白珠の巫女------STAGE3 露見

この世で一番の愛を

不安、そんな言葉では言い表せないほど苦しかった……。


気持ちは同じはずなのに、お互いはなれていき、そうして二度と心からの言葉を交わすいとまもなく別れが来た。

なぜあのとき俺は彼女を抱きとめることができなかったのだろうか。
そうすれば彼女は今この場所に、自分の隣にいて、微笑んでくれていただろうか。


思い出すのは悲しみにはち切れそうだった瞳だけで、花のように笑っていた彼女の記憶ははるか遠くに掻き消えた。


許してほしい、そう願ったところで肝心の彼女は居らず、俺はただ一人でここに残された。

もう一人、愛してくれた彼女は自ら去らせ、傷つけ傷つき、また違う人を傷つけた。

あの時、間違ってしまったのはなぜだろうか。

あんなに愛していたのに……。

彼女の微笑み以外何もいらないとさえ思っていたのに……。


エアリス、どれだけ後悔しようと、君はもういないんだ。









エアリスは気がかりなことがあった。

親友のティファ。
初めてできた友達。
おんなじ人を好きになってしまった。


それは結果に過ぎないとは言え、エアリスは今クラウドと付き合っていることを彼女に隠していることに、多少なりとも罪悪感を覚えていた。

ティファがどれだけクラウドのことを思っているか、それは親友の自分が一番よく知っている。

ときおり今にも泣き出しそうな瞳でクラウドを見つめていることや、クラウドだけに向ける、ときめく笑顔も知っている。


自分の中に嫉妬めいた感情が湧き上がっていることに気づき、エアリスはかぶりを振った。
そもそも嫉妬するほうが間違っている。

クラウドがティファに向ける信頼している表情や言動は、幼馴染の関係に起因している。

それを理解しているからこそ、エアリスの胸は苦しかった。


自分は知らないクラウド、ティファは誰よりクラウドのことを知っているかもしれない。

その考えは、ティファの頻繁化したある行動に比例して大きくなっていった。





ティファにとってもエアリスは親友である。

しかし、恋は別だ。

お互い疎ましく思っていないものの、どちらかがクラウドの傍にいると、ぎゅっと胸が苦しくなる。

クラウドがどちらかに微笑みかけていると、悲しくなって泣きそうになる。
悩みは大きくなり、心に巣食う。

たまに夜も眠れないほど苦しくなり、ティファは声を隠して涙を流す。

次の日には明るい格闘のエキスパートのティファでいなければいけないから。


その悩みを口に出すこともできず、ティファは苦しむばかりだった。

だが彼女にやっと話せる相手ができた。

まだ16歳の恋を知らないユフィ。
的確なアドバイスは求めていない。

だが気兼ねなく話せるのはユフィしかいなかった。


ティファは宿に泊まると、ユフィを連れて下に行く。
そこでしばらく恋の話をしているのだ。


ユフィはエアリスのクラウドに対する気持ちも知っているものの、相談される立場上、どんどんティファの恋を応援するようになっていた。


なにかとクラウドとティファを二人きりにしようとしたり、エアリスをクラウドから離そうとする。



二人はエアリスが彼女たちの毎夜の会話を知っているとは思っていないのだ。


エアリスはたまらなく寂しかった。






夕食の席、エアリスは正面に座っているユフィとティファのことが気になって、食事が上手く喉を通らなかった。
楽しそうに話をしている二人。自分は仲間はずれにされているわけではないのに、自ら距離を作っていた。
初めは女三人、仲が良かったのに。
なぜだろう、誰とでも上手くやってきた自分が。こんなにも二人に臆病になっている。二人の口からクラウドのことを聞くだけで、今にも逃げ出したくなる。

とくに辛いのはユフィがティファとクラウドの関係を「当然」のように言うことで、それを聞くとまるで自分がクラウドとティファの間に割り込んだようで、罪 悪感が増した。

おかしなことだ。悪く思うことなんてないのに。
恋愛は誰か一人しか幸せになれないのが世の常だというのに。

「エアリス、どうした?」

気落ちする自分に気づいてか、クラウドが食事を止めて顔を覗き込んできた。エアリスは取り繕った微笑を返す。
そのとき偶然にも自分を見つめるティファの顔を見てしまった。
傷ついたような、今にも泣きそうな顔。

エアリスの中で何かおかしな感情が湧き上がってきた。



―――なんでそんな顔するの?まるで自分だけが辛いみたいに。自分だけが、
そんな・・・・・・被害者みたいな風に。自分ばっかり・・・・・・。



「ううん、なんでもない!えへ、クラウドそれよりそれ一口頂戴!」

そう言って、クラウドのステーキをねだる。
クラウドはほっとしたのか何も言わずにステーキを一切れ皿の上に乗せてくれた。
だがそれでは満足できず、エアリスは普段の自分だったらしないような行動に出る。

「はい、じゃあこれお礼ね。取替えっこ!あーんして」

自分のフォークで鳥の蒸し焼きをひときれ刺し、クラウドの口元に運んでいった。
クラウドは皆の前でのさすがの行動にたじろいだが、他のメンバーが大して気にしていなかったので戸惑いながらそれを口にした。

