Cold heart-ed
\ 喧嘩
「エアリス、非難エリアへ行って待ってろ」
二人が絡み合っている間に、流れた緊急放送。
それは二人の甘い(!?)時間を引き裂きあっという間に現実に引き戻した。
クラウドは今まで自分がエアリスにしてきた事にあっさりと見切りをつけると、エアリスを突き飛ばす勢いで体勢を立て直した。
「えっやだ・・・私もいく!!」
―――クラウドに置いて行かれるのは嫌!
「駄目だ、先に行って待ってるんだ」
はっきり言っちゃ悪いがこれと言って何か武芸ができる訳でもないエアリスが来たところで、邪魔になるだけだ。
それにみすみすエアリスを危険にさらせる必要もない。
「あ、待って!」
エアリスが乱れた着衣を直している間にクラウドは一人でささっと行ってしまった。
「あ・・・・・・・」
気づいたときには広い部屋にエアリス一人。完全に置いてけぼりだ。
先程までクラウドが居てくれていたせいでなんだが急に物悲しく感じる。
しかも緊急事態。こんな時ほど一緒に居てほしいのに、なのに肝心なときにクラウドは自分を置いて一人で行ってしまう。
―――勝手だ
エアリスはそう思った。
相手はあのセフィロスなのに、何で自分が連れて行ってもらえない・・・?
おかしい。絶対におかしい。
瞑っていた目をゆっくりと開ける。
そうだ、自分が行ってはいけない理由なんか無い。
星が救済を求めているのは他ならぬ自分なのだから、クラウド達ほどまではいかなくとも、なにか手助けできるかもしれない。
エアリスは徐に乱れた前髪をかき上げると、自らも正面ゲートへと向かって走り出した。
「やあああああああああっ!!!!」
ティファの渾身の一撃がトカゲの体液にじむ傷口にクリーンヒットした。
「は・・・はあ・・・・はあ・・・」
先程から何度も何度も打撃を繰り返している筈だが一向にトカゲは倒れる気配を見せない。
時たま苦しそうな咆哮をあげるものの、それはそれ、まだまだ余裕そうだ。
ティファの息はとっくにあがってしまって、今にも形勢が逆転しそうだった。
「くそっ!早く、くたばりなさいよ!」
必死に応戦するも、先程の渾身の一撃にあっさりと耐えられてしまってしょっぱなから士気をくじかれてしまった。
やられるのももう時間の問題かと思われた。そう、少なくともセフィロスの使い獣はそんな生易しいものではなかった。
苦し紛れに拳を叩き込んでみるものの、力の入らない腕では獣に及ぼすダメージはたかだか知れていた。それさえもティファにはもう辛いことで、上がらない腕
の筋肉はとっくのとうに悲鳴を上げていた。
「ううっ・・・・・・!」
ティファは呻いた。
こんなことになるんだったら、何か飛び道具の一つや二つ持ってくればよかった!
飛び道具は無いにしろ、今彼女は少量の火薬や手榴弾を持ってはいた。
しかしこんな所でそんなものをぶっ放せばどうなるかは火を見るよりも明らかだろう。
これこそ宝の持ち腐れ、というやつだ。
ティファは歯噛みした。
火薬さえ使えたらこんなやつ、一発でぶっ飛ばしてやるのに・・・!
でも使えないからって、こんな所で死ぬつもりも、負けてやるつもりも無かった。
トカゲなんかにやられただなんて、そんなバカみたいな話があるだろうか?
「負けない!絶対に負けない・・・こんな所で・・・私は死なない!!」
「その通りだぜ、ティファ」
突如、頭の上から慣れ親しんだ男の声が聞こえてきた。
「ザックス!?」
ティファが驚いて目を見やると、目の前が一瞬真っ暗になり、続いて黒髪の男が降ってきた。
「よ!何とかミンチにならずに済んだみたいだな!!」
ひとが間一髪だったのを知っていて飄々と言い放ってくれる。
でもそれもティファには嬉しかった。
「遅い!今度からすぐ来てくれなきゃ絶交だからね!」
「お〜〜〜こわっ!」
ザックスは背に担いだ『バスターソード』を軽々と翳した。
その切っ先を獣に向かって突きつける。
「よお。はじめまして??もうサヨナラだけどな!!!!」
相手を小ばかにしたようなニュアンスでザックスは言い放ち、あっという間に獣との間合いをつめた。
振りかぶる『バスターソード』は妖艶な光を発して目標を切り刻まんと吼える。
『バスターソード』は易々と獣の腹を切り裂いた。
ぼたぼたと血が滴り落ち、ザックスの衣類を緑色に染めていく。
ザックスは返す刀で獣にとどめを刺そうとした。しかし、獣は傷ついているとは思えない身軽さでその一撃を避けると、何かに体を反応させ信じられないほど高
高度にジャンプし塀の向こうへと消えていった。
呆然と立ち尽くす二人には見向きもしなかった。
「・・・あ?い・・・行っちまった・・・」
「ほんと・・・どうしたんだろ・・・?」
「って、塀の中に入っちゃったな」
「そうね・・・・・・・・・・・って」
『まずいじゃん・・・・・・・!!!』
「くそ!どこだ・・・」
クラウドは正面ゲートの手前でうろついていた。
ザックスもティファも電話には出ないし、あの感の鋭い二人だからとっくのとうにもう現場に向かっているのかもしれない。
それとももう、電話に出られる状況じゃないのかもしれない。
どちらにしろ事は一刻を争う。
ジュノンには計り知れないほど沢山の客が出入りしているわけで、なにかあったら収拾の付かないことになる。
原発みたいなあんな出来事はもうごめんだ。
「どこだ・・・・・・・・・・・・・あっ!」
焼きつくような強い日差しが一瞬遮られたかと思うと、それが次第に何かの形をとって接近してきた。
クラウドの鋭敏な瞳ははっきりとそれを捕らえ、その影に押し潰される直前にその場から離れる。
降り落ちてきたのは一匹のトカゲだった。
顎と腹に厄介な傷を抱えている。
ぱっと見てその傷が誰につけられたものかクラウドは理解した。
「派手にやられたな・・・・・・逃げてきたみたいだが、相手が悪い」
クラウドは腰のホルスターから『ワルサーPPK』を取り出すとそれをしっかりと構えて獲物の脳天に狙いを定めた。
が、トカゲは急にクラウドとは別方向に向き直った。
唖然とするクラウドを尻目にトカゲはその方向に向かって一目散に駆け出した。
さも当然であるかのように。
クラウドにも一瞬何が起こったのか分からなかった。
何故何も無い方向に行く?
