いつかまた会う日に



19××年アメリカ


クラウドとエアリスはけっして裕福とは言えなかったが、それでも、一生懸命働い て買った小さな家で、幸せに暮らしていた。

二人は先週入籍したばっかりの新婚夫婦で、周りが羨むぐらい仲睦まじかった。
旦那の方はそれと分かるほどの愛妻ぶりで、買い物をしに行く彼女の隣にはいつも 荷物持ちをさせられている彼の姿があった。

でも、喧嘩だってするときも有る。つい最近・・・三日ほど前、犬を飼うか猫を飼 うかで激しく言い争った。

結局旦那のほうが先に折れて、犬を飼う事になったのだが・・・・・・。

でも、二人並んでペットショップに足を運ぶ姿は見受けられなかった。

それどころでは無くなったのだ。時は第二次世界大戦の真っ只中。とうとうクラウ ドも戦争に行かなければならなくなったのである。


「じゃあ、行ってくるよ」

男が真新しい軍服を着て、複雑な表情で愛する妻の顔を見つめた。

妻は終止黙って、自分の夫が戦地に向かう手はずを整えているのを、唯呆然と見 守っていた。が、遂に耐え切れなくなったのかその宝石のような碧の瞳から堪え切れない涙が溢れ出してきた。

「・・・・・・ゃ・・・ダぁ・・・」

男はそんな妻をあやすかのようにそっと頬を撫でた。

「大丈夫だよ。俺、士官学校は一番の成績で卒業したんだ。銃器の扱いなら誰にも 負けない」

「でもォ・・・・・・!」

妻は尚もすがり付くかのように夫の軍服の袖をぎゅっと掴んだ。
彼の階級を示す、一般兵とは少しデザインの異なる軍服。まだ一回しか袖を通した ことが無いために、まだ生地は硬かった。

まだ23の若さで中尉という地位に登りつめた、実質『エリート』な彼。

でもそんなこと、ちっとも嬉しくなんか無かった。少しの誇らしささえも感じな かった。逆に嫌気が差す。例え自国を、愛する者たちを守りに行くのだと分かっていても、胸の奥に有る蟠りは完全には溶けない。

「気を付けて・・・・・・。無事に帰ってきて・・・・・・」

まるで哀願するかのように妻は夫の胸に顔を埋めて呟いた。その抱き締めれば壊れ そうな肩をしっかりと抱いて男は頷いた。

今一度、彼女の芳しい、咲き誇る大輪を思わせる、甘やかな体臭を肺一杯に吸い込 んだ。何処にいても、何をしていても、命有る限り彼女を思い出せるように。

その赤い唇にそっと口付け男は慰めるように妻に笑いかけた。
「行ってくるよ」その一言を残し、男は人事局行きのバスに乗り込む。遠ざかって いくその姿を妻は何度も何度もその名を呼びながら、悲痛な面持ちで見送った。







男はバスの中で一人溜息を漏らした。それは先程妻を慰めた彼とは思えないほど、 力の無い、なんとも情けない表情だった。

バッグの中から一枚の紙切れを取り出す。決していい紙を使っているとは思えな い、自分たち兵士の命運を密かに握っている薄汚れたちっぽけな紙だった。

それには兵士の名前と、人事局の番号、そして向かう戦地名が書かれてあった。愛 する妻には最後まで隠し通してきた、向かう先の戦地。

それを知ったら彼女は卒倒するに違いない。すごく心配性な彼女だから。だから言 わなかった。例えどれだけ辛くとも、自分一人の胸に秘めてきた。まさか前線に向かうだなんて――――――

男はその紙切れをぎゅっと握りつぶした。胸のうちに差す、嫌な予感を振り切るた めに。


そうだ、自分は帰ってくる。妻の・・・エアリスのもとに。
そうしたら、二人で一緒に犬を買いに行こう。可愛い可愛いミニチュアダックスフ ンドとか言うあの犬でも買いに行こう。

