Cold heart-ed Ⅺ 疑惑

Cold heart-ed

Ⅺ 疑惑







神羅カンパニーはとにかく軍事産業で知れた会社だった。

一昔前の世界大戦のときその頭角を現し、その戦いの行く末を左右するほどの力を持って世界を牛耳った。


しかし権力者は確かな土台の上に更なる力を欲するものだ。

神羅カンパニーも例外ではない。

この会社は世界中から権威ある科学者や技術者を募り、多大なる資金を与え、自らの発展のために惜しみなく力を注いできた。



その矢先見つかった謎の古代生物。

それはその細胞の片鱗さえ捨てるには惜しいほど、莫大な力をその身に擁していた。


この力を使えば、電気供給がもっとスムーズに、もっと容易くできる。

……そのはずだった。


もっともっと強力な兵器が作れるはずだった。

……そうすれば全世界に対して絶対無比の力を行使できるはずだった。


しかしそれでは終わらない。


―――なんでこの生物は身体が半分しかないんだろう。

それは人間の単純かつ明快な疑問だった。


その謎を解き明かしてみたい。

完成体をこの目で見たい。


そう思うことは間違ってはいない。


誰もが持つ探究心。


それがそもそもの始まりだったのだろうか?

だがその探究心が頭をもたげた途端、別の考えが胸のうちに芽生える。


―――もしこれが半分ではなかったら、もっとすごい力を生むだろう……と。


そうすれば会社は安泰だ。

……ではどうすればいい?



この答えを見つけるのは容易い事ではなかった。

人々はその考えに心を捕らわれ、昼夜問わず頭をひねる。


切羽詰った研究者たちが一人のマッドサイエンティストの意見を取り入れたのも不思議なことではなかった。


やっと自分たちの探究心という欲求を満足する術が見つかったのだ。


科学者たちは喜んでその方法を実践した。


それは以前の自分たちの仲間を犠牲にすることだった。


欲望に狂った人間はもはや情というごく自然の感情さえ忘れてしまうのだろうか?

良心の声は彼らには届かなかったのだろうか……?


いや、それさえももう分からない。

その答えを解き明かす人間はこの世に唯の一人もいなくなってしまった。


全ては死に絶えた。

自らの作り出した狂剣によって。

狂った刃が自らを貫くのを、彼らは信じず・・・・・・・














……そして謎は埋もれたままで―――――――――――――。
















ティファとザックスは自室でチェスをして遊んでいた。


大きなサイズのベッドの両端に身体を投げ出すような形で、のんびりと暇を潰している。

今、丁度チェスは山場を迎えていて、二人はお互いの胸中を読みあっていた。


よし、勝てるとザックスは思った。

上手く誘えばティファはナイトを持ってくるに違いない。

自分のビショップを動かして、ルークを持ってくる。
そうすれば自分の勝利決定だ。


ザックスはクイーンの位置を変えて隙間を作った。

明らかにミスをしたように見える。が、ティファはしてやったりと言うようににやりと、笑った。


―――その手には乗らないんだから。

何食わぬ振りをして捨て駒のポーンをその場所においた。


ザックスの眉がピクリと吊りあがる。


ティファは内心勝利の陶酔感に酔いながら、ザックスが次の一手に出るのを待った。


そのときザックスが唐突に口を開いた。


「なあ、ティファ」

「なあに?」


ボードを眺めて出方を考えながら気の無さそうな声で返す。

ザックスもまた、どうでもいい会話でもするかのような口調で、ぼそりと話した。


「クラウドってさ、なんか変だよな」


その言葉にびくりと肩を震わせるティファに気づいているのかいないのか、ザックスは平然と駒を進めた。カツンと硬い音がして、ティファは我に返る。


慌てて自分の駒を移動させた。


「俺にはあいつが何考えているのかよく分からん」

世間話程度の抑揚で、チェスの溢話のようにザックスは話しを進めた。


「はじめて会ったときから、そう思ったけどさ。でも、昔はそれでも分かった」

「ザックスはクラウドにいつ会ったんだっけ?」

ザックスはチラリ、とボードから目を離してティファに顔を向けた。
またすぐにボードへと視線を戻す。

ナイトを斜めに動かし、記憶を呼び覚ますように暫し目を瞑った。そして言う。


「たしか」



……「十三年前の、雪の降る日だったな」








―――ザックスは例に漏れず、親を亡くしてスラムの片隅でひっそりと生きている孤児だった。

ただザックスが他の孤児とは違うのは、寒さの中で死を待つようなことはしない、強さだった。


横目でレンガで造られたぼろぼろのアパートを見やっては、虚ろな瞳で何することなく座っている孤児を見て、少しでも暖かい場所へ移動すればいいのに、とよ く思ったものだ。


その日ザックスは雪の振る積もる中を半日歩いて、スラムと比べれば上等な(今見れば何処にでもある普通の家だったが)家のおばさんに、子供のお古のジャ ケットとパンをもらって、スラムの自分のねぐらに向かっている途中だった。