が、何も無いわけではなかった。
それはクラウドにもすぐに分かった。そしてそこに行くのは当然であることを理解する。
そこに居たのは―――
「エアリス!逃げろ!!」
クラウドは血相を変えて叫んだ。
なんでエアリスがここにいる!?あれほど言ったのに!
獣はわき目も振らずにエアリスに突っ込んだ。
セフィロスの使い獣ならエアリスを狙うのは当たり前。そしてそもそもここに着た理由がエアリスを殺すがためなら・・・・・・・
「きゃあ!!」
「ちっ!」
クラウドは舌打ちをすると『ワルサー』の銃口を獣の足に向けた。
次の瞬間『ワルサー』が火を吹き、獣の足元を砕く。今にもエアリスを裂こうとしていたトカゲの手が止まり一瞬だけクラウドの方を振り向いた。
その隙をクラウドは逃さず素早くトカゲの腕をくぐると、エアリスの腰を抱いて次の瞬間振り落されたトカゲの一撃を避けた。
「クラウド・・・」
「この場は俺が引き受けるからあんたはさっさと非難エリアに行け!!!」
クラウドがエアリスを自分の背後に隠すようにして守る。しかしエアリスには聞き訳わけというものが無かった。
「やだ!私も一緒に戦う!!」
エアリスはクラウドの腕をかいくぐるとトカゲのもとに行こうとした。
が、それをクラウドが引き止める。
「あんたには無理だ!分かったらさっさと・・・」
「いやったらいや!」
エアリスがじたばたと暴れて言うことを聞かない。
―――こんなときにわがままか!!
いらだつクラウドはエアリスを押してどけると、エアリスが余計なことをする前にさっさと片をつけようとした。
『ワルサー』の照準を再び獣の脳天へと合わせる。
トリガーを引く!
が、
「なっ・・・!?」
急に目の前にエアリスが飛び出して、クラウドの視界を塞いだ。
クラウドが咄嗟に銃口の先をずらしたから事無きを得たものの、間一髪のところで撃つとところだった。
「馬鹿!ちょろちょろするな!!・・・・・・・・・がっ!?」
エアリスが死角になってクラウドはトカゲが攻撃を仕掛けてきていることに気づかなかった。
かろうじて直撃は避けたものの、衝撃で吹っ飛ばされる。
「クラウド!!」
エアリスが小さく悲鳴を上げるが、それでもトカゲに向かって何かを唱え始める。
―――遅い!!!
クラウドは痛む背中をこらえ、エアリスを押し倒すようにしてトカゲの一撃からエアリスを守った。
それと同時に『ワルサー』を下からトカゲの顎に向かって突きつけた。
ぱあああああああん!!!
銃声が鳴り響き、放たれた銃弾はトカゲの顎を通って、脳天を貫ぬく。
トカゲはびくびくと何度か末期の痙攣をすると音を立てて崩れ落ちた。
そのトカゲには目もくれずにクラウドはエアリスに怒鳴りつけた。
「馬鹿野朗!!何で来たんだ!!!」
エアリスは一瞬体をびくりとさせたが、憤然として言い返す。
「だ・・・だって・・・私だって・・・」
「無理だと言っただろう!?余計なことをするから死ぬところだった!」
それも三回も。
「でも私クラウドの・・・!」
エアリスは自分が怒られているこの状況が理解できなかった。
それを態度にあからさまに出していて、それがクラウドをイラつかせる。
「自分の身も自分で守れないような奴に何が出来る!!」
「そんな事・・・・・・クラウドには適わないけど、私だって何かお手伝いできたかもしれないじゃない!!」
―――なのに何で怒られなくてはいけない!?
「いい加減にしろ!!!」
クラウドの罵声にエアリスがびくっとして目を見開いた。
「自己満足で手伝おうなんて思うな!生半可な気持ちで来られても俺が迷惑なんだ!足手まといになっていることぐらい分かれ!!」
クラウドは明らかに怒っていた。
でも無理も無いだろう。
実質何か出来るわけじゃないのに、いつもいつも我がままばかり言う。
頑固で融通が利かなくて、聞き分けも無い。
クラウドがエアリスの力量を踏まえて上で、今回は非難するよう指示したのに、言うことを聞かない。
しかも今回はそのせいで確実にしとめるチャンスを2回も逃し、エアリス自身も危険な目にあったばかりか、クラウドまで軽傷を負わせてしまった。
なのにそれを注意しても反省した様子を見せない。
「俺たちはあんたが思っているほど甘くはない」
黙ってしまったエアリスにクラウドは軽蔑のこもった眼差しを向けた。
「邪魔だ」
「・・・・・・・・・・・・っ・・・!」
刺すほどに冷たい青の瞳がエアリスを抉る。
エアリスは一、二回頭を小さく横に振ると、堪えきれなくなったのか、怖気づいたのか、へたりとその場に座り込んでしまった。
そんなエアリスにクラウドは目もくれず、きびすを返して歩き出した。
「ま、しょうがねえか」
先程から落ち着き無く壁をこつこつと叩いているクラウドを尻目に、ザックスはティファを連れて部屋を出た。
「あいつの性格からして、エアリスにキツクいってしまうのはわからねーでもねーけど」
ザックスが面倒くさげに頭をぽりぽり掻いた。「なあ」とティファに目をやる。
「まあね。でもどうするのかしら・・・折角船用意してもらったのに」
ティファが言うのは、「ハイウィンド」という名のジュノン製の高速船のことだ。
最新型で、設備が豪華なのはもちろん、その名の通り船体を浮かしてしまうほどに、スピードが凄まじい。ちなみに小型。
普通に買うと、13億ギルはくだらない一品で、まず庶民が手にすることは出来ない。
それを市長がお礼にただでくれるというのだから驚きだ。もしかしたらクラウドとザックスがこっそり脅したのかもしれないけど。
そして三人が船を欲しがったのはもちろんセフィロスを追うためだった。
セフィロスがクラウドとザックスに言った言葉・・・「南へ」。三人はこの言葉だけを頼りに南へ行くつもりだった。ほかに選択肢が無い。
それと同時に南に何かがあるという自信もあった。その証拠となるのがザックスの持つ「バスターソード」だ。