ペットショップでどの犬が良いか二人で話すのも良いかもしれない。また、喧嘩に なるかもしれないけれど。

で、名前も決める。自分的には「チョコボ」とかがいいと思っている。自分が子供 の頃、人気を博した黄色の鳥みたいなキャラクター。あれだったら、事有る毎に口論になる彼女でも賛成するに違いない。

それに、エアリスは早く子供が欲しいって言っていた。
その件に関しては・・・・・・まあ、問題ないだろう。自分さえ帰ってくれば問題 ない。OKだ。いつでもどうぞ。


バスが人事局の前で止まった。
何でも自分は今回の作戦とやらの指揮官の補佐をするらしい。

遅れる事無く司令室に挨拶に行かなくては。しょっぱなから遅刻なんて格好悪いか らな。



「こちらです」と受付の女性が司令室の前で言った。ドアをノックして用件を言う と、中から入室許可の声が聞こえた。

入る前に軍服のしわを速攻で直す。腹にやたらと力を入れた格式ばった声色で言 う。

「××部隊所属、クラウド・ストライフ中尉、本部からの要請によ り・・・・・・」










19×○年 アメリカ □○×洲

こじんまりとした閑静な住宅街の一つに、まさにおとぎ話の様な花が咲き乱れる美 しい家があった。

その家を管理しているのはエアリス・ストライフというまだ20歳のどこか、あど けなさの残る顔をした女性だった。

夫が戦地に赴いてから、早くも5ヶ月がたつ。最初のほうこそ心配で堪らなかった けれど、さもすれば週一で届けられる手紙が合えない寂しさも、不安も和らげてくれた。少なくとも彼は今のところは無事にやっているらしい。
手紙の内容は、どこどこ地点を奪還した、とか強襲作戦成功だ、とかいうつまらな い物ではなくて、あくまでエアリスのことを思っていてくれる、愛情溢れたものだった。

最後にはいつも「愛している」と書き添えられていて、それだけでエアリスはクラ ウドが傍に居てくれるような安心感を覚えることができるのだ。

でも、ここ二、三週間手紙が届いていない。でも、毎週毎週手紙を書いてくれると いうことは、ほんの僅かな時間を手紙に当ててくれているからであって、いつもそんな時間が取れる訳ではないことをエアリスは承知していた。

だから、きっと・・・そう、唯忙しいだけなのだろう。

今の彼女には愛する人がいなくなっただなんて、そんなこと考えられる訳が無かっ た。


その頃、明らかに軍のものと分かる無骨なトラックが一台、その閑静な住宅街の細 い道を悪戦苦闘しながら走っていた。

めったに訪れることの無い場違いなトラックに周りの人たちは、やれ何があったの かと、興味本意で集まってくる。その先に一人の女性の悲劇を見るとは思う事無く。

そのトラックは窓際に座っていたエアリスからも見ることができた。近所の人たち が群がってくるのを見て何があったのだろうかと、自分も外に出てみる。

そのトラックは吸い込まれるように、エアリスの目の前で止まった。

「あら、何か・・・・・・?」

「エアリス・ストライフさんですね?」

トラックの中から出てきた男は非常に気まずそうな顔をしていた。エアリスの顔を まともに見るのも嫌だとでも言いたげに、微妙に下を向いて話している。

「そうですけれども・・・・・・」

「あなたの旦那様が亡くなられました。これは詳細が書かれた手紙です。何か質問 等があれば、電話を・・・・・・・。では・・・・・・」

それだけ、男は一息に話すと、まるで逃げるかのようにトラックに乗って行ってし まった。

エアリスには何が起きているのか分からなかった。

唯、呆然と震える指で手紙の入った封筒を開けることしか出来なかった。

周りからの同情の眼差しが自分に向けられていることにも気付きもしなかった。

かさり、と乾いた擦れる音がする。
エアリスはそれを冒頭からゆっくりとした、速度で読み始めた。

何が起こっているの?

クラウドは・・・・・・?

クラウドは・・・私のクラウドはどこにいるの・・・・・・?


