【救ってくれたのは、君の歌】

救ってくれたのは、君の歌





金色のツンツン頭が、風に揺れる。
その蒼い瞳は冷たく輝き目の前の人物を捉えた。


「もう、終りだ…」

「嫌…!!」

「苦しまない様に、殺してやるよ…」

「嫌ーーーッ!!」


裏切りは、万死に値する――

それがこの国のルール。













5年前―――



俳優になりたいあまりに、故郷を裸一貫で飛び出した少年、クラウド・ストライフ。

彼は今まさに絶対絶命の窮地に陥っていた。


「……」


もはや声など出ない。助けを呼ぼうにも、動く力さえなかった。

この狭い四畳半の一室で、彼はうつ伏せに倒れ傍らには財布が転がっている。

中身は…たったの3ギル。


突如、巨大な音が部屋に響き渡った。


「あぁ…」


うめき声を上げるクラウド。


「腹が…減った…」


やっと絞りだした一声。
そう、クラウドは今猛烈な空腹と 戦っていたのだ。
先程の音の正体は、クラウドの腹の虫が鳴いた音。

今月もまだ始まったばかりだと言うのに、財布の中身は既に3ギルしかなく、冷蔵庫は空に近い。

俳優養成スクールの学費に、家賃と光熱費、それから電話料金…。
バイトを幾つも掛け持ちしているにも関わらず、残るお金は僅かしかなくて、結果として毎月クラウドは空腹に悩まされていた。


「カロリー…メイト…」


もしもの時の為に残しておいた栄養食品を 取り出す。
流石に今回ばかりは危ない様だ。
ゆっくりと咀嚼し、呑み込む。


「…ふぅ。死ぬかと思った」


多少胃が膨れたのか、のそりと起き上がり 空箱をゴミ箱へ投げ捨てた。

時計を見ると、既に午後6時。
バイトに行く時間だ。


「バイトか…。今日はカフェだな」


クラウドは立ち上がり財布――3ギルしか入ってないが――と携帯電話をポケットにしまい、部屋を出る。
そのまま階段を降りてカフェ『リユニオン』へと向かった。



カフェ『リユニオン』。
知る人ぞ知る名店である。味はもちろん、店の雰囲気も良くてタレントも通う程の店だ。

しかし…店長が非常に寡黙で無愛想なために、客が少ないというのが悩みの種。


「おはようございます」


クラウドが奥の休憩室に入る。そこにはバイト仲間のレノが休憩中なのか、雑誌を読み更けっていた。


「うーす」


片手を挙げるだけの、適当な挨拶を返すレノ。
大して気にも留めずにクラウドはさっさと制服に着替えて、レノの向かいに座った。


「何読んでるんだ?」

あまりに真剣に読んでいるレノを見て、少なからず興味がわいてしまう。


「んー歌姫のデータだぞ、と。」


歌姫――弱冠十八歳という若さで、最高峰のグラミー賞を始め様々な賞を総舐めにした、今世紀始まって以来の歌声の持ち主、エアリス・ゲインズブールの事 だ。



その歌声は国境を越えて、今や世界に広まりつつある。知らない者がいない程の有名人だ。

と同時に、店の常連でもある。


「エアリスのデータ?」

「この雑誌にインタビューが載ってるんだぞ、と」

「へぇ」


覗き込んでみると、二ページに渡ってインタビューの記事と、エアリスの写真が掲載されていた。

とても同じ十九歳には見えない程綺麗で、大人びている様でどことなく幼さも伺える。
艶やかな栗色の髪を腰辺りまで長く伸ばし、白い肌は透き通る様に美しい。
整った顔立ちに碧色の瞳。

