Cold heart-ed V エアリス

Cold heart-ed

V エアリス






「不味〜〜〜〜い」

その男が持ってきた「それ」はひどく粗悪な一品だった。
見た目は黄土色の固形物体。(この時点で既に食べ物の域を脱している)
頬張ってみればヒンヤリ冷たく、粘土をかじったみたいな歯ざわり。
味は彼女に言わせれば、ヨードチンキと(飲んだのか?)プロテインとゼラチンの粉を混ぜた感じがするらしい。

ゼラチンの粉って吐き出したくなるくらい不味い。

こんなの渡されない方がマシである。
「今はそれしかないんだ、我慢しろ。」
「・・・・・・・・・・・」
食べ物に文句は言えてもクラウドには文句は言えないエアリス。

怒らせたら何されるか分からないもんね・・・。

どんなに顔がきれいでも相手は殺し屋。話しかけられただけで血の気が引く思いがする。
                      、、、、、、、 
私、これからどうなっちゃうんだろ・・・。あの時逃げなかった方が良かったかな?
そんなことがふと、頭に浮かんだが、すぐにそんなことは無いと頭を振る。

そうよ、もしかしたらここにいた方が安全かもしれない。私は一応あの男の秘密を握っているわけだし、あいつらがここに来ても重要証拠保持者(?)の私を 守ってくれるかもしれないじゃない?そうよ、ここにいた方が安全なんだわ
・・・・・・きっと。

いろいろ勝手に解釈して、自分を納得させようとするエアリス。
気が付くと、目の前にいる男が壁に寄りかかって眠っていた。

この真昼間に?エアリスは思う。しかし、よく考えてみれば、彼の出勤時間は夜も遅くなってから。きっと今頃が彼にとっての「夜」なのだろう。自分の監視で 忙しかったのか、疲れきった顔をして眠っている。捕虜の自分をほったらかして眠っているなんて、随分となめられたものだ。

「もう・・・!」

しんと静まりかえった部屋で、エアリスは感慨にふけっていた。
人間って分からないものよね・・・。            ・・
こんなに綺麗な青年が殺し屋なのだから・・・。まあ他人から見れば、自分だって相当不思議な生き物に見えるだろう。



彼女、エアリス・ゲインズブールは正真正銘の魔法使いの末裔だった。

遥か昔、この地に住みついた者達は非常に高い技術力と、そして自然の力
(当時はライフストリームとよばれていた)を自由に扱う能力とをもって、この地を支配していた。人々は互いに助け合い励ましあい、日々協力して生活してい た。
・・・そして文明は頂点を極めた。
しかし、いつの時代でもそうなのだろうが、ライフストリームを独占したがる輩が現れる。彼らはライフストリームが与える強力な力を必要以上に求め、体に取 り込み・・・・・・そして自我を失っていった。濃縮されたライフストリームは彼らの制御できる域を超え、肉体を蝕みモンスターへと変えていく。(これらは ジェノバとよばれていた)
そして彼らは元同胞であったであろう、その地の人々に「力」を与えた。






・・・そして人々はその地からいなくなった。
何故だかは分からない。でも言える事は、彼らが星にとって忌むべき存在となった事だけだ。所詮人は星の守護から離れて生きていけないのだ。そのことにきず いた時には全てが遅く、こうして頂点を極めた文明はもろくも崩れ去ったのだ。それさえも知っているのは今やエアリス唯一人。

彼女の先祖は遥か昔の「賢者」と言われる存在だった。人々の長として星と語り合い、ライフストリームの流れを自在に操る。代々、善良で温和な気質を持ち、 いつの時代も人々から愛された。そんな星から愛された一族は星の異変をもっとも早く感じ取り、人々にライフストリームの乱用を止めるようにと諭した。しか し、「力」に溺れていた人々は聞く耳を持たず、あろう事か一族の長を罠にかけて殺したのだ。             
                         、、、
言い伝えによれば、星はその一族の生き残りの者たちを隠したと言われている。どの様にかは分からない。唯、彼らは生き残ったのだ。しかしその一族さえも残 すは彼女だけになってしまった。そしてライフストリームの力を実際に引き出して意のままに操ることができるのも、もはや彼女だけなのだ。いわゆる「魔力」 があるわけでは無いのだが、はたから見れば、いきなり空間から何かを出現させているように見えるわけで・・・・だから彼女は「魔法使い」なのだ。この話は この辺で終わらせておく。当の昔に滅んだものたちなど、今の文明から見れば単なるおとぎ話に過ぎないのだから・・・。


彼女は幼いときに両親を亡くしてしまった。しかし、ライフストリームを導く術は少しなら知っていたし、必要なことは全て星が教えてくれるのだ。
争いを好まない優しい性格が影響したのか、彼女は「癒し」の力を使うことが得意だった。転んだ子供の怪我を治したり、腕を骨折したお婆さんをあっという間 に完治させたりしていた。

暖かい村の人々は不思議な力を使うエアリスを排他的な目で見ることはなく、彼女は村一番の人気者だった。お姉ちゃんとして子供たちから慕われ、老人たちか らは娘のように可愛がられ、その優しさと美貌から、同性からは尊敬の眼差しで、異性からは憧れの眼差しで見られていた。

しかしそんな彼女の幸せな生活は最近、終局を迎えることになったのだ。
誰もが一度は耳にしたことがあるであろう、軍事産業から始まった「新羅カンパニー」という大企業が彼女の特殊な能力に目をつけ、嫌がる彼女を半ばさらうよ うに連れてきたのだ。かくして、エアリスは花が咲き誇る美しい村を後にしたのだった。そして連れられてくる途中で当然のごとく逃げ出した彼女は、迷い込ん だ先で大変なものを見てしまい今に至るワケデアル。