はた、と一つの単語がほかの文字から浮き出ているかのような錯覚を覚えた。エア リスは引き込まれるようにその文字を読んだ。

「し・・・ぼ・・・・・・・う・・・・?」

頭の中に「死亡」の二文字が焼き付けられ、激しく点滅しだす。

クラウドが・・・死んだ・・・・・・?

後はもう、上層部からの決まりきったねぎらいの言葉も目には入らなかった。

祖国を守って死んだなんて、そんなこと何も関係なかった。

クラウドが、死んだ。死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死ん だ、死んだ、死んだ、死んだ。死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ


死んだ


死んだ・・・・・・・・・・・・????




泣くこともできなかった。

視界が真っ暗になって後は、もう、何が起こったか分からなかった。





次に目覚めたのはベッドの上。

自分が生きているのか、死んでいるのか、それさえも今の彼女には分からなかっ た・・・・・・。







19○△年 アメリカ

「ままァーーー!お兄ちゃんがーーーー!!」

下の部屋から、泣き叫ぶ我が子の声がした。一枚の写真を見て、何とも言えないい たたまれない表情をしていた母親がその声にはっとなる。

陶磁器のような美しい顔立ちを持つまだ20代のその母親は、ふう、と溜息を付 き、それまで見ていた写真を隠すかのように本の中にしまった。

「どうしたの、レイ?」

「おにいちゃんがイチゴ食べちゃったァーーーーー!!」

「なんだよ、お前だってさっき食べてただろうが!」

「こらこら、止めなさい。いい加減にしないと怒りますよ?」

「・・・・・・は〜い」

母親が優しくたしなめると、子供たちは素直に従う。

「まま、ご飯はまだ?」

「もうちょっとだけ待ってね。お父さんが帰ってきたら食べましょう」

我ながらかなり聞き分けの良い子供たちは不満一つ漏らすことなく、自分たちの部 屋へと戻っていく。

その後を追うように、母親も先程の自分の部屋へと戻った。

再び、本の間から一枚の写真を取り出す。
そこに写っているのは、自分と・・・・・・そして金髪のハンサムな男性。彼が戦 地へ行ってしまう前に取った最後の写真だった。

その写真を悲しげな表情で見やると、何故かいつも彼が写真の中から「泣かない で」と言ってくれているような気がしてくる。


―――まだ、彼の思い出にすがっていた。
彼を忘れられない。愛している。

そのことを否定しようにも、そうすればするほど、彼は心の中に焼きついて、離れ ない。

そう思うたびに、何か家族に手酷い裏切りを働いているようで、彼女の心は酷く痛 む。

あれから、自分の心はばらばらに砕けてしまった。彼と、一緒に消えてしまった。

どこを探してももう、見つからない。一度無くしてしまったものはもう、取り戻せ ない。

結婚したばかりだった。入籍してから一週間しか経っていなかった。なのに彼は自 分を置いて一人逝ってしまった。

幸せな明日を夢見ていた。その夢も一緒に持っていってしまった。

「ねえ、クラウド」

まるでそこに彼が居るかのように写真に語りかける。

「わたしね、まだあなたがどこかで生きているような気がしてくるの」

その瞳はどこか、遠くを見ているようで。

「あなたは笑うかな。あなたが迎えに来てくれてね、二人だけのあの家へ私を連れ 去ってくれるの。私はもう、帰ることも出来ないから、夫にも子供にも会えないのを涙して、あなたと二人だけで暮らすの」

ふふっ、と儚げに笑う。

「酷いわよね。罪は全部あなたに被せて、私は楽してあなたの元で暮らそうってい う魂胆。そうしたらいつまでも一緒に居られるでしょう・・・?」

すがるように、写真に食いつくように、幸せそうに笑う自分たちの顔を眺める。

あの時、はっきり言って彼が死んだなんて信じられなかった。

戦後、彼と一緒の部隊にいた人たちを訪ねて夫の事を聞いた。
でも、全員答えは一緒だった。

『分からないんだ』

「ちょっと向こうの様子を見てくるよ」そう言ったきり、帰ってこなかったらし い。遺体は見つからず、結局戦死と判断された・・・・・・・それを聞いたとき、彼女の心は少し浮かばれた。