この不思議な力を持つ大剣は、ザックスが南に有るという古代神殿を漁りに行ったときに拾ってきたものだった。この神殿になにかあると言ってもおかしくな
い。
「さあな・・・・・・」
ザックスはぼやいた。
―――あんまり面倒なことにならないといいけれど・・・・・・。
クラウドに嫌われた
その事実が彼女を打ちのめしていた。
「邪魔だ」そう言われてしまった。決して悪気があったわけではないのに、怒らせてしまった。悲しくて胸がぎゅっとなる。涙が止まらない。
ぽたぽたと滴り落ちる涙でクラウドに買ってもらったワンピースに染みができてしまった。
きっと酷い顔をして泣いているんだろう。
あんなに優しくしてくれたクラウドが自分に激昂するだなんて思ってもいなかった。
「みんな、私がいても迷惑なんだ・・・・・・」
あれがクラウドの本音。ザックスの、ティファの本音。
皆皆優しいけれど、でも皆皆強くて。でも私は何にもできなくて。皆の足ばかり引っ張って。
「足手まといかぁ・・・・・・」
すっかり暗くなってしまった空も、星が見えるはずの大空も涙でぼやけてしまってよく見えない。
クラウドの痛烈な言葉が耳の中にまだ響いている。まるで今言われたように。
「どうしよ・・・・・・これから・・・・」
クラウドたちのいるあのホテルに戻るなんて、恥ずかしくて情けなくて、絶対に出来ない。自分がいては邪魔だと言われて尚且つ皆の後に付いていける筈もな
い。なによりもクラウドのあの軽蔑するような瞳に耐えられない。
「でも、お金・・・あるかな・・・・・・」
エアリスはポケットの中をまさぐった。しかしでてきたものはわずかに10ギル。しかもクラウドにワンピースを買ってもらったときのおつりだ。
たった10ギルぽっちじゃどこにも泊まれない。
エアリスはあの時クラウドの言うことを聞いて非難エリアに行っとけば良かったと思った。でも今更遅い。
お金は無くてもこれからは一人で行くしかない。
でも誰も恨んでなんかいない。だって他でもない自分が悪いんだから。
でも・・・・・・
エアリスは涙をごしごしと拭くと誰も見てやいないのに、いつも通り笑って見せた。
お金が無いから今日中にジュノンを出なくてはいけない。
だからその前に謝っておこう・・・・・・。
ごめんなさい、って
大好きなクラウドに・・・・・・。
部屋にはティファはいなかった。エアリスは5ギルで買った小さなバッグに残りのお金で買った携帯食料とちっちゃなペットボトルの水を入れた。レディーのた
しなみとして櫛もホテルの備え付けから失敬。
あとは自分のもので入れられるものは何でも入れた。ハンカチやリップも忘れない。
クラウドの部屋に行く前にもう一度鏡をチェック。
涙が乾いていることを確認して、スマイルの練習。
「よし、完璧!」
長いコートを羽織って部屋を出る。向かう先はクラウドの部屋。さっき外から見たら明かりがついていたからクラウドはまだ部屋にいるはずだ。
部屋の前で大きく深呼吸してからドアをノックする。
「クラウド、いる?」
ドアの向こうに話しかける。
返事は無い。
「入るよ・・・」
エアリスはそっとノブを回して部屋の中に入った。自分と同じレイアウトの部屋。その奥にあるベッドにクラウドはいた。クラウドと目が合う。
「なんだ?」
クラウドが相変わらずの冷めた目つきでエアリスを見てくる。
初対面の人と話しているかのような虚勢が何だか悲しい。まるで自分との関わりが一切無かった・・・とでも言われているようで。
エアリスはおずおずとクラウドに近づいた。
途端に恐ろしくなる自分を押し殺して口を開く。
「あのね・・・・・・その・・・私・・・」
小さなバッグを後ろに隠す。
大丈夫、言える。
「え・・・っと、これから私、独りで行くね!」
クラウドの瞳が一瞬だけ細くなった気がした。
「そうか」
あっさりと言われた。ああ、やっぱり・・・
「うん!それで・・・ね、えっと・・・今日はごめんね。でも、もう迷惑かけないから・・・」
そう言ってにこりと笑う。
「今から行くのか・・・?」
クラウドにまた睨まれた様な気がした。早く行けってせかされているのかもしれない。
「うん!お金・・・無いから、暗くなっちゃう前に早く行かなきゃ・・・」
ぺろりと舌を出す。
「え〜っと・・・その・・・今まで有難うございました!」
それだけ言うのがもう限界だった。大袈裟に一度お辞儀をするとエアリスは逃げるようにして部屋を後にした。最後はクラウドの顔もまともに見ることが出来な
かった。
閉じられたドアを隔てたところでエアリスは堪らず泣き崩れた。その声をクラウドに聞いて欲しくなくってエアリスは格好悪いのを承知で走ってその場から去っ
た。
正面ゲートへと走り急ぐ間にティファとすれ違った。
でもティファにはエアリスを引き止めることが出来なかった。
あっという間にエアリスは人ごみに紛れてしまって、姿を認める事がもうできなかった。
クラウドはエアリスの出て行ったドアを見据えていた。
そして一人呟いた。
「馬鹿やろ・・・・・・・」
エアリスは人が見ていることを忘れ、大泣きしながら正面ゲートを抜けた。
正面ゲートを抜けた後、道も分からないのに闇雲に走る。
何回も何回も転んでその度に立ち上がって、ジュノンを振り返らないように
一目散に走って、走って、走って・・・・・・
疲れてしまって、それでも歩いて。とうとうジュノンは見えなくなってしまって、それで・・・・・・・・・・・エアリスはずっと泣いていた。その場にしゃが
みこんで泣いていた。
そして、泣きつかれ、涙も枯れるとエアリスは再び歩き出した。
転んで擦り剥いた膝にケアルをかける。でもどれだけ傷は治っても、『ケアル』は傷ついた心までは癒してくれなかった。
足なんかよりも、ずっと、ずっと心のほうが痛い。
クラウドに嫌われてしまったということが、こんなに辛い。
そのクラウドから逃げるようにジュノンを後にした自分をクラウドはまた、軽蔑しているのだろうか?