「おいしい?」

「ん・・・・・・まあ」

「良かった!」

満面の笑みをクラウドに向けるが、心の中では妙に冷静だった。
ティファはきっともっと泣きそうな顔になっているだろう。

それでいい、そう確信しかけた途端、今度はユフィの顔が目に入った。

エアリスはその表情に一気に腹底が冷えた。

まるで、敵意を持っているかのように睨まれていた。








「エアリス」

「クラウド、どうしたの?」

クラウドは少し顔を伏せていたが、決心したように口を開いた。

「いや・・・その、なんか今日は様子がおかしかったから」

もごもご言っているクラウドのことがとても愛しくなる。
だがそれと共に冷やりとした水脈が心の中にできる。

クラウドが見てもやはりおかしかったか。
食事のときの自分は。
不思議なことに、あの時は一瞬でもティファに対して優越感を持ちたかった。
最低、だ。
そんなことして一体何になるというのか。
ティファは純粋にクラウドのことが好きで、それで心を痛めていただけなのに。

「なんでもない、ちょっとセトラのこと、考えてただけ。だから大丈夫!」

花のような微笑を向けられて、クラウドはほっと息を抜いた。

「ならいいんだ。あと、その・・・・・・」

さらにばつが悪そうにまごつくクラウドを、エアリスはじっと見つめた。

「えっと・・・疲れてなければでいいんだが・・・今日いいか?」

その意味を理解してエアリスはにっこり笑った。

「いいよ!じゃあクラウドの部屋、行こっか」

クラウドに愛してもらって、そうしたらその後、ティファに謝りに行こう。
許してくれると、いいけれど。







「ってか、はっきり言って、エアリスのあの行動は最悪だよ!」

おなじみの夜のお喋りタイム。
ティファとユフィは酒の入ったグラスを傾けながら夜のエアリスの行動について話をしていた。酒が入っているからか、ユフィはいつもより能弁になる。

「・・・でも、やっぱりクラウドもエアリスの事好きなのかな」

ティファは泣きそうになって目頭をそっと押さえる。
ユフィはそんなティファを励ました。

「だーかーらー、全然気にしなくたっていいって!それにわたし、クラウドもティファのこと好きだと思うぞ?」

ぼっとティファの頬に赤みが差す。

「そんなこと・・・・絶対、ないよ・・・」

消え入りそうなか細い声で呟くティファ。他人からの肯定に、少なからず勇気付けられる。

「エアリスには悪いけどさ、どう見たってクラウドはティファとお似合いだよ。なんて言うの?お互い支えあえる仲って言うかさ」

酒の効果か、いつもだったらティファも敬遠するようなユフィの言い方が、すんなり心に入ってきた。

「幼馴染なんだろ?エアリスとクラウドはまだ会って半年も経ってないんだぜ。ティファが考えすぎなんだよ」

「そう・・・かな・・・」

「そうだって!」

励ますとともに、ユフィはエアリスの先の行動へと思いを馳せなおす。

「つーか、なに?あのクラウドは私のものでーす、みたいな態度!勘違いしてるんじゃないの?」

ユフィは酔っていなかったら言わないことを、躊躇わず口にしていく。感情に脚色がかかり、感じたよりも酷く物事を捉え、発言するようになっていた。

「ん・・・・・・」

ティファはユフィよりも少し冷静になりながら、それでもユフィの言葉を聴いていた。

「とにかく、クラウドに告白してみろよ。思いは言わなきゃ伝わらないし、いい雰囲気になれば押し倒せばこっちのもんだって!」

さすがにティファは赤面する。

「押し倒すって・・・わたしそんなこと!」

「物の例えだって!そんぐらい積極的な気持ちじゃなかったら、あの超ポジティブなエアリスに盗られるぞ!」

それを聞いて、ティファの瞳が決意に燃えた。

トラレル、そんなのいやだ!

「よし、告白・・・してみよっかな」

「うし!いいぞ!」

ティファはややふっきれたようににっこり笑った。

「ありがと!ユフィ。これから台詞考えるね!」

ティファは駆け足で食堂を出て行った。

ユフィもグラスを空にした後、食堂を後にする。


だが二人は気づかなかった。

エアリスがそれを涙を溜めて聞いていたことを。








―――最悪

―――勘違い

―――お似合い


わたしは・・・クラウドと会って半年も経っていないから駄目なの?

ティファの思いに負けているの?

わたしがティファを不幸せにしているの?

クラウドに愛してもらったことは当にエアリスの中から失われていた。
部屋でエアリスは涙をぼろぼろ流していた。

自分がいけなかったのだろうか。
ティファとクラウドは誰が見てもお似合いで、自分はその中に割り込んでクラウドを盗っていった悪者なのだろうか。
クラウドの傍にいて、自分で結構似合いのカップルに見えて、うれしく思っていた。それもたんなる自分の勘違いだったのだろうか。
少なくとも、二人はそう思っている。

「わたしが・・・・・・いけないの?」

暗い部屋の中、エアリスは一人虚空を見つめた。

「そうだね、ティファ・・・・・」

クラウドに会いに行こう。
そうして、苦しい心を包んでもらおう。

そうすれば、また元気になれる気がした。





エアリスはそっと廊下を歩いた。

もう12時を越え、あまり大きな音を出せない。

まずエアリスは下の洗面台で顔を洗った。
酷い顔になっているとだめだから。

それから二階に上がり、クラウドの部屋へ向かった。

そのとき、薄闇の向こうからクラウドとティファの声がした。
どきん、と心臓が跳ね上がりエアリスは二人の姿を求めて辺りを見回した。

やがてその声が廊下の突き当たりの窓から漏れていることに気づき、エアリスは足音を出さないよう忍び足で近づいていった。

窓の向こうにはわずかなテラスがある。きっと二人はそこで話をしているのだろう。

エアリスは壁に張り付くようにして耳をすませた。
窓の向こうから、クラウドの姿が見え隠れしている。ティファはその奥だろうか。


「あのね・・・ずっとクラウドに言いたいこと、あったんだ・・・」

「なんだ?」

エアリスの心臓がさらに疼きを増す。

「ミッドガルの駅で再開してからね、ずっとクラウドのこと見てた。だんだん、胸がどきどきして、クラウドのこと考えると眠れなくなったりした」

「・・・・・・」

「でね、気づいたんだ。そうしたらクラウドのことしか見えなくなっちゃって・・・」

エアリスは逃げたかったが、足がすくんでできなかった。

「わたしね・・・・・・」

―――やめて。

わたしがここにいるんだよ?