生きているかもしれない。帰ってきてくれるかもしれない。

そう思った。

でも、彼は帰ってこなかった。

一年、二年、三年・・・待ち続けても・・・・・・。

そしてとうとう四年目に彼女は会社の同僚と再婚した。

再婚した相手は、とても自分に優しくしてくれた。それはとても幸せだった。私は 彼を愛している。それに可愛い子供も二人生まれた。

でも・・・でも・・・・・・・。


「なんで、帰ってきてくれなかったの・・・・・・ォ・・・・・・!!」


ねえ、お願いだから、自分をここから連れ出して?夫を愛しきれない自分を、「悪 い子だ」といつものように嗜めて・・・・・・
どうか・・・・・・どうか・・・・・・・。



帰ってきてください――――――――――



宝石のような瞳からこらえきれない涙が溢れ出した。







電話が鳴った。

「あ、エアリスか?悪いんだけど、今日は仕事で遅くなることになった!今日は 飯、外で食ってくるよ」

「ああ、そう?分かったわ」

今日は夫は残業で帰りが遅くなるらしい。現夫は外資系の会社に勤めていて、その せいで帰りが遅くなることもしばしばだった。もう、慣れっこなのだが、一つ不満を言うとすればそれは夕食が一人分無駄になることだろう。

「二人とも、ご飯にしますよー」

二階から「はーい」という元気のいい声が聞こえてきて、子供たちが待っていまし たとばかりにリビングに駆け込んでくる。

やがて聞こえ始める楽しそうな笑い声。食器の触れ合うかちゃかちゃとした音。

「ままー、おかわり!」

「はいはい」

そんな何処にでも有るあたりまえの風景。

でも、いつも彼女の心には冷たい影が宿していて―――。





「―――あら、誰かしら?」

おかわりを注ごうと席を立ったとき、チャイムが鳴った。

「はいはい、今出ますよー」

急ぎ足で玄関まで行く。

こんな時間に誰だろう・・・・・・?
夫が帰ってくるのはまだまだ先だし、郵便とかが来る時間でもない。

「はーい、どちらさまですか・・・・・・・・・」

ドアを開けたとき彼女は一瞬、自分が夢でも見ているのではないかと思った。

でもそれも無理は無い。

居るはずもない人物がそこに居たのだから・・・・・・。






―――風にさらさらの金髪がなびいていた。

その隙間から見える瞳は不思議な輝きをもつ青。

すっとした鼻。凛々しい眉。きゅっとした唇。


全部全部彼のもの・・・・・・。




間違いない、彼だ――――――――――


「クラウ・・・・・・ド・・・・・・?」

声が意識せずして震えた。

彼がふっと微笑む。

フラッシュバック。いつもの通り会社から帰ってきた彼が真っ先に言う言葉。

「ただいま、エアリス」

いつもの通り、さも当然のように言った―――――。

「クラウド・・・・・・?・・・・・・クラウドぉ・・・・・・!」

彼に飛びついた。忘れかけていた温もりを確かめた。


彼だ、彼だ、帰って来てくれた!私の元に・・・・・・!!

ああ、もう辛い思いをすることは無い。私は彼と一緒に―――

クラウドがエアリスの頭を優しく撫でる。懐かしいあの声で囁く。

「エアリス・・・・・・ひさしぶりだな・・・・・・」

「もう・・・・・・!何処に行ってたのよ・・・・・・!!心配したんだか ら・・・・・・」

厚い胸板に顔を埋めて泣きじゃくる。


もう離れ離れにならなくてもいい!夢でしか会えなかった彼に触れることが出来 る!なんて素晴らしいんだろう!!

エアリスはねだるように顔を上げた。

いつもしていた通り、彼の唇がそっと降りてくる。

触れ合うか触れ合わないかの直前――――――





「ままぁ・・・・・・?」



二人ははっとしてお互いを突っぱねるように身を離した。

エアリスはその当然とも言える事実に愕然とする。

自分には子供がいたのだ・・・・・・!