それとも少しぐらいは心配してくれていたりするのだろうか・・・。
でもどちらにしても自分にはもう関係の無いことだ。
もうクラウドの迷惑にならないことが、せめてもの救いだ。
クラウドと一緒に買い物をしに行ったのがもう何年も昔のような気がした。
何で一日でこんなに落ちたんだろう。
クラウドが最後に買ってくれたワンピースも泥が付いてしまっていた。新品だなんて思えない。
出る前までは整えていた髪もくしゃくしゃだった。
おまけにただ今の全財産はこの安っぽい小さなかばんだけ。
どこに行くでもなくウロウロしている。他人から見たら自分はどれだけ滑稽に見えるんだろう。こんな薄汚い格好で平然と歩き回っているだなんて今が夜だから
出来るのだ。
太陽が昇ったら自分はどれだけ惨めなんだろう。
そんなことを考えていたらまた涙が込上げてきて、エアリスは泣かない様に下唇をぎり、とかみ締めた。
「大丈夫仕方ないよ。自分が悪いんでしょ、泣いちゃだめ・・・・・・!」
いつまでも甘えていたからクラウドに愛想を付かされたのだ。
このうえ自分に甘くしたところで構ってくれる人なんかいやしない。
クラウドみたいに自分に何でも良くしてくれる人なんてもういない。
しっかりしなくては。とりあえず、一晩明かせる場所を探さなくては。
もう、疲れてとっくのとうに眠いけれど、こんな所で寝ているわけには行かない。
どこかいい所はないだろうか・・・・・・?
帰ってこない、エアリスが。
クラウドは自室で今にもエアリスを探しに飛び出していきそうな自分を必死に押さえつけていた。
ここでまた甘やかしたら一体何の意味があるだろうか?
前々からクラウドはエアリスを嗜める必要性を感じていた。
あまりにも奔放すぎて、可愛らしいのと同時に、見ている側をイラつかせることがエアリスには有る。
今回だってちっとも自分の言うことを聞かなかった。あのときは自分だって頭に血が上っていた。でも、決して言い過ぎたとは思っていなかった。
あれぐらいのこと、ティファにだって何回も言ってきた。クラウドは『嗜める』とき相手の悪いところをいかに明確に理解させるか、というところに重点を置い
ていた。
やさしく諭したところで、欠点が直るわけでもなかったし、スラムではそれが普通だった。スポーツの名監督が選手を叱り飛ばして伸ばす、あれと一緒だ。
だから、いつもみたいに泣いてエアリスが謝りに来るものかと思っていた。
エアリスが嫌いになったわけではない。当然あるべき事として怒っただけだったのに。
なのに、エアリスは帰ってこない。力なくへたりと座り込んだとき、エアリスが相当ショックを受けたことはクラウドにだって分かった。でも、あそこでやさし
く抱き締めてやればいいかというと、そうでもないと思う。
でも、今考えればもっとましなやり方があったかもしれない。
エアリスはスラムなんかには似ても似つかない、純粋培養のお穣ちゃんで、いささかナイーブすぎる。
こんなことになるなんて思ってもいなかった――――――
そんなときにエアリスはひょっこりと部屋に現れた。
ぱっと見、思ったよりも落ち着いているように見えた。
でも、ほっとしたのもつかの間。次のエアリスの一声はクラウドを怒らせるのに十分だった。
―――一人で行くだと・・・!?
今まで自分が守ってきてあげたのに、エアリスは何を考えているんだろう?
エアリスみたいなやつがひょこひょこ出て行ってどうにかなるってものじゃない。考えが浅はかなのにも程がある。エアリス一人では何も出来ないのはさっきの
一件で証明済みだ。それがエアリスにも分からないはずはない!
「今から行くのか?」
咄嗟に隠したバッグの小さいこと。だいたい何が入っているかは予想が出来る。
ジュノンから一番近い村まで何日かかると思っているのだろうか?
エアリスはにこにこ笑っている。無理して笑っている。
甘えんぼのくせに、できもしないのに一人で行こうとしている。
泣いて部屋を出て行った。呼び止めるのも何だか億劫な気がした。我がままを通すなら通せばいい。どうなっても俺は知らない。
クラウドは考えるのも面倒くさいとでもいうかのように、ベッドに身を投げ出した。
―――好きにすればいいさ
愛想が尽きた。俺は我がまま姫の従者じゃないんだ。
硬く握り締めた拳はクラウドの意に反してじっとりと汗ばんでいた。
「この辺でいっかな・・・・・・」
エアリスはひときわ大きな木の下に腰を下ろした。もう辺りは真っ暗でとてもではないが歩けるような状況ではなかった。日頃の運動不足が災いしたのか足ぱん
ぱんにむくんでしまっていて、痛みが酷かった。
「ふぇ・・・明日歩けるかな・・・」
足をだらんと伸ばして体を草の上に投げ出す。若干熱を持った体に冷たい草の感触が心地よかった。
体はもう言うことを聞いてくれないほど疲れてしまって、何か食べようとだとか、何か飲もうとかそんな事は毛頭にも思わなかった。いい節約になるかもしれな
い。
ツインに巻いた栗色の髪をほどく。涼やかな風に栗色の髪がなびいた。
夜空に光る満点の星をクラウドと見たいと、エアリスは無邪気に思った。
「クラウドおやすみ」
居もしないクラウドにエアリスはいつもの通り微笑みかけた。
それだけ言うと何だかどうしようもなく眠くなってきて、エアリスはクラウドを思いながら眠りについた。
次に目覚めたのは、まだ太陽も昇りきらない明け方のことだった。
顔にだれかの吐息を感じる。覚めきれない頭が一瞬だけ自分がクラウドの隣にいるのだと錯覚させた。
安心してエアリスはもう一度眠りに付こうとした。
クラウドがいるなら問題なんかない・・・・・・・・・・。
―――あれ?