お願い・・・・・・


「クラウドのことが・・・すき!」

刹那、ティファの腕がクラウドの顔を捉えた。
スローモーションのようにゆっくりと、ティファの唇がクラウドのそれに重なる。
クラウドは逃げない。

だが次の瞬間クラウドは瞳を驚愕の色に染めた。
入ってきた窓、その向こう側から、エアリスが大きな瞳を見開いてこちらを見ていた。

体が硬直し、ティファを突き放すこともできない。
そうしてゆっくりと唇が離れたとき、クラウドの頭の中は真っ白だった。

ティファはそのクラウドの様子を見て、戸惑ったようになる。

「ごめん、急に言われても困るよね。・・・とりあえず、私の気持ちだけ、伝えたかったから・・・じゃあお休み」

そう言ってティファは逃げるようにテラスから窓へと向かう。

だが体を窓に潜らせ室内へ入った途端、ばったりとエアリスに会ってしまった。
ティファは仰天する。

「え・・・エアリス!な・・・なんで・・・」

あたふたし顔を真っ赤にしてティファはうろたえた。
エアリスは顔を伏せていた。

頭の中をたくさんの顔や言葉が駆け抜ける。
ティファの悲しそうな顔。ときめく顔。ユフィの元気いっぱいの顔。自分を憎悪していた顔。クラウドの張り詰めた顔。優しい顔。

―――クラウドはティファとお似合い

―――支えあえる仲

―――勘違いしてる

―――クラウドもティファのこと好き


スキ?スキナノ、クラウド・・・・・。



「やだーっティファ!もう大胆なんだから!ね、結果教えてね!」

エアリスはティファに抱きついた。
ティファは突然のことに目を白黒させながら、驚く。

「エアリス・・・?」

「じゃあお休み!結果報告、絶対だからね!」

ティファは少し戸惑ったようだが、すぐに顔に明るい笑みを浮かべた。

「う・・・うん!エアリスもお休み!」

エアリスは手を振りながら部屋の中へ入っていった。

ティファの心に安堵が生まれる。
いろいろ、クラウドとエアリスのことで悩んだりもしたけれど、そんな自分が思っていたほどじゃなかったんだ。

エアリスに悪いこと、したな・・・・。

ティファは食堂へ入た頃とは打って変わって、満ち足りた気持ちで部屋に戻っていった。


残されたクラウドはショックから立ちなおり、ティファが部屋に戻ったことを確認すると、急いでエアリスの部屋に向かう。

「エアリス・・・開けてくれ」

しばらくの後、部屋のドアがゆっくりと開いた。

「なあに?クラウド」

冷ややかにも見えるエアリスの表情。それを撤回したくてクラウドは弁解し始めた。

「違うんだ、あれはその・・・」

混乱して上手く言葉がつむげない。そのクラウドをエアリスは涙がたまる瞳で睨み付けた。

「いいんだよ?無理、しなくて」

「は?」

クラウドが不思議そうな顔をした。
だがエアリスは構う事無く言い募る。

「クラウドだって・・・ティファのこと、好きだったんでしょ?付き合えばいいじゃない。わたしたち会って数ヶ月しか経ってないし・・・」

「エア・・・・・・」

負荷をかけられた精神は限界だった。苛立ちが募り、心の中を汚いものが駆けていく。
ティファへの嫉妬。ティファとユフィの会話、クラウドとティファの口付け。
エアリスは傷つくままに、クラウドに苛立ちをぶつけた。

「分かれようよ、私たち!」

「落ち着けよ」

そっと伸ばされたクラウドの手を、エアリスは乱暴に振り払った。

「私、クラウドのことなんて本当は好きじゃなかったのよ・・・初恋の人に・・・クラウドが似てるから・・・面影を重ねて・・・・だから、私間違ったのよ。 いい機会だわ、分かれよう?クラウドはティファと付き合いなさいよ。ティファは私と違って、クラウドのこと一途に見てるから・・・」

エアリスに振り払われたクラウドの手は震えていた。それがこぶしを形作り、なおも力が込められてわなわなと震えた。
クラウドの心にも汚いものがふつふつと湧き上がってくる。
なぜここまで言われなければいけないのか。
愛している彼女に。

声が掠れ、今にもエアリスの首を絞めにかかりそうな手を、クラウドは必死の思いで抑制した。

「あんたには・・・失望した」

エアリスはきっとクラウドを睨み付けた。
クラウドもまた、エアリスを憎憎しげに見つめる。

やがてどちらからどもなく視線をはずし、クラウドは静かに部屋を出て行った。





一言も言葉を交わさず過ごした次の日。
その夜に、エアリスはティファから告げられた。

「クラウドと付き合うことになった」と。

エアリスは幸せそうなティファに心無い笑みを向けるしかなかった。







クラウドと付き合いだしたティファ。
それでも話し合いは昼間に移行され、途切れることがなかった。

ユフィは満面の笑顔でティファに聞く。

「で、クラウドとはどこまでいったんだよ!」

ティファの顔が朱に染まり、ユフィがまたそれを冷やかす。ティファは幸せを隠しきれない様子でユフィに微笑みかけた。

「ううん、まだ何にも。で・・・でもクラウドと一緒に入れるだけで・・・うれしくて」

愛らしく幸せをかみ締めるティファが、この上もなくかわいらしい。
だがティファはふと思い立つ。

「なんか、私たち・・・前にエアリスに酷い事言っちゃったよね」

あのことを考えると、罪悪感が沸き起こる。
お酒が入っていたとはいえ、まさか自分があんな会話をするとは思っていなかった。
ユフィは頭をぼりぼりかきむしる。
彼女にしてみても、今のまるでクラウドに好意を抱いてないように見えるエアリスに、後ろめたいものを感じるのだ。
それどころかエアリスは、ティファを応援してさえいる。