それなのに何と言うことをしようとしたのだ!?

「まま、その人、だれぇ・・・・・・?」

子供が無邪気に問うてくる。しかしそれはエアリスの心を深く抉る。

何て言えばいいのだろう?彼は私の・・・・・・・。

「僕は君のお母さんのお兄さんだよ」

迷っているエアリスに変わってクラウドが答えた。

エアリスはクラウドを向き直る。

「へぇ・・・・・・」

「あ・・・・・・、レイ、先行ってお兄ちゃんとご飯食べてて。私は『叔父ちゃ ん』とお話があるから・・・・・・」

「はぁい」

子供がリビングへ行ったのを確認すると二人は再び向き直った。

「あ・・・・・・、さっきはごめんなさい」

自分の軽薄な行動をエアリスは恥じた。
それはクラウドにも言える事で。

「ああ、俺も悪かった。結婚して、子供がいるなんて知っていたの に・・・・・・」

その言葉にエアリスは弾かれたようにクラウドを覗き込んだ。

「知ってたの・・・・・・?じゃあ、なんで会いに・・・・・・」

それは苦痛を二人に与えるだけだというのに・・・・・・。

「でも、どうしても君に、もう一度会いたかったんだ」

クラウドははにかんだ様に笑った。

その表情がエアリスの胸を激しく焦がす。

彼の胸にもう一度飛び込みたい。

情熱的なキスをもう一度したい・・・・・・。

でも、それは決して許されえぬこと・・・・・・。

「馬鹿・・・・・」

エアリスは寂しげに微笑んだ。

「可愛いね、子供たち。君にそっくりだ」

寂しさはクラウドの顔にも溢れて。

どこか悲しげで――――――

「私の子供のだもの」

ごまかすようにエアリスは笑った。

「そうだね。君は昔から綺麗だった」

「もう綺麗じゃないって?」

「まさか、前よりもっと綺麗になったよ」

そうしてふうっと息をつくと、エアリスから視線を外して、どこか遠くを力なく見 つめる。

言いたいことは山ほどあるのに、言葉が繋がらない。

昔話だって腐るほどしたいのに、切なさが邪魔をする。


君はもう、僕の物じゃないから・・・・・・。



「ねえ、クラウド。今日はね、夫が残業で遅くなるの。少し中で話していかな い?」

躊躇いがちにエアリスが誘った。無理も無いだろう、自分はもう結婚しているの に、他の男を我が家へ迎え入れるのだ。
抵抗が無いわけがない。

でも、その瞳はせがむ様にクラウドを捕らえて離さなかった。

「いいのか?他の男を家に上げて」

「いいわよ。だって浮気はしないわ」

そりゃそうだよ、とクラウドが笑ったが、当然ともいえるその言葉が果てしない断 絶のように思えた。

胸が痛い。ちくちくする。


「ねえ、何で生きていたの・・・・・・?」

子供たちにはさっさと夕食をとらせて二階へ行かせた。どんな話でも、もう気がか りなく話せる。

でも、第一声がこれか、とクラウドは苦笑した。

「怪我してね。民家の人に拾ってもらったんだ。不思議な話だよな。敵兵を助けた ばかりか、手当てして、かくまってくれたんだぜ?」

そう言って今生きていることを実感するかのように手の平を握ったり開いたりす る。

「戦争に行って死んだ子供が俺と同じぐらいの年齢でさ、どうにも殺せなかったん だって。本当に良くしてくれたんだ」

「私、その人に感謝しなくちゃ」

「そうだね。でも、俺は正直あの時死んだほうが良かったんじゃないかなって、思 うんだ」

この人は一体何を言うのだろうとエアリスは顔をしかめた。

「帰国したときは、奇跡の生還を果たしたヒーローみたいな扱いだったよ。何にも していないのに、勳二等もらったしさ。でも、君の居場所が分からなかったんだ。前住んでいた所は空爆でなくなっちゃったし、知り合いもいなく て・・・・・・」