『完璧』と言う言葉が良く似合う。

その完璧な容姿を持ったエアリスが穏やかに微笑み、インタビューに答えているらしい写真だった。


「実物のが可愛いけどな、と」


ニヤつきながらレノが言う。
しかしクラウドは、さも興味なさそうに立ち上がった。


「レノはベタ惚れだな」


そう言って休憩室を出た。

カウンターでは店長が珈琲を沸かしている。


「おはようございます、店長」

「…あぁ」


銀の髪を無造作に後ろで束ね、切長で色の濃い碧眼は常に誰かを威嚇しているかの如く目つきが鋭い。


「相変わらず、暇ですね…」

「あぁ」


半分以上はきっと店長のせいだ…と思いながらクラウドは店内のテーブルを拭いて回った。




それから一時間程して、ドアが開く。
カランカランと乾いた鐘の音と共に入って来たのは、モデルのユフィ・キサラギ。


「いらっしゃいませ」

「おっクラウド!」


元気良く手をあげ、幼い顔で笑顔を作る。


「いつものやつ!」


数少ない常連の一人であるユフィは、いつもの席に座りモデルばり――モデルなのだが――の長い足を高く組んで携帯電話をいじり出した。




唐揚げ定食とココアをトレイに乗せ、ユフィのテーブルへ向かう。相変わらず携帯電話をいじっていたユフィは、唐揚げ定食を見て目を輝かせた。

いつものやつ、とは唐揚げ定食とココアの事なのだ。


「来た来た〜!」

「お待たせ」

「おぅ、待ったぞ!」


唐揚げを一つ、口に放り込む。


途端に幸せそうに顔を綻ばせた。


「美味〜い!幸せ〜」


ユフィは唐揚げが大好物らしく、毎日のように通っては毎回頼んでいるのだ。

もごもごと咀嚼しつつ、箸をクラウドへ向ける。


「エアリス、大人気だよなぁ…。クラウドもアレか!熱狂的ファンの一人か!?」


唐突に言った。
否、いつも唐突に言って来るのがユフィなのだが。

美味しそうに食べているユフィを――唐揚げを見つめながらクラウドは首を振る。


「熱狂的ファンはレノだ。俺は別にファンでも何でもない。只の知り合いだ。」


その唐揚げが欲しい――などと頭で考えつつ、答えた。

実際、クラウドはエアリスの事を何とも思っていないのだ。
むしろ、苦手というのが本音で。
嫌いな訳ではない。
ただ、いつも自分に世話を焼いてくる事が、クラウドにとって理解不能な範囲に及んでいるのだ。


今までは割と何でも自分一人でこなして来た。
他人に頼るのがあまり好きじゃないクラウドは、エアリスのお節介が理解不能だった。
赤の他人に何故ここまでするのか。
それが不思議でならないのだ。


「ふぅん。レノがねぇ…。」


ユフィは休憩の終わったレノをちらりと見る。
そして、何故か勝ち誇ったかの様に笑った。


「ふふん、レノには。エアリスは勿体ない!」

「はぁ…」


一昔前の親父よろしく、娘は渡さんとでも言いた気にテーブルを叩く。

ユフィとエアリスは昔からの親友でとても仲が良い。
特にユフィはエアリスを溺愛していると言っても過言ではない程だ。
エアリスの一つ年下のくせに親父気取りは止めて頂きたいものだ。



その時、新たな客の来店を告げる鐘が鳴った。

レノが反応して営業スマイル。


「いらっしゃいだぞっ…と…!?う、歌姫!」


入って来たのは、レノが熱狂的ファンの歌姫エアリスだ。

死にそうな鯉の様に口をパクパクさせ、さりげに店長のエプロンを掴んでいた。


「こんばんは」


優しく微笑み挨拶を交す。
しかし、クラウドを見つけて更に笑顔になった。
レノを無視をしてクラウドに駆け寄り、エアリスお得意の首を傾げる仕草をする。


「クラウド、こんばんは」

「いらっしゃい」


カウンターのレノをちら見すると、悔しそうに自分を睨みつけていた。
そんなレノを無視しつつ、ユフィの向かいの椅子を引きエアリスを座らせる。


「御注文は?」

「えっと、ミルクティーと、…カルボナーラ!!」


メニューをパラパラめくりながらカルボナーラの文字を指差した。


「了解」


注文を取り、カウンターへと足を向けた。
背後ではユフィが嬉しそうに騒いでいる。



「店長、カルボナーラとミルクティーです」


時折上がる笑い声を聞きながら、クラウドはミルクティーを作る。
そこへエアリスがニコニコしながらやって来た。
この笑顔は何か企んでいる顔だ――とクラウドはカウンター越しに一歩後退る。