「やっぱり・・・勘違いだったのかなー。悪いことしたな」

二人はエアリスが彼女たちの会話を聞いていただなんて、思ってもいないのだ。
それでティファは提案する。

「ね、なにかエアリスにプレゼントしない?」

ユフィも、それはいいと首を縦に振る。

「エアリス、なにがいいかな・・・」

エアリスは花が好きだが、そんなかさばるもの、あげるわけにはいかない。
そのときユフィが手を打った。

「そうだ!アクセサリーとかどうだ?ブレスレットだったら、防具にもなるしさ!」

「あ、それいい!早速買いにいきましょ!」

二人は善は急げとばかりに、手早く支度をする。
駆け足で食堂を出、宿屋から飛び出そうとすると、外から入ってきたクラウドにぶつかりそうになった。

「すまない」

クラウドは何か考え事でもしていたようで、ティファを見もせず、中に入っていってしまう。ティファは彼を呼び止めかけたが、気恥ずかしくて思いとどまっ た。
そのティファの消極的な性格に業を煮やし、ユフィは彼女に代わってクラウドを大声で呼び止めた。

「おーいクラウド!」

遠ざかるクラウドの背中がぴたりと止まる。
クラウドはしぶしぶと言った風にこちらを振り返った。

「なんだ」

「あのさ、これから買い物行こうと思ってたんだけどさ。わたし用があるんだ。悪いけど代わりにお前がティファに付き合ってやれよ!」

ティファは面食らった様子であたふたする。慌ててユフィを引き止めるが、ユフィはウインクひとつ残して走り去ってしまった。

残されるティファとクラウド。
クラウドはため息をついてティファのそばにやってきた。

「あ、ごめんね・・・クラウド」

「いや、別にかまわないが・・・ユフィのやつ」

ユフィは明らかにクラウドとティファを二人っきりにするのが目的のようで、それはクラウドも薄々感じ取っていた。

「行くか・・・」

「うん!」

クラウドがティファの顔をちらりと見ると、嬉しくて堪らない様子で微笑みかけられた。
クラウドは、沸きあがる苦い何かにさいなまされ、気づかれないよう顔を背けた。


「何を買いに行くんだ?」

クラウドの問いにティファは少し困ったように答える。

「ん・・・エアリスにアクセサリー、プレゼントしようと思って」

エアリス。その名にクラウドの顔に一瞬痛みが走る。だがティファは気づかず話を続けた。

「エアリスは知らないけど、わたしとユフィ、エアリスのこと、勘違いしちゃって酷い事・・・だからお詫びに」

クラウドにはティファの声が届かない。
ただ脳裏に沸くのは、思いつめたようなエアリスの表情。普段の彼女では想像もつかないような憎悪を秘め、目はこぼれそうなほど、大きく見開かれていた。

「ね、クラウドはどう思う?」

「は?」

急に話を振られてクラウドは戸惑う。するとティファは怒ったように眉をひそめた。

「だーかーら、エアリスにプレゼントするアクセサリー!エアリスにはどんなものが似合うと思う?」

ティファにこの上もなく残酷のことをしているように思えた。
クラウド自身エアリスに何度か秘密の贈り物をしたことがある。二人で今のようにぶらぶらとアクセサリーを見て回ったことも。

“ね、クラウド、これ似合うかな?”
“見て見て!可愛い!”
“買ってくれるの?ありがとう!”

たくさんのエアリスの顔、声。
隣を歩くのとは別の女性のことを考えている。

その自分が、他でもないエアリスのために選ぶのか――――――。






「じゃーん!エアリス、これプレゼント!」

夕食後、ティファとユフィは満点の笑顔でそれを差し出した。
エアリスは驚いて二人の顔を交互に見つめ、おずおずと目の前の小さな箱に手を伸ばした。

「わたし・・・に?」

「うん!あけてみて」

ティファが喜色満面に言う。
エアリスは恐る恐るといった手つきでそれを紐解いた。

中から出てきたのは、三つ組みの金のブレスレットだった。
防具としても価値の高い一品。

「あのね、これはクラウドが選んだのよ!」

ティファがそう言うと、エアリスはこみ上げたものを胸の中で散せ、にっこりと微笑んだ。

「ありがとう!」

エアリスもなぜ急に二人がこれをくれたのか、わかっていた。

いやな自分になったと思う。
喜ばなければいけないはずなのに、心の奥底で拒否反応を示す。

「大事にするね!」

だけどこの優しい二人に言えるはずがないのだ。
二人は自分が喜ぶものと思っているのだ。
なんて勝手な・・・・・・なんて優しい・・・

「やだな、エアリス!泣くことなんてないぜ?」

ユフィの的を外れた言葉も――――

「そうだよ、泣かないで?笑ってくれたほうがいいよ!ね、クラウド?」

ティファの幸せそうな笑顔も――――――


わたしはどうすればいいのだろう。


エアリスは涙の理由を説明できなかった。
説明できたらどれだけ心が楽になっただろう。
だけど返す言葉は嘘で彩るしかなかった。


「ありがと・・・ただ・・・ちょっと昔好きだった人、思い出して・・・」

ティファとユフィが勘違いの慰めを差し向けてくる。

口々に吐き出される、とうに終わった恋の応援。

“あきらめちゃだめ”
“ぜったいそいつ、エアリスのこと好きだったと思うぞ”