なんか違う・・・?
エアリスは驚いて目を開けた。
飛び起きようとした体を無理矢理押さえつけられてエアリスは痛みに一瞬、悲鳴を上げた。
「へへっ、こんなところで女に会えるとは思っていなかったぜ」
うえの方から、頭の無さそうな下品な男の声が聞こえた。そこで初めてエアリスは自分が複数の男たちに取り囲まれていることを悟った。
「やだっ・・・だ・・・誰か・・・!」
「たっけ〜声!ほら、もっと叫んでみろよ!!」
エアリスの怯えきった声が飢えた猛獣のような男たちを刺激する。
「それにしても、いい女だな。こんなに可愛いの、初めて見たぜ」
エアリスを取り囲んでいた三人のうちの一人が嫌らしい目つきでエアリスを見る。
体中を舐めまわされている様で、エアリスは心底気分が悪かった。
咄嗟に自分の上にのしかかる様に被さっていた男の頬を爪で引っかくと、エアリスはこの場から逃げたい一心で、思うように動かない足で走り出した。
焦ってしまうほどにもつれる足。男たちが奇声を上げながら追いかけてくる。明らかに面白がっているのだ。
「きゃっ!」
エアリスは石に躓いて転んでしまった。その周りを男たちが取り囲む。
「ほらほらいいのかな、逃げなくて?」
「やっちゃうよ〜ん。つかまえちゃうよ〜ん」
口々に好きなことを言いながら男たちが近づいてくる。卑劣だ。
一人の男がエアリスの体を押さえつけ地面に引きずり倒した。
その上に馬乗りになる。
「やだ!止めて!」
エアリスは力の限り叫んだ。しかし男たちには効果などあるわけがない。
逆に顔を思いっきり殴られてしまった。
「ああっ!きたね〜ぞ!!ぬけがけすんな!!!」
「な〜に言ってんだよ?全員でいっぺんに味わっちゃえばいいじゃね〜か!」
「じゃ、俺が『前のほう』な!」
「!!」
―――やだ・・・っ、この人たち私のこと犯すつもりなんだ・・・!
エアリスは押さえられていないほうの手で男を押し返そうとした。
しかしその抵抗さえも男たちの興奮剤の一つに過ぎなかった。
「お!まだ、この女抵抗してやがるぜ!」
「ほら!もっと叫んでみろよ!!『やだ!私、処女なんです〜』!!」
「ぎゃははっははははっは!!!」
男たちの下品な笑い声がやたらに耳にさわった。
でも、エアリスにはどうすることもできなかった。
男たちの魔の手がエアリスの体に伸びてくる。ワンピースを強引に肩から脱がせられると、どこかの生地が破れた音がした。折角買ってもらったのにもう、使い
物にならなくなってしまった。
足を思いっきり開かせられ、その間に男が体を滑り込ませてきた。
エアリスには抗う術がなかった。
白い滑らかな肌に噛み付かれ、エアリスは苦痛に悲鳴を上げた。
形のよい胸をまさぐられ、三人がかりで遊ばれた。下半身に手が伸びてきたとき、エアリスはもう駄目だと思った。
泣き叫んだが、どうにもなりはしなかった。
―――クラウド、やっぱり私、ひとりじゃ駄目だったよ・・・
エアリスは体の力を抜いて抵抗を止めた。
涙が溢れる瞳を閉じて、その屈辱の瞬間を待つ。
男が、その『行為』をしようとした、まさにその時だった。
―――え・・・?
聞き間違いだろうか?
今、確かに銃声が聞こえたような気がした。そして聞き慣れた、銃弾が空気を裂き渡る音がスローモーションのようにエアリスの脳裏に響く。
それは後ろに立っていた男の左腕を貫いた。
「ぐわわわわわわっ!?」
男が情けない声を上げた。
「なんだ、どうしたよ!?」
「分からね〜よ!!腕が腕が〜〜〜!!!」
そして次の瞬間ぼぐっという酷く鈍い音がし、傍にいたもう一人の男を嫌と言うほど吹っ飛ばした。
最後の一人の体がふわりと浮き上がる。
首を片手で鷲づかみにされ、突き出された腕によって大の男が浮いているのだ。
「あひゃっ」と情けない声を出した後、首の骨を折られたらしくそのままぴくりとも動かなくなった。
他の二人も似たりよったりだった。突如現れた金髪の男は誰一人として容赦しなかった。
それをエアリスは壊れたような瞳で呆然と見守っていた。呆然、と言うよりももっと何か何処も見ていないような感じだった。
一通り三人の不埒な輩の処理を終えた男が近づいてくる。
自分のオフホワイトのトレンチコートを脱ぐと、さっとエアリスの傷ついた体にかけてくれた。
「エアリス・・・・・・・」
そっと名前を呼んでくれた。エアリスの焦点がしだいに目の前の男に合わされていく。男が頬を優しく撫でてくれたとき、エアリスはやっと目の前にいるのが誰
なのか分かった。
「クラ・・・ウ・・・ド・・・・・・?」
繋ぎ止めるかのように差し出した手をクラウドは優しく包んでくれた。
力入らずとも、その手をぎゅっと握り締める。
エアリスはそっと身を起した。トレンチコートがずれて彼女の美しい上半身が露になる。クラウドは一瞬ぎょっとしたが、何も考えていないのだろうと思って、
すぐにトレンチコートを掛け直してやった。
「クラウド・・・・・・私・・・・・・?」
「大丈夫だ。その・・・・・・・服は駄目になったけど・・・」
クラウドはちらりとエアリスの服に目をやった。胸のボタンは全てはじけ飛んでいて、肩紐から脇の部分にかけて深々と裂け目が入っていた。それを見るともは
や存在すらしていない男たちに再び、殺しても殺したりないぐらいの怒りをクラウドは感じた。
ふと目をエアリスに戻すと、ショックでろくに口も聞けない状態のエアリスが、やはり未だに自分が裸だということに気づいていないのか、それでも散らばった
服や下着を拾おうともぞもぞと動いていた。
それを慌ててクラウドが止めてやる。またトレンチコートがずり落ちそうになっていた。
艶かしい体を見ないようにしてクラウドはエアリスの体を抱き起こした。視界に入る前にトレンチコートの前をあわせてやる。そのままぎゅっと抱き締めた。
エアリスがクラウドの腕の中で少し身じろいだ。ぐったりとしていた体が次第に小刻みに震え始める。その瞳からは絶えようのない涙がまたあふれ出してきた。
「エアリス、大丈夫だ」