精悍なその顔にふと疲れの色が見えた。

「やっと探し出したら、君はもう結婚していたんだ」




ああ、この人はとエアリスは思った。

なんて辛い思いをしてきたのだろう。自分が結婚して子供がいるだなんて知ったと き、どれだけ苦しんだことだろう。

それがもし、私だったら、泣いて怒って、裏切り者、と罵声を張り上げていたかも しれない。

でも、この人は穏やかに笑うのだ。

悲しみを押し隠して。




「辛いね、私たち。幸せだったときが懐かしい。一度離れ離れになったばかりに、 時の流れに流されて、もう取り返しの付かない所まで行き着いてしまった・・・・・・」

「そうだね。君は君の新しい人生がもう始まっているんだ。僕も、これからの道を 決めなくてはいけない」

エアリスはクラウドに微笑みかけた。

「あなただったら、できるわ。だって、私のためにいつも頑張ってきてくれたんだ もの。今回だって約束を果たしてくれた・・・・・・」

「そうだね。じゃあ、言おう。僕にもね最近、仲のいい子が出来たんだ。とっても いい子でね、この前告白してくれたんだけれど、その時は返事が出来なかったんだ」

「なんて名前?」

「ティファっていうんだ。可愛くて、優しい、気立てのいい子だよ。料理も上手い んだ」

クラウドは照れたように笑って頭をかいた。

幸せの片鱗を見せる彼をエアリスは心から愛しいと思った。
それと同時に、どうか今度こそ幸せになって、と願う。

もう悲しまないで欲しかった。

「さっそくOKの返事をするつもりだ。僕は幸せになるよ。君もどうか幸せ に・・・・・・」

ありがとう、とエアリスは微笑んだ。

クラウドが席を立つ。

酷く名残惜しい気持ちだった。

心のどこかで、自分たちはもう二度と会えないのだと、気づいていたからかもしれ ない。

ドアノブに手を掛けたクラウドがエアリスを今一度、深い慈愛のこもった瞳で見つ めた。

永久に変わらない愛をその心に秘めて、そっと微笑みかける。







「今度会うときは、戦争の無い平和のところで会えるといいね」

万感の思いを込めたその言葉がエアリスを優しく包む。



「そうしたら、また一緒に手をつないで買い物に行こう」



「また、一生懸命働くから、服も沢山買えるよ」



「だから、また出会って恋をしよう?小さな家を買って一緒に住もう。そのとき に・・・・・・犬を飼うのもいいね」



エアリスは笑った。

「私、猫がいいわ・・・・・・」

二人で犬にするか猫にするか、けんかしたときのことを思い出した。

エアリスは犬がよくて、クラウドは猫がよくて―――――



ああ、なんて、幸せな思い出。




「そうだね、じゃあ猫にしよう」


落ち着いたら、子供が欲しいね、とクラウドが言った。


あの時は、エアリスが子供が欲しいとせがんだ。


なんて優しい思い出だろう。



「一ダース?」

そんなに多く産めないと、エアリスが笑った。


あの時は、三人ぐらい欲しいねって、微笑みあった。




今はもう、二度と叶わないから――――――。



「エアリス・・・・・」

「ん?」

「最後に抱き締めていいかな?」

クラウドがはにかんだ様に笑った。


いいよ、とエアリスは言う。



最後に、あのときの二人に戻って抱き合った。



二度と来ないこの日のために・・・・・・。


そしていつか会う、その日のために。





そうだ、私たちは一度引き裂かれただけ。



今度、いつか会えたら、そのときに全てやり直せばいい。



大丈夫。だって一度築き上げてきたことをやり直すだけだから――――――。





私たちは全てののりを超えて愛してゆける。

例え、そのせいで全てを無くしても、お互いを求める腕が無くなっても、その思い だけは変わらない―――――。









夫が帰ってきた。

いつもの様に笑って出迎える。

そしてこれからも続く、変わらない毎日。

















ありがとう、さようなら。







そして、これからもよろしく。
























私の愛したあなた―――――――――――












                                 Fin