いつか聞いたセリフまで飛び出す。

『クラウドも、ティファのこと好きだと思うぞ』

エアリスは心を震わせた。

クラウドはティファのことを好き。
急にそうかもしれない、と思えてくる。

少し喧嘩しただけでティファに寝返ったクラウド。
普通そんなことがあるだろうか。
仮にもつい先ほどまで抱いていた女をああもあっさりと。

クラウドはティファが好き。
そう考えればしっくりくる。

元から彼は自分のことなんか好きではなかったのだ。
だから捨てたのだ。
だから呑気にティファと買い物に・・・自分のプレゼントを買いに行くことなんてできるのだ。



―――そしてわたしも。



「ずっと好きだったの。何か不安なことがあっても笑い飛ばしてくれて、太陽みたいに陽気な彼が・・・・・・」


そう、わたしだってクラウドのこと好きじゃない。

そう思えば、楽になれる、そう信じれば――――――――


「スキナノ」


心にもない言葉。

でもいまさらクラウドにどう思われようと関係があるだろうか。

クラウドはティファが好きなのに。











「でね、クラウドがね」

あれからエアリスはお話会に加わっている。
飛び出すのは恋の話。
ティファは幸せそうだ。クラウドのことばかり話している。だからエアリスはザックスのことを話すしかない。
クラウドがね、クラウドったら、クラウドは・・・・・・

この子はいつまで話し続けるんだろう、そう思ってしまう。
ティファはクラウドのこととなると妙に長々と話し続ける。

手を繋いだだの、キスしただの・・・


ティファとユフィはまた酒を飲んでいる。エアリスは苦手だからジュースを飲む。
ティファはハイになって話し続ける。

「あ、そうだあのね。わたし、最初クラウドとエアリスって付き合ってるんじゃないかなーって思ってたの!」

エアリスは微笑みかけるしかない。

「なんか今考えると、馬鹿みたいだよね・・・一人で悶々考えちゃって」

嘘、ユフィといろいろ話してたくせに。

「エアリスがザックスのことまだ好きだったなんて」

嘘よ、あなたが言うようにそれも嘘。嘘なんだから。

口で言ってもやはり納得できなかった。
自分は今でもザックスが好き。

そんなこと・・・・・・。


「ね、ザックスとのこと、聞かせて?」

なんでそんなこと、あなたは聞くの・・・・・・






クラウドは自分の部屋で湧き上がる憎憎しい気持ちに翻弄されていた。

エアリスとはもう一ヶ月以上まともに話していない。
聞けば、エアリスはザックスという男のことばかり話すというではないか。

それも楽しそうに。

まるで裏切られたようだ。
エアリスと別れたあの夜。
憎悪が支配する表情。
やはり本当は、エアリスは自分のことを好きではなかったのではないかと思う。

エアリスはザックスのことが好きで、でも会えなくなってしまって、それで彼に似ているという自分に近づいたのではないか。
自分を慰めるために。

普通、あの会話を聞いていたなら、言い寄られて、意思に反して口付けされたことも分かるだろうに、エアリスはこちらの言い分も聞かずに喚きたてた。

おかしい。

思慮深いエアリスがあんな反応をするなんておかしいとしか言いようがない。


『クラウドのことなんて、本当は好きじゃなかったのよ』


エアリスはなぜあんなことを言ったのか、最初は不思議だった。
でもようやくわかった。

エアリスは元からザックスのことが好きだったのだ。

だから、ティファの告白に都合よく便乗して、別れ話を切り出したのだ。



そのとき、部屋のドアをたたく音がした。
クラウドは深呼吸をしてドアを開ける。

そこにはティファがいた。

ティファは恥ずかしそうに顔を赤らめ、やがてはにかんだようにクラウドに微笑む。

「あのね、急にクラウドに会いたくなって・・・・・・」

何も知らないティファ。
エアリスよりも遥かに“簡単”だ。

「きゃ!」

クラウドはティファを抱き寄せて、荒々しく口付けをした。

ティファは体を緊張させるも、可愛らしく体を預けてくる。
そんな彼女の姿が一瞬、エアリスと重なる。
だがクラウドは硬く目をつぶって自分を惑わす幻影を振り払った。

クラウドはそのまま恍惚として身動きをしないティファを、部屋に招きいれた。

―――ほら、ティファは簡単だ。エアリスと違って、おとなしくて、純情で、何も知らないから


ドアを閉める瞬間、クラウドの鋭敏な聴覚が、小さな足音を捉えた。
控えめな女性らしい足取り。

クラウドはすぐにそれがエアリスのものだと気づいた。

はたりと、向こうからやってきたエアリスと目が合う。

驚いてクラウドを見つめるエアリス。
クラウドは見せ付けるかのようにティファの黒髪を弄ぶと、静かにドアを閉じた。


「・・・・・・っ!!」

エアリスは言葉も出ず、呆然として自室に戻った。

あれはクラウドと、そしてティファ・・・・。

二人が同じ部屋にいるということは・・・・・・

「い・・・や・・・っ・・・そんなの・・・」

自分で差し出した答えに、エアリスは身を震わせた。

そのままベッドに身を投げる。

恥ずかしがって、ためらうようにいつも自分を誘ってきたクラウド。
彼が抱くのは自分のはず。

なのに今彼の腕には・・・・・・・

そんなこと・・・

それだけは・・・・・・・


「いやっいやーーーーーーーーーーーッ!!」


涙が頬を流れ、シーツに染みを作る。

幾ら頭で自分はザックスが好きと思おうとしても、心はクラウドを求め続ける。

「あ、あああ・・・」

がたがたと体が震え、焦点の定まらない瞳が真っ暗な空間に投げ出される。

クラウド、クラウド・・・いや・・・お願い・・・!