クラウドが優しく背中を擦ってやる。意識がしっかりしていくのに伴い、あのときの恐怖と恥辱がエアリスを苦しめ始める。
恥ずかしくって堪らなかった。見て欲しくなかった、あんな自分。クラウドに抱き締められていることさえ拒否反応が起きそうだった。
「見ないで・・・・・・こんなところ・・・・・・見ないで・・・・・・」
「エアリス」
「恥ずかしいよ・・・・・・私が犯されているの・・・・・・・見られただなんて・・・・・・・」
誰かの目の前で辱めを受けただなんて、死にも勝る屈辱だった。
「いやだよ・・・・・・こんなの・・・こんなの・・・・・・酷いよ・・・」
エアリスが赤剥けした胸をぎゅっと押さえた。誰にも汚されたことなんてなかった。
自分がエアリスを一人で行かせなければこんなことにはならなかったのに・・・!
クラウドはそう思い、エアリスを抱き締める腕にさらに力を込めた。
「ごめん・・・・・・俺が・・・全部・・・・・・悪い・・・。あんたがこんな目にあったのも俺の・・・・・・せいだ・・・・・・」
クラウドは心のそこからそう思った。自分のせいでエアリスが屈従を強いられただなんて、自分にとっても身を削られるぐらい辛かった。
もう二度とこんな目にはあわせない。
クラウドはエアリスの肩に手を回しながらそっとエアリスの体を横たえた。涙で濡れた頬を優しく撫で触れるだけのキスをする。エアリスがぎゅっとクラウドの
服を握った。
トレンチコートのあわせが取れたが、クラウドもエアリスもそんなこともう気にしなかった。
覆いかぶさるように抱き締めた。触れ合う肌から互いの体温が伝わってくる。
それだけでエアリスは慰められた。エアリスはクラウドの耳元で問う。
「ねえクラウド・・・・・・。許して・・・・・・くれるの・・・?」
「最初から・・・・・・怒っちゃいないさ・・・」
そう、少なくともクラウドにはもうエアリスを退ける理由なんて無かった。
「そっか・・・・・・じゃあ、罰だったのかな・・・神様が私に・・・クラウドを困らせちゃった罰・・・・・・」
「だったら俺も一緒だ。エアリスが傷付けられるのが、こんなに辛いだなんて思ってなかった・・・・・・」
クラウドにしてはくさいセリフを聞いてエアリスがくすくす笑い出した。
「なんだよ」とクラウドが憤慨して見せるものの、効果なんてなく、逆にエアリスはクラウドにごろごろと甘えだした。
トレンチコート一枚でそんなことをされては困る、とクラウドはエアリスの体を押し戻す。いつも通りのエアリス相手では、こっちの理性のほうが危ない。
「それよりも早く服を着てくれ・・・・・・ジャケットのボタン、全部とめろよ」
言うなりクラウドはエアリスの顔にワンピースをばふっとかけた。
エアリスはやっと自分の状況に気づいたのか、顔を真っ赤にするとクラウドの大きなトレンチコートを頭まで引き上げる。
「見ないで」なんて勝手なこと言いながら。
「いい?絶対こっち向いちゃ駄目だよ!見た瞬間にトードかけるからね!」
「トード?何だ、そりゃ・・・」
「蛙にしちゃうからね!か・え・る!」
本来星の守護者であるはずの一族になんでそんな冗談めいた力が備わっているのか、全くもって謎である。
「はいはい・・・」
「絶対だからね!!」
いまいち信用できないクラウドにエアリスは念を押した。あえてエアリスはクラウドのほうを向いて着替える。気配をいとも簡単に消すことの出来るクラウドの
なら約束を破ってこっそり覗くことも可能だ。そうなったら何されるか分かったものではない。
クラウドの背中をずっと睨みつけながらエアリスは着替えた。
その視線をひしひしと感じつつクラウドは苦笑した。
「別に覗きは趣味じゃない」
「信用できないわね・・・」
クラウドがエアリスを連れてザックスたちの待つジュノンに付いたとき、日はとっくのとうに傾いていた。
エアリスは身体的疲労と精神的疲労の両方からろくに歩ける状況ではなかった。
暫くエアリスの手を引いて歩いていたクラウドだったが、辛そうな表情ををしながらも必死に歩くエアリスが可哀想になって、甘やかしているとはしりつつも、
「おんぶ」してジュノンまで連れ帰ってきた。
ホテルに着いたクラウドとエアリスを真っ先に出迎えたのはいつから待っていたのか、ロビーに入るなり突進するように飛びついてきたティファだった。
大きく広げられた両腕はクラウドをあっさりとスルーしてエアリスの首に巻きついた。
「エアリス―――!」
あまりにも勢いよく飛びつかれて、エアリスはそのまま勢いで後ろに倒れそうになる。それをこっそりクラウドが支えた。
「馬鹿馬鹿ッ!何で一人で行っちゃうのよーー!」
「ティファ・・・・・・」
ティファは泣きそうだった。よほどエアリスのことが心配だったのだろう。それを思うとエアリスは胸のうちに何か温かいものが灯ったのを感じた。
「ありがとう・・・・・・ティファ・・・・・・」
それを言ったらほっとしてしまって何だか逆にエアリスまで泣きそうになってきた。ティファの背中に手を回してぎゅっと抱き締める。
「やっぱり私、みんなの後に付いていきたいな・・・・・・一人じゃ何にも出来ないんだもん・・・。・・・・・・駄目かな・・・・・・?」
ティファはエアリスの頭をぽかりと叩いた。
「何言ってるのよ?クラウドの馬鹿に何言われたのか知らないけどね、そんなこと言う奴がいたら、私がぶっ飛ばしてやるから!!」
ティファが自慢のグローブを翳して笑った。あまりにも豪快な笑い方にはなんだかほっとさせられる。こういう強気な彼女だからこそ、スラムの実力社会で逞し
く生きていけたのかもしれない。自分には無理だと、エアリスはこっそり思った。
「あら・・・・・・・エアリス、あなたそのワンピース・・・・・・」
ティファがエアリスの引きちぎられたワンピースに目をつけた。隠すにはあまりにも目立ちすぎている。このホテルに着くまでにエアリスの体をいやらしい目つ
きで見てきた輩をクラウドは既に三人殴り飛ばしてきた。