「クラウド」

「…何だ」

「晩御飯、食べてないでしょ?」


確信めいた喋りでエアリスが身を乗り出した。


「それが?」

「あのね、作ってあげる」

「は!?」


驚きに声を上げたのはレノだった。こっそり会話を盗み聞きしていたらしい。
拳を握り締め、わなわな震えている。


「な、な、な…!!」


今にも飛びかかりそうな勢いで、レノがクラウドに詰め寄った。


「お前…付き合ってんのか」


小声でレノが囁く。


「な訳ないだろ」

「じゃあ今の会話はなんなんだぞ、と」

「知らない」



クラウドはレノを引き剥がし、ミルクの入ったカップに紅茶を注いだ。
同時に店長がカルボナーラを差し出す。
二つをトレイに乗せ、エアリスが座っていた席へ運ぶ。

追っかけて来たエアリス。


「ね、作ってあげる」

「遠慮しとく」

「なんで?」


テーブルにそれらを置き、溜め息混じりにエアリスを見た。


「あのな、あんたは世界の歌姫なんだぞ。そんな事して週刊誌にでも撮られてみろ。」

「大変、だね?」


まるで人事の様にエアリスはクスクス笑った。


「俺はそんなの後免だ」

「でも、そしたら俳優、なれるかも」

「バカ言うな。そんなんでなれても嬉しくない」


クラウドが貧しい事を知っているが故に、エアリスは何かと世話を妬きたがる。
それだけではなく、見るからに好意を寄せている。

どんなにクラウドが冷たくあしらっても、笑顔を崩す事なく近寄ってくる。

はたから見れば、クラウド好き好きオーラ丸出しなのだが、全くそれに気付かないクラウド。



ニヤニヤしながらその様子を見つめるユフィに、あまりにもショックで泣き出しそうなレノ。

その間でじゃれ合う――否、クラウドにじゃれつくエアリス。


カフェではいつもの光景が繰り広げられていた。










数日後――

クラウドはこの上無いほどに落ち込んでいた。

スクールで、クラウドの演技は気持ちが無いと言われたのだ。


「はぁ…」


たかが『好き』と言うだけの演技。

スクールの中でも容姿も演技力もトップに位置するクラウドなのだが、それだけは最下位だった。


「クソ…ッ」


殆ど自暴自棄になりかけている。
これまでも、何度もあった事だ。
何度もあったが故自分が許せなかった。
何度やっても分からないものは分からない。


「どうしろってんだ…」


かなり虫の居所が悪いクラウド。



街をあてもなく歩く。

至る所で見かけるエアリスの看板を、見上げた。


「あんたは…いいよな。」


ぽつりと呟く。
その看板は何かのイメージガールか、傍らには文字が書かれていた。


『いつでも、貴方の側に…』


そう書かれていた。

おまけにどこからか、エアリスの曲まで流れてくる。


『諦めるのはまだ早い――』


『その場所に辿り着けるまで――』


『走り続けよう――』


『貴方と――』


優しい曲調に、エアリスの澄んだ声が歌声を乗せる。
それだけで癒される人間が星の様にいるだろうが――


「歌でまで俺のお節介か」


クラウドは舌打ちしつつその場を離れた。

もう帰って寝よう――そう思いながら、歩く。
少し歩いた所に古びた教会を発見したクラウドは、フラフラと中へ入った。


「こんな所に教会があったのか」


重々しい音と共に、ドアを開ける。


「誰?」


ステンドグラスが七色の光を床へ写し、その中心に誰か立っていた。





一瞬女神かと思うほどの美しさに、クラウドは少しだけ入るのを躊躇ってしまう。