嘘でしょう?

ついこの前まで、愛していると言ってくれていたのに!

耐えられない・・・・・・。

エアリスはやがてぽつりと囁いた。

「わたしは、愛してるよ・・・・・・クラウド」

エアリスははらはらと涙を流しながら思う。

自分に嘘をつくのは疲れた。

クラウドはそうではなくても・・・・・・。


わたしは彼を愛しているのだ。


クラウドとティファの間に、自分が入る余地などない。
クラウドに近づくのはティファに可哀想だ。

でも、陰ながら彼を思うことは、誰にも咎められないだろう。





エアリスはクラウドを思い続けた。

どれだけクラウドに嫌悪されても、どれだけ疎まれても、


そうして彼女は運命の時を迎えることになった。





―――忘らるる都

昔、古代種が祈りを捧げた神聖な場所。
その場所を色に例えるとしたら、それは水色だ。
清らかで、静寂に包まれたその場所に、エアリスは一人ひざまずいて太古の彼女の同胞がそうしていたように、祈りを捧げていた。

願うのは星の命か。

そう自分に聞いて、彼女は心の中で首を横に振る。

彼女が祈るのは仲間たちの未来。
そして――――――

「クラウド・・・・・・」

愛する男が生きていくこの星を守りたい。
それだけだった。

セフィロスの黒魔法、メテオ。それは星をめちゃくちゃにし、全てを死へと向かわせるのだろう。
彼女の大事なものをそっくり奪って。

クラウドは古代種の神殿で壊れてしまった。
自ら渡してしまった黒マテリア。星を死へと至らしめるそれを操られていたとは言え、手渡してしまった重圧は大きい。

泣きながら自分を殴り続けたクラウド。
―――俺は何をしたのか
そう問いかけながら、ガラスのような瞳に狂気を称えていた。
そのときエアリスは思ったのだ。
彼を助けたいと。
殴られ続けながら、エアリスは可哀想なクラウドをじっと見つめていた。

こんなに愛しい彼が苦しめられている。
星の命よりも大事に思える彼が。
泣きながら―――まるで助けを請うように。

そうしてエアリスは旅立った。
古代種の神殿でわかったこと。究極の白魔法ホーリーこそ、メテオを食い止めるただ一つのすべだと。

クラウドが手渡してしまった黒マテリアで、メテオが最悪の場合発動しても、ホーリーを解き放てれば、星は守れる。
そうすれば―――そうできれば、クラウドを安心させることができる。

夢の中で語りかけたクラウドの心は、幾重にもガードされていた。
周りのものを拒み、そうしていれば全て過ぎ去ってでもいくかのように、頑なだった。
エアリスはそのガードを一枚ずつはがして彼に近づいていく。

精神のみの世界で、彼女はやっとクラウドに出会えた。
子供のように震えて、どうしようもできないクラウド。
ザックスの幻影に支配され、自ら支配されることを望む弱い青年。

エアリスはそっと語りかけた。

おずおずと口を開くクラウドの心は、少し自分を警戒していた。
しょうがないことだ。そう思ってエアリスはたわいない話から、核心に迫っていく。

自分にしかできないこと。
それはホーリーを解き放つこと。

だから

だからもう苦しまないでと。

それを伝えると、エアリスは彼の精神から離れていった。
必死に後を追いかけようとするクラウドの声を聞きながら、エアリスはそっと涙を流した。

不謹慎だろうか。追いかけてくれることが嬉しいと思うなど。
彼は壊れそうな精神の宿り場を探して自分にすがっているだけだというのに。



突如、エアリスの耳に聞きなれた声が届いた。

荒々しく不器用な声。
女の子らしい優しい声。

そして凛とした空気に響く、低い声。

―――バレット、ティファ、クラウド!

頭の片隅でその声たちを認識する。だが深い一種の瞑想状態に入った彼女は、祈りを続行する。

声の他に遅れて足音が響く。
その三つの足音がぴたりと止まり、続いて一人の身軽な足音が聞こえ始めた。

彼女にはそれがクラウドのものだと分かった。

彼はもう大丈夫だろうか。
もう苦しんでいないだろうか。

やがてエアリスはそっと瞼を上げた。
水の祭壇に続く階段を、クラウドがゆっくりと登ってきていた。
目の前でクラウドがためらい気味に足を止める。

エアリスはそんな彼を安心させるかのようにやわらかく微笑んで見せた。
クラウドもつられて張り詰めていた顔の筋肉を緩める。

エアリスは心に暖かいものが流れ込むのを感じ、そっとクラウドに向かって手を伸ばした。
クラウドもまた、エアリスに向かって手を差し伸べる。

指先が触れるか触れ合わないかの直前、エアリスは体に走る激痛を感じた。
指を引っ込めて、恐る恐る痛みの走る下腹部を見やると、真っ赤な血が溢れていた。
さらに驚いたのは自分の腹から、銀色の刃が突き出しているということだった。
銀刃に付着した血がてらてらと輝いて、自分のものには見えない。