「ああ、これね・・・・・・分かるでしょ、でも本当にぎりぎりのところでクラウドが来てくれて・・・」
エアリスはふっとクラウドに微笑みかけた。その様子を見ていたティファがクラウドを肘で小突く。クラウドは照れくさそうにそっぽを向いた。
エアリスのワンピースは雑巾になる以外、もう使い道がなかった。
「まだ、明るいわね・・・・・・、じゃ、エアリス、私がもう一枚同じのを買ってきてあげる!」
ティファがエアリスに提案した。確認を取るようにクラウドに頷いてみせる。
「そうだな・・・じゃ、頼むよ。あとそれに似合う靴も買ってきて欲しい」
了解、とティファが親指を立てて見せた。
さっそく買い物をしにいこうと意気込むティファをエアリスが呼び止めた。こっちに来て、とティファを手招きする。
「クラウド、ちょっとあっち行ってて」
クラウドが渋々向こうの壁までいったのを確認するとエアリスは小さな声で話し出した。
「あのね、ティファ。私の下着ね、もう使えなくなちゃったの・・・・・・」
ティファの耳元で恥ずかしそうにエアリスが言った。
ティファが任せて!とウインクした。
「とーっても可愛いの買ってきてあげる!」
「ええ!?ふ・・・普通のでいいよ」
ティファの趣味で選ばれたら、きっと度派手なものを買ってくるに違いない。
さすがにそれはちょっと嫌だ。いや、絶対に嫌だ。
「分かったわよ・・・・・・。他にほしい物は・・・?」
当てが外れたティファが問うた。
「えーっとね・・・あのね・・・香水、欲しいの」
エアリスが胸の前で両の人差し指を合わせながらもじもじして言った。
あまりにも突拍子すぎる言葉にティファは瞬間、目を丸くした。
「香水・・・・・・エアリスが・・・・・・?」
お化粧の一つもしていないエアリスがそんなことを言い出したのは何だか不思議だった。
「うん。あのねちょっぴり大人っぽい香りのがいいの・・・・・・」
恥ずかしそうに言うエアリスの意図をティファは持ち前の感の良さで見抜いた。
顎に手を当てて、こくこくと頷く。
「なるほど、なるほど・・・・・・。そういう事ならこのティファちゃんに任せておきなさい!エアリスにぴったりのいい香水、見つけてきてあげるから!」
「有難う、ティファ」
そうして二人して顔を見合わせて笑う。その様子をクラウドは面白く無さそうに見ていた。エアリスが恥ずかしそうに笑っているのも気になる。
「もう、いいか?」
憮然とした声でクラウドは言った。
その声にはっとしたのかティファが意味ありげなウインクをエアリスに投げかけ、「言ってくる」と一言言った。
「あ、私の荷物ザックスの部屋に移動させて置いたから、どうぞ二人でごゆっくりー」
手をひらひらさせてティファが言う。口調にどこかからかっている調子が含まれていた。まあ、クラウドも言われなくてもそうするつもりだったのだが。
「エアリス、何を話してたんだ・・・?」
クラウドがエアリスに聞いた。
「聞かれて答えるぐらいなら最初から、あっちに行って貰わなかったわよ」
もっともな回答だが、クラウドは怒ったようにエアリスをじろりと睨んだ。
そんなクラウドには構いもせず、エアリスはぱっとクラウドから鍵を奪うと、一人でさっさと部屋に行こうとする。
クラウドも、すぐに後を追った。
「あー、さっぱり!」
バスローブ一枚の姿で、エアリスはベッドにダイブした。まっさらなシーツがとても懐かしいように思う。実際ここ一週間ぐらい硬い硬い車のシートの上で寝て
いたものだから、喜びもひとしおだった。
ふと、ベッドが生暖かいことに気づく。クラウドが居ない。
「クラウド・・・・・・」
エアリスは恐々とクラウドの名前を呼んだ。そんな事は無いと判っているはずなのに、まるで置いてけぼりにされたような孤独感を覚える。広い部屋に一人、と
いうことも彼女を過度に寂しがらせるには十分だった。
熱で火照った頭に朝の出来事がありありと思い出され、エアリスは全身の血液が一瞬にして下に下がって行くのを感じた。
言いようのない恐怖感から、エアリスはベッドの中にもぞもぞと潜り込んだ。
布団で頭をすっぽり隠し、体を縮こまらせて恐ろしい気持ちを何とか和らげようと躍起になる。
もう治ったはずなのに押さえつけられたときにできた傷がじくじくと痛み出す。
気のせいなのに、何だかまるで体全体をそうして締め付けられているようで、エアリスは心底恐かった。今にも、横にある窓を破ってあの男たちが再び目の前に
現れるのではないかと、そう思うほどに恐かった。
「クラウド・・・・・・」
心の傷未だ癒えない自分をエアリスは呪った。あんなことはもう忘れろと自分自身に言い聞かすかのように何度も何度も頭の中でクラウドの名を復唱する。
そうすると不思議と心は落ち着いた。エアリスにとって、クラウドはピンチのときにいつだって駆けつけてくれるヒーローだった。
クラウドと初めて会った時は、それこそ鬼か悪鬼のように思っていた。見たこともない拳銃を振り回し、依頼一つで誰かの命をいとも容易く奪う。
そのクラウドが何で自分の命を容赦してくれたのか、今でも分からない。
でも、彼は自分に優しくしてくれた。不器用に、不器用に・・・・・・。
エアリスにとってクラウドは何でも頼れるお兄さん的な位置づけだった。
自分より年上で物知りで、スラムのつわものの中でも随一の強さを誇り、なおかつ格好いい。不言実行という言葉をそのまま体現したかのような男だった。
エアリスはすぐに彼のことが好きになった。彼が夜な夜な家を出て行く理由を知ってもなお、好きだった。
「自分の我がままを聞いてくれる」彼が大好きだった。だって彼さえ傍にいてくれれば、スラムの荒くれ者も、神羅カンパニーも、何だって恐いものはないんだ
から。
なのにいつからだろう・・・・・・?好きが「好き」に変わったのは。
本気で好きになったのは、いつからだろう・・・・・・。
いつでもそっけない態度を崩さなかった彼が「エアリス」と名前を呼んでくれるようになったのはいつからだっただろう・・・・・・?