栗色の、少しウェーブがかった髪。
細い肢体はピンクのワンピースを纏い、露になった肩は驚くほどに白い。


「クラウド!」

「エアリスか…」


今会いたくない人物――エアリスだった。


「どうしたの、偶然だね?」

「あぁ…」


確かに偶然だ。
有名人がこんな所にいるのだから。

何かに気付いたエアリスは後ろで手を組み、心配する様に顔を覗き込む。


「どうしたの?元気、ないね?」

「…別に」


そっけなく答えるクラウド。


「そっか。」


その明るい表情を見て苛立ちを覚えたクラウドは視線をステンドグラスに向けた。


「あんたは苦労してなさそうでいいよな」

「え…」

「歌さえ歌ってりゃ売れるんだから」


しまった、と言ってしまってから気付くクラウドがエアリスを見下ろすと、困ったように笑っていた。


「そう思う?」

「違うのか」

「そうだね、ちょっと、違う」


くるりとクラウドに背を向け、ステンドグラスを見上げる。


「みんな、私のこと神様みたいに、見るの。…普通の、女の子なのにね?」

「…」

「だから、たまに逃げたくなるの」


フフと笑い再びクラウドに向き直ったエアリスはクラウドの手を取り、両手で包み込んだ。


「でも、ね?クラウドを、いつも頑張ってるクラウド、見てると、頑張らなくちゃ…って思うの」

「俺…?」

「うん。沢山バイトして、俳優になるのを諦めずに。毎日一生懸命生きてるから、私も頑張れる」


だからいつもお節介ばかりするのか。
そんな事を思いながら、いつの間にか苛立ちが消えているのに気付く。


「それに、クラウドは私を、普通の女の子みたいに接してくれるから」

「エアリス…」

「いつの間にか、好きになってた」


頬を染め、照れ笑いするエアリス。


『好き』


その言葉を聞いた途端に心の奥の方がじんわり暖かくなるのが分かったクラウドは、気付くとエアリスを抱き締めていた。


「クラウド…?」


急な出来事にあたふたするエアリスを見て、微かに微笑む。


「救われてたのは…俺の方だったんだな」

「…?」

「あんたが、いつもお節介をしてくるのをウザイと思いながら…心のどこかで嬉しく思ってた」


澄んだ碧眼を見つめ、今度ははっきり笑う。


「いつも諦めて逃げ出しそうだった俺をエアリスの笑顔と歌が、救ってくれた」


ありがとう、とエアリスを更に強く抱き締めた。
それに応えるようにクラウドの背に腕を回す。


「俺も…好きだ」

「クラウド…」




今なら分かる。
何故スクールで言えなかったのか。


「俺、頑張るから。頑張って俳優になるよ」

「大スター、だね」

「あぁ。エアリスと同じ場所に行けるまで、諦めない」

「うん、待ってる」













救ってくれたのは、君の歌―――














五年後――



俳優になったクラウドは、トップの道を歩いていた。
今撮影している映画は、ヤクザの世界に生きる男の生きざまを描いた映画。

その主題歌は、彼の恋人が歌う曲だ。


その恋人は妊娠五ヵ月だとか―――














end







果凛さん素敵な小説をありがとうございました!
最後の妊娠ネタがもうわたくし大好物でして、あらぬところまで妄想が広がっていくのです!
生まれる赤ちゃんの未来は歌える俳優(女優)?
なんだか読んでいるだけで優しい気持ちになれる素晴らしい小説だと思います。
果凛さん、大好き(告白Σ(゜o゜)!!)です、これからもよろしくお願いしますね!