しばらく呆然としていると、さらに強い衝撃が体を襲った。

長い刃が体から引きずり出され、内臓をそっくり持っていかれたかのように感じる。

エアリスはクラウドの腕の中に倒れこんだ。
かすむ視界で彼を見やると、驚きでいっぱいになった表情が目に入った。

エアリスはそっと手を伸ばす。
頬に触れると、クラウドは我に返った。

「・・・エアっ」

あわてて体を抱きかかえるも、命が消えようとしてるその体はぞっとするほど冷たかった。
それを受け止めたくなくて、クラウドはいっそうエアリスを抱える腕に力をこめた。

「エアリス!」

必死の呼びかけに、エアリスは弱弱しく微笑んだ。
命の源が体から流れ出ていく。
エアリスはそのセトラの特殊な力により、自分の生命エネルギーが少しずつ星へと帰っていくのを、明敏に捉えていた。

クラウドが必死になって回復魔法をかけたり、止血しようとしている。
だが間に合わないのは自明の理だった。

体が重くてうまく動かせない。
だがエアリスは愛する男の腕に抱えられて、一番の幸せを感じていた。
もう二度と抱きしめてもらえることは無いと、そう思っていたからだ。

よくよく見ると、クラウドは泣いていた。
そんな彼を見るのが嫌で、エアリスは石のような体を無理やり動かした。

滑り落ちてしまった手を、もう一度彼の顔元へとやり、そっと涙をぬぐう。

自分の血だまりのせいで、指に付着した血が、彼の頬に赤い跡を残す。

「え・・・エア・・・」

涙をぼろぼろ流しながら食い止めるように名前を呼ぶクラウドが、この上もなく愛おしい。

優しいクラウド。
なんであなたはこんなわたしのために涙を流す・・・・・・?
あんな別れ方をしたのに。
因縁をつけて無理やり別れたと言っても過言ではないのに。

あなたはティファを愛しているのに・・・・・。

それでも嬉しい気持ちは止められず、エアリスは心の底から微笑んだ。

ずっと辛かった。
クラウドの隣は自分だと、ずっと思ってきたから。
ティファが幸せそうに微笑むのも、身を切られる思いで見つめてきた。
本当は愛していたのに、自分の嫉妬で全てを壊してしまった。

だけど・・・

だけど最後に役に立ててよかった。
ホーリーは発動する。世界は守られる。
そして―――

クラウドにはティファという最高のパートナーがいる。
優しいクラウドは、自分の死に責任を感じるだろう。そうしてまた苦しむだろう。
だけどその苦しみも、彼女が取り去ってくれる。

少しだけ、嫉妬も感じる。

でもそれでいいのだ。
自分が傷つけた、大事な人。クラウド。
本当に好きな人と結ばれて、幸せにこの星で暮らしていってくれれば、他に望むことなど一つもない。

どんどん体が重くなってくる。
瞼を開けていられるのもやっとだ。
息が詰まってきた。

そのとき彼女は初めて自分の瞳がじんわりと熱を持っていることに気づいた。
最後ぐらい笑っていたかった。
だが冷たい頬を、似つかわしくないほど暖かな涙が零れ落ちていく。

もしクラウドに最後に伝えるとしたら、どちらがいいだろう。
星は大丈夫だ・・・
それとも・・・・・

エアリスは自分の中に眠る女性の心の叫びに耳を傾けた。

そうだ・・・。

「・・・愛して・・・る」

ああ、優しい眠りに引き込まれていく。
どんどん、どんどん遠ざかっていく。


幸せな気持ちのまま、彼女は永遠の眠りについた。



だらんと投げ出された冷たい手を、クラウドはぎゅっと握り締めた。
あまりの苦しさに、声も出ない。
涙がとめどなく頬を伝い、エアリスを濡らす。

「えあ・・・・」

やっと出てきた声は震え、掠れ、しかも彼女の名を呼ぶだけだった。

「嘘・・・だろ・・・?俺が、あんたに・・・酷い事をしたから・・・困らせようと・・・」

エアリスを冷たく突き放した夜が思い出された。
「愛している」。その最後の言葉が呪縛のように彼をその場所に縫いとめる。
エアリスはザックスが好き・・・・、そう信じてきたのに。
自分の信念にも似たそれが根底から覆らされ、クラウドの心は行き場がなかった。

苛立ちに任せて別れたあの夜。
傷つくのはあれで沢山だと、自己保身でティファと付き合った。

「ただ・・・困らせようとしているだけだろッ!?」

彼女が死ぬなどありえない。
だって先ほどまで生きていたのだ。
ほんの少し前まで、ともに旅をしていたのだ。
数ヶ月前まで・・・・愛し合っていたのだ!

「エアリスっ!」

甲高い悲鳴のような声が鼓膜を叩き、クラウドは肩を震わせた。

ティファが長い黒髪を揺らしながら、こちらへと来る。
だがクラウドはそれ以上覚えていなかった。

ただ激しい悲しみと、体を食い破るほど大きな挫折感にさいなまされて。









クラウドはセフィロスを倒した。
エアリスの祈りは星に届いていた。

全てが終わり、みなが元いた場所へ帰るとき、ティファは当然のようにクラウドのそばにいた。

周りから見てもそれは至極当然のことで。

喜びに溢れて世界の至る所へと戻っていく仲間たち。これから来るであろう幸せな日々に思いを馳せるティファ。

だが星を救う旅を終えたクラウドの心は、いつまでもエアリスの最期の瞬間に縫いとめられたままだった。


「ね、クラウド。わたしまたバー開こうと思うんだ。クラウドも手伝ってくれるよね!」

なぜティファはそうも幸せそうに笑うのだろう。
親友を失って手にした未来だというのに。

クラウドは答えなかった。
その理由を知っているティファはきゅっと唇を結んだ。

―――エアリスは、クラウドの心の中で生き続けている・・・。

「ずるずるずるずる」

ティファは静かに口にした。
クラウドが不思議そうな瞳で彼女を見やる。

「思い出に・・・負けたの?」

ティファの言葉に、クラウドは押し黙った。
彼女の言いたいことは分かる。
命あるのものはなんであろうと、前向きに生きていくしかないのだ。

だが・・・

エアリスは彼女の親友ではなかったのか。
「思い出」と片付けることなど・・・自分にはできない。

「自分が吹っ切れたからと言って、人にも押し付けるな」

自分でも驚くほど冷たい言葉が飛び出した。
ティファが信じられないとでも言いたげに、こちらを見てくる。

だが間違ってはいない。
故人との関係は人によって違う。だから、その人の死によって受ける衝撃は違う。なのに、自分が吹っ切れたからといって、なぜ人にも同じことを求めるのか。