「あ、眠っちゃた・・・。」
いろいろ考えている間にぐっすり眠ってしまったエアリス。ふと見上げるとまだ青年は眠っていた。
それにしても、なんてハンサムな青年だろう・・・。エアリスは思った。
村でもててる若者も、テレビで取り上げられるモデルだって、彼と比べれば見劣りする。まあ、エアリスにもいえる事なのだが・・・。
白い肌に、透き通る様な碧い瞳。ちょっと個性的な髪型がよく似合ってる金髪碧眼な彼。無駄な肉の付いてない体つきで、そのせいか一つ一つの動作が精錬され ている。
殺し屋だなんてやっぱり人は見かけによらない。殺し屋なんかじゃなくて、もっと普通に出会ってれば絶対アタックしてたのに。女の子だったら誰だってほしい だろう、ハンサムな彼・・・。

「なぁ〜んてやってる場合じゃないわよね・・・。」

生きるも、死ぬも全て彼の気分しだいだというのに、随分とお気楽なものである。今はこの状況を何とかして打開するか、もしくは改善するかしなくてはいけな いのだ。さてさてどうしよう?

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

とは言っても、所詮田舎育ちの小娘エアリス。愛らしいだけで、世間知らずな事この上なし。

「う〜ん、止めた止めた!深く考えてもしょうがないのよ、こういう事って!」
あまけに何だかお腹も空いてきた。
「お腹が減っては何とやら・・・よ」
何かないかと探してみたが、目の前にいる彼の宣言通り、あるのは不味い携帯食料だけ。

「こんなもの、絶対食べないんだから!」

言うが早く、エアリスは粗悪な「それ」を窓から外に投げ捨てた。
食べ物は粗末にしない主義のエアリスだったが、こんな物は食べ物じゃない、と信じるエアリス。目の前から「それ」が無くなっただけで、安堵感を覚えた。
しかし安心したのもつかの間。次の瞬間起きた光景に小さな悲鳴を上げる。

「きゃっ!?」

今しがた、自分が捨てたそれに向かって一人の老人が飛びついてきたのだ。
痩せてガリガリな老人は、あっという間にそれを拾い上げると、次の瞬間「それ」にわき目も振らずにしゃぶり付き、見る間に飲み込んでしまった。
驚きで言葉の出ないエアリス。

目が黄色く変色した老人はエアリスを目に留めると、口をパクパクさせながらふらふらした危なっかしい足取りで窓越しに近づいてくる・・・。
エアリスは言いようの無い恐怖に襲われた。

「ひっ!」

情けない声がのどを突いて出る。

しかし老人は気にする様子も無くエアリスに近づくと、重い口をゆっくりと開いた。

「何でもいいんです・・・。昨日の残りでも、何か・・・何か食べ物を下さい
・・・・」

そんな事を言われても・・・何にも無いのに。エアリスは思った。
自分のいる部屋が綺麗だったせいで、ここはてっきり市街地か何かと思い込んでいたのだ。まさか食べ物も買えない人がいるなんて・・・。
エアリスはその老人が不憫でならなくなった。でもこの人に何がしてあげられるんだろう?

しばらく媚びるような目でエアリスを見つめていた老人だったが、しばらくして焦点がずれたかと思うと、急に顔を恐怖で強張らせた。その目はエアリスを通り 越して、彼女の背後にいる・・・音も無く彼女のそばに佇む男を見つめていた。
エアリスは慌てて自分の背後にいる精悍な顔つきの男を見上げた。

「まだ、いたのか・・・。」

青年はどこの隠し持っていたのか一丁の拳銃を取り出すと、その腕をまっすぐ窓のほうへ・・・老人に向かって伸ばす。

「え・・・やだっ、やめて!」

老人は銃口の先が確かに自分に向けられたことを確認すると、脱兎のごとく逃げ出した。
しかし彼が逃げ切れないのを即座に察したエアリスは、とっさに男の腕にしがみついた。

「お願い、止めて〜!」

高い澄んだ声があたりに響き渡る。
それでも彼は表情一つ変えることなく、尚も老人を狙い続ける。
渾身の力で男の腕を引き戻そうとしても男の鍛え上げられた腕はビクともしない。

「早く逃げて〜〜〜!!!」

ありったけの声で叫んでみる。
男の気が変わるのを期待して・・・。





刹那―






耳をつんざく様な音がした。突如現れた風がエアリスの栗色の髪をなびかせる。



かすかに残る火薬の香りが、一つの命が消えたことを確かに物語っていた。















「うえっ・・・うえっ・・・・・・・。」

涙が止まらない。抱きしめて眠る枕が涙でぐっしょりになってしまった。
何で泣いているのか分からない。悲しいのか怖いのか、もしかしたらどっちもかもしれない。

先程の光景が瞼に焼き付いて離れない。
煙たい消炎の先に彼女が見たものは、頭から血を流して倒れる老人の姿だった。
倒れた場所に赤い染みが広がって・・・・・・・・・・・。

後は余り覚えていない。気づいたらベッドの上で泣いていた。
今でもありありと思い出されるのは、青年の横顔。終止凍りついたようにその
表情は硬かった。
彼が殺し屋であることを見せ付けられた瞬間だった。

自分を容赦してくれた彼なら、頼み込めば何とかなるかもしれない・・・・そんな甘い期待が心の片隅に有った様な気がする。
そしてとっさに「ストップ」も「スリープ」も使えなかった自分。
あのとき、自分が何か行動を起していれば事態は変わっていたかもしれない。

今更自分に何かをする力があったと思うのは、弱者である者の自惚れの様な気がして、エアリスは老人に対する申し訳なさと、自分に対する不甲斐無さで胸が一 杯になった。





まだ、涙は止まりそうにない・・・・・・。














続く