彼が自分の料理を褒めてくれるようになったのはいつだっただろう・・・・・・?
クラウドのことばっかり考えるようになったのは――――――?
クラウドとはじめてキスをしてからもう、一ヶ月近くたつ。
あのときのクラウドは恐かった。いつもの彼じゃなかった。でも、自分が倒れたときに「大丈夫だ」と言って抱き締めてくれたのは嬉しかった。
もう一回言って欲しい。耳元で「「俺がいる」って言ってほしい。
たぶん恥ずかしがってなかなか言ってくれないだろうけど・・・。
・ ・・わざと倒れてみようか?
「エアリス・・・・・・?」
声がして、エアリスは布団を目元まで下げた。碧の瞳に自分を心配そうに見つめる青の瞳が映った。覗き込まれて、彼の洗ったばっかりのさらさらの金髪が頬か
すめた。
「クラウド何処に行ってたの」
「風呂。下にでかいのあるから」
どうやらクラウドは自分が風呂場を長々と占領している間に、さっさと見切りをつけて下の大浴場を使っていたようだ。そこのほうが設備が豪華で開放的なのだ
が、エアリスはあえて備え付けの風呂を使っていた。あんまり、他の人と入るのは好きではないのだ。
「エアリス、もう寝るのか?」
「うん。疲れちゃったし・・・」
なんて言ったって昨日、今日といろいろあり過ぎた。まだ10:00だが、これ以上起きているのはエアリスには無理だった。瞼が実に重たそうに上下している
のをクラウドは苦笑しながら見ていた。
「ティファが帰ってきたよ。ほら・・・・・・」
言うなり、ティファの戦利品が入ったビニール袋をエアリスの目の前に突き出した。いっぱい入っていて袋の紐がなんだか重みで千切れそうだった。
「ありがとう・・・・・・」
エアリスは眠い目をこすってその袋を受け取った。だれもがそうするように、袋の中を覗く。が、入っていたものを見てエアリスは愕然とした。
「なによ、これ・・・・・・」
ティファはこんなものばかり身に着けているのだろうか・・・。
いや、普通のを選んでくれると言ったはずだ。ならば彼女はもっと凄まじいのを好んで買っているのだろうか・・・・・・?エアリスは目眩がした。
それを見てクラウドが不思議そうな顔をする。当然のごとく「何が入っているんだ」と聞いてきた。
が、答えられるような生温いものではない。これは立派に「勝負なんたらかんたら」の類に含まれるのではないだろうか・・・・・・?
「ティファが選んでくれたのよ。・・・分かるでしょう?」
エアリスが力なく言った。クラウドは暫し考えると、昔の記憶―――ザックスが言っていたこと―――を思い出したのか、溜息を付く。
「ティファに頼むなよ・・・・・・」
「仕方ないもん。明日着るものがなくても困っちゃうし・・・・・・・」
諦めるようにうつむいたエアリスにクラウドはポケットから何か取り出して渡した。
艶かしい薄紅色の液体が入った、小さな小瓶。
エアリスはそれを奪うように手に取った。
「それ・・・・・・香水か・・・?」
聞くクラウドをあまり相手にせず、エアリスはその小瓶の蓋を開けて、香りをかいだ。バラの香りがする大人っぽい香水だ。
「うーん。こういうの選ぶんだったらぴか一なのになァ・・・・・・」
エアリスがぼやいた。
「何で香水なんだ・・・・・・?」
クラウドが生乾きの髪をわしわしと乱暴にタオルで拭きながら、聞いた。
薄く笑いながらエアリスは中の液体を手の甲につけた。それをクラウドの鼻元まで持っていく。
クラウドがなれない香りにわずかに顔をしかめた。
「そんな顔しないで。とってもいい匂いでしょう・・・・・・?」
エアリスは手を引っ込めてクラウドに甘く笑いかけた。
いつもの愛らしい笑い方とは何かが違う。わざと意識しているようだった。
「どうしたんだ・・・・・・?」
「大人っぽく見えるでしょう・・・・・・?」
エアリスは見てくれから始めるつもりなのだろうか・・・?クラウドは浅はかと言うにはあまりにも無邪気すぎるエアリスに微笑みかけた。
「寝るぞ」
クラウドは頭をかくと、ゆだった体をエアリスの隣に滑り込ませた。エアリスがぴったりとクラウドに寄り添う。
「さそってるのか・・・?」
クラウドが意地が悪そうに言った。エアリスが「まだ言っている」と呆れた顔でクラウドを睨む。
当てが外れたクラウドがつまらなさそうに鼻を鳴らした。
――――――明日は南へ行く。
続く