Cold heart-ed U 目が覚めたら

Cold heart-ed

U 目が覚めたら

  




   

     真っ白なキャンバスに絵の具を垂らすのは勇気がいる。
      一面の銀世界に足跡を残すのは何だか悪い気がする。

               

                カチリ




           トリガーが硬い音をたてる。




しかし、いつまでたっても一つの命の終わりを知らせるその音は聞こえてこない。静寂。あるものといえば、銃を額にあてがったまま微動だにしない男。ただ彼 の瞳は明らかに困惑していた。自分の今の思考が不可解でしょうがないのだ。



クラウドは想像していた。  今トリガーを引いたら?
とりあえず彼女の真っ白な額に醜い穴が開くだろう。それから?
火傷するだろう。当然ながら。もしかしたらもっと悲惨な事になるかもしれない。醜いものだろうな・・・たぶん。
 
そのとき女が少し身じろいだ。はっと、われに返る。

今、この娘の命は俺が握っている・・。生かすも死なすも俺の自由ではないか・・・・・・。そうだろ・・・?なら撃てばいい。いつもの通り。何を躊躇う?そ うだ、撃て。

しかし彼ががトリガーを引く気配は一向に無い。

・・・変な感じがする。理性と本能が混ざり合って自分の中をグルグル廻っている感じ。意識上の自分と無意識の自分が同時に命令を出している感じ。鍛え上げ られた判断力は見られたのだから殺せと言う。しかし、気持ちは美しいそれを壊したくないと言う。決していやらしい意味ではないのだが・・・。
自分でもどうしたら良いのかさっぱり分からない。優秀な殺し屋のあるまじき姿。
クラウドは自分でも気が付かないうちにトリガーを引く指を緩めた。もし目の前にいるのがちびでデブのハゲ親父だったら、とっくのとうにこの世にはいないだ ろうに。



何やってるんだ、俺?



全くもってそのとおりである。はっきり言って彼の行動は馬鹿としか言いようが無い。少なくとも同業者の間では。目撃者(しかも初対面)に見とれてしまった 上に、殺せないでいるのだから。



どうする?
彼の中の葛藤がピークに達しつつあった。





「おい、見つかったか!?」

「まだだ、と」

「くそ!こっちに来たはずなんだが・・・。」

「女一人では簡単には逃げられないぞ、と。まだ近くにいるぞ、と」

ずいぶんと焦った声と、これまたかなり癖のある喋り方の声がだんだん近づいてくる。

「ち、誰かきたな・・・!」

この場から逃げなくてはいけない。クラウドにとっては願ったりかなったりの展開だった。少なくとも彼女を殺さなければならない、という考えから一時的に逃 げることができる。それだけでも今は十分だ。しかし、それでも目撃者である彼女を放って置くわけにはいかない。一応は非常事態なのだ。声が近づいてくる。 急がねば・・・!

クラウドは二丁の銃を素早く懐に収めると、彼女の体を抱き上げた。そのまま廃屋の3メートルはあろう塀を飛び越える。

その後姿はあっという間に闇に溶け込んで見えなくなった・・・・・・。










「ん・・・・・・・?」
「どうした、レノ?」
「今、誰かいなかったか、と」
「何!?女か!?」
「さあな、と。それにしてももう遅いな・・・と」
「仕事はもう終わりか?」
「プロだからな、と」
「(職務怠慢だよな・・・これって・・・)」






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      真っ白なキャンバスに絵の具を垂らすのは勇気がいる。







     

      一面の銀世界に足跡を残すのは何だか悪い気がする。





    彼が彼女を撃たなかったのは、きっと・・・・・・そんな理由。























































薄汚れたスラムの中では珍しいややきれいな場所。それでいて場所的にあまり目立たない・・・彼の家はそんな街はずれにあった。
クラウドは静かに眠る彼女の顔を見ていた。きれいな娘だな・・・・・・とふと思う。

気を失っていてさえ美しいと思ってしまう。空気に溶け消えてしまいそうなくらい、きしゃで儚げなのに・・・どこか圧倒されるほどの存在感。
最高の職人が最も美しいものと思えるそれを創ってその場に置き忘れてきたような感じ・・・。そう思ってしまう自分が可笑しくてクラウドは自分自身に苦笑し た。







「ん・・・・・」
なんだか気分が悪い。
エアリスは自分の匂いのしないベッドの上で寝返りをうった。
「あれ・・・?ここどこ?」
周りを見渡せば知らない風景。
いっきに不安の海へと投げ出される。
「え・・・どうなってるの?」
エアリスはとっさにベッドから立ち上がると、その見慣れない部屋から出ようとした・・・・・・・・・・が、しかし

「きゃあ!?」

こけそうになったエアリスは何か違和感のある左手を見てビックリする。
「何?これっ手錠じゃない・・・!」
さすがに彼女にも状況が分かってきた。自分は拉致されたのだ。何者かによって・・・・・・。思い当たる節はある。昨日は思いっきり見てはいけないものを見 てしまった。

「私、どうなるんだろう・・・。」

半分泣きかけたそのとき、ドアがやや乱暴に開いた。
あわてて振り返る。



「目が覚めたか。」



そこには一人の青年が立っていた。年の頃は自分と同じぐらい。きれいな碧い瞳とつんつんした髪型が印象的で、おまけにとびきりハンサム。エアリスは一瞬自 分の立場を忘れて青年を眺めた。



「気分はどうだ・・・?」
青年が唐突に(かなりぶっきらぼうに)聞いてくる。
エアリスは回答に困ったが、とりあえず質問に答えた。
「うーん、良くもないし、悪くもないかな?」
「そうか」
・・・・彼は何が聞きたかったのだろう?
でもそんなことより。
「ね、なんで私ここにいるの・・・?」
当然の質問をしたつもりだったのだが、彼は困ったように肩をすくめた。暫く黙っていたのだが、やがてさも面倒くさそうに口を開き始めた。

「あんたに見られたから、拉致した。本当はその場で処分するつもりだったのだが、邪魔がはいってな・・・」

怖いことをさらりと言ってくれる。
エアリスは全身の血の気がひくのを感じた。

「じゃあ私を殺すのかしら・・・?」
クラウドは彼女の翡翠の瞳に見つめられて一瞬ドキリとしたが、そこはポーカーフェイスの見せ所。冷たい、冷めきった声で返す。
「さあな。とりあえず、逃げなければ殺しはしない。」

「え・・・」
「・・・?」
「今、殺さないの・・・?私見ちゃったんだよ・・・?その・・えと・・・」
「殺されたいのか?」
「ううん」
エアリスは音が鳴るくらい勢い良く首を左右に振った。
「じゃあおとなしく待ってろ。何か食べるもの持ってきてやる。」
そういうとクラウドはエアリスの手錠をはずし、何事も無かったかのように部屋を後にしようとした。
「え、ちょっと待って!」
「なんだ?」
「手錠はずしたら、私あなたがいない間に逃げちゃうかもよ・・・?」
「・・やめておけ。逃げればすぐ分かるし、このスラムであんたが俺から逃げおおせられるような場所は無い。死にたくなかったらおとなしくしていろ。」
それだけクラウドは言い放つと、エアリスの返事も聞かずにドアを閉めた。














   








                運命だとか





                何だとか



               
               ・・・・・・・





               信じてないけど





               ・・・・・・





               ・・・・・・・。










                       

続く