に気にしすぎているのだろう。きっと、そんなわけ無いのに、責めているに違いない。自分自身を。気
付かぬままに。
だから、自分を見つめる瞳は酷く悲しげだった。
心は泣いているのだ。
―――分かってないでしょう?きっと。
「クラウドは優しいね・・・・・」
エアリスはもう一度、いないその男に向かって呟いた。
「うん・・・・・大好き」
FIN
後書き
ミラさんからのリクエストで、クラエア→エア風邪引きです。
ご・・・ご希望に全く添えていない(;‐;)本当は「ほら、エアリスあーん」「いやん、クラウドッたら!」(アホ)
みたいな甘甘路線に走るつもりだったのですが、なんかどうも変な方向に・・・。
エアリスって本当は調子が悪いときとかしかクラウドに甘えない子だと思うんですね。
クラウド押されっぱなしでしょうか?でもそれがクラエアのいいところ!姉さん女房上等!
とても不出来な小説なのですが、もらっていただければ嬉しいです。リクエストありがとうございました。
そしてご希望に添えなくてごめんなさい(>△<;)A