ショックから立ち直ったティファが静かに言葉をつむぐ。

「・・・エアリスも、クラウドが幸せに生きていくこと・・・願っていると思うよ」

なぜエアリスの気持ちを代弁する?
彼女が言ったわけではないのに。もっともっとエアリスは生きていたかっただろうに。
だから・・・
だからティファと幸せに暮らすのがエアリスの望みだと・・・?

そう言いたいのか!?

「・・・興味ないね」

クラウドは振り返りもせず、ティファの前から去ろうとする。
ティファは慌てて彼の腕を取った。

「クラウド!」

ティファは泣きそうだった。
その震える声に、クラウドはいきりたった神経をなだめかす。

「クラウド・・・本当のこと言って・・・クラウドは、エアリスのこと好きだったの?」

クラウドは答えない。ティファはなおも続ける。

「わたし・・・前はそうだと思ってた!でも、でもクラウドとエアリスは会って数ヶ月しか経っていないから・・・そんなことないって考えて・・・」

“わたしたち会って数ヶ月しか経ってないし・・・・・・・”

ティファの言葉と、エアリスの言葉が重なる。
あまりにも嫌な予感がして、クラウドはとっさにティファの肩をつかんだ。

「それを・・・・・・エアリスに言ったのか?」

凍てつくような視線にさらされて、ティファの背筋が凍る。
あまりの圧迫感に、ティファは弱弱しく言った。

「エアリスには・・・・・」

「他のやつには言ったのか?」

心が一歩、また一歩とあの夜に近づいていく。

「ユフィには・・・」

「他に何か言ったのか!!?」

叫びにも似たクラウドの問いに、ティファは恐ろしくて全てを語った。
全てを知ったとき、クラウドはたまらずその場にしゃがみこんだ。

エアリスはその会話を聞いていたのだ。
最初から最後までそっくり。

彼女らしくない行動。言葉。すべて嘘だったのだ。
傷ついて、はちきれそうな心のままで、口付けしているところを見て・・・・。

今ならなんで彼女があんなことを口にしたのか手に取るようにわかる。

クラウドは追いすがるティファを振り切って、ミッドガルの外へ走り去った。

たまらず倒れこみ、嗚咽する。

「う・・・ぐっ・・・・ああ・・」

何であのとき彼女の悲しみごと抱きしめてやれなかったのだろう。
何で彼女を愛していながら、心までそのまま分かってあげられなかったのだろう。
彼女が望んでいたのはきっと、抱きしめる腕だったのに。

なのに突き放した自分の腕。

彼女の最後の言葉が何度も脳裏に響いて放れない。

愛している・・・

愛している、そう

自分も彼女を愛している!


「えあ・・・・っ・・・エアリスーーーーッ!」








不安、そんな言葉では言い表せないほど苦しかった……。


気持ちは同じはずなのに、お互いはなれていき、そうして二度と心からの言葉を交わすいとまもなく別れが来た。

なぜあのとき俺は彼女を抱きとめることができなかったのだろうか。
そうすれば彼女は今この場所に、自分の隣にいて、微笑んでくれていただろうか。


思い出すのは悲しみにはち切れそうだった瞳だけで、花のように笑っていた彼女の記憶ははるか遠くに掻き消えた。


許してほしい、そう願ったところで肝心の彼女は居らず、俺はただ一人でここに残された。

もう一人、愛してくれた彼女は自ら去らせ、傷つけ傷つき、また違う人を傷つけた。

あの時、間違ってしまったのはなぜだろうか。

あんなに愛していたのに……。

彼女の微笑み以外何もいらないとさえ思っていたのに……。


エアリス、どれだけ後悔しようと、君はもういないんだ。







FIN




ずいまぜん・・・。
クラウド×エアリス←ティファ。

最初はリクを見ながら、
「クラウドはティファのことが好きなんじゃ・・・」
「エアリスは前の男のことを・・・?」
「ああ、もうだめ!」
「くそ!」↓↓↓
「やっぱりあいらびゅー」
「俺もさマイハニー(誰)」

を予定してたのですが、よくよく見ると、シリアス!と。
きたー、シリアス!
こうなったら以前から書きたかったエアリスいじめ物語にしよう!
と・・・。
すいません、言い訳はこの辺にしておきます。

私的には、クラウドがエアリスを愛していたと実感してくれればそれだけでハッピーエンドなのです。
そうしてこっそり入れてみたティファのACぜりふ。
「ずるずるずるずる」や「思い出に負けたの」が個人的に納得いかなかったので、クラウドに代弁してもらいました・・・。
ティファとクラウドでは、ザックスとエアリスに対する関係がぜんぜん違いますよね。
とくにザックスはティファにとっては知り合い程度。対してクラウドは親友。しかも自分を守って、言い方が悪いですが、自分のせいで死んでしまった友人なん です。それはエアリスの一緒。自分が守れなかったから。傷つく度合いが違うのに、あのセリフはないんじゃないかと思ってしまったのです。

すいません、長々と書きましたが、どうぞ受け取ってあげてください。
それでは_(._.)_