まだ、暖かいうちに遠征して、普通の暮らしを営んでいる人に冬用の服を譲ってもらう。寒くなったらそれを着て更に別の家で、いらないズボンを譲ってもら う。

食べ物を少しだけでも分けてくれるようにお願いする。


まだ動けるうちにザックスは生きるための用意をいろいろしていたのだ。


だから他の孤児たちが寒さに震えて、寝る場所もないときでもザックスは何とか死なずに済んだ。



おばさんから貰ったパンはもう寒さと雪でびしょびしょのがちがちだった。でも口にするものがあることは大変有り難いことだった。スラムでは。


他の子供たちが物欲しそうにこちらをじっと見てくる。


ザックスはそれを意図的に無視しながら、自分のねぐらへと向かった。
可哀想に思うが、自分ひとりでも生きながらえるのがやっとなのだ。



ザックスのねぐらは誰にも分からないように何処にでもある板でそれと分からぬようバリケードを張ってある。

周りに誰もいないことを確認して、バリケードを引っぺがしてさっと中に入った。


そこはアパーとの下の窪みだった。床がはげていて、そこを掘って中に入る。

一畳ほどだが床下に確かなスペースがあった。



ザックスは懐中電灯をつけて中を照らした。

空間がぼうっと明るくなる。辺りには暖を取るためにダンボールが敷き詰められていた。


ザックスはそのダンボールをどかして寝るためのスペースを作った。
その下から冬のくせにお馴染みのゴキブリが這って出てきて、素早い動きで外に行ってしまった。


ゴキブリはなれているのでザックスは特には気にしなかった。
暫く転がっているとザックスは眠気が身体全体を覆うのを感じた。




―――何かが口論しているのを聞いてザックスは眼が覚めた。

別に珍しいことではないのでザックスは気にも留めず、寝返りを打った。

だが段々その声が近くなってきて、ザックスは反射的に身を縮こまらせた。


足音がする。


それは間違いなく自分のところへと近づいてきている。


分からないはずなのに。



ライトがちらついた。


それがザックスの顔を照らす。


そのとき彼は何が起こったのかを察した。


スラム狩りだ。


警察による、スラム狩り。

もともとが違法地区なために、スラムは警察が度々押し入っては見つけた者を無理矢理連れて行った。




ライトのちらつきが止まった。

ザックスの顔全体を明るく照らす。


見つかった。




男のそれと分かる無骨な手が伸びてきて、ザックスの襟首を掴んだ。

そのまま引き出される。



警察はスラムに住んでいるやつは大人でも子供でも容赦はしないと聞いた。

ザックスは恐怖に襲われた。



抗ってもさして効果は無く、ザックスの目の前には檻のようにも見える一台のトラックがあった。


あれに乗せられたらもう帰って来れない。



そう察したザックスは警官の手に噛み付いて猛然と逃げ出した。

追いかけてくるのが分かる。


銃でも抜かれたらオシマイだ。


ザックスは角を曲がってがむしゃらに逃げようとした。

が、そこは行き止まりだった。


後ろを振り向くと、肩で息をした警官が立っていて、青筋を立ててこちらを見ていた。

ゆっくりと近づいてくる。


その手が伸ばされザックスの髪を掴んだ。


ザックスはもう抗うのを止めて、最後の意地を見せるかのように相手を睨んだ。
効果が無いのは知っていたがせずにはいられなかった。



その時、ひゅっと、風を切る音がして警官の身体がびくりと震えた。



ザックスは最初何が起こっているのかまったく分からず、呆然と立ちすくしていた。


やがて髪を掴んだ男の腕から血が伝ってきてザックスの頬を濡らした。


ザックスはようやく何が起こったのかを理解した。


何かが警官にあったたのだ。

それを理解した途端、それが最後の役目だったかのように警官の身体がくず折れた。


ザックスがよく見てみると、警官の首にはレンガの破片が食い込んでいた。

それが頸動脈を分断したらしい。


ザックスは反射的にその行為をした人物を求めて周りを見た。
が、周りには誰もいず、彼はしょうがなく上を見上げた。



「・・・・・・・・」

ザックスは言葉が出なかった。

アパートの上から、彼方から一人の少年が自分を見下ろしてた。

中性的な顔立ちの金髪の男の子だった。


その手にはもう一つのレンガの破片が握られていて、ザックスはすぐにこれが誰の仕業かを知ることができた。



ザックスは嬉しいような戸惑ったようなそんな複雑な表情で、少年に降りてくるように催促した。


「お前、名前なんていうんだ?」

「・・・・・・・」

少年はこちらの言うことが分かっているのか、いないのか、どこにも焦点の定まらない瞳でザックスをみやった。


「おぅい、名前、名前だよ」

「……バ」

「は?」

ザックスは自分より背の低い少年の顔を覗き込むと、訳が分からないとでも言うように眉を吊り上げて見せた。

『バ』がどうしたんだ?


「ジェ……バ」

「ジェバぁ!?」

ザックスは仰々しく声を張り上げた。
ジェバなんて、そんなへんてこな名前聞いたことがない。

それにジェバといえば、スラム用語で『便所』だ。

そう思うと、ザックスは急にこの少年が可哀想になった。名前と言う観点で。


それからザックスは頭を掻いたり、首を捻ったりして暫く考え込んでいた。
その間、目の前にいる便所少年は何する事もなく目の前で立ちすくしている。

すぐにザックスは手の平を拳で叩いて、「ひらめいた」ポーズをした。再び少年を覗き込むような形でにやりと笑ってみせる。

「よおし!お前の名前は『クラウド』だ!」

目の前の少年が、不思議そうな顔でザックスに焦点を合わせた。

「ら・・・・・・ド・・・?」

復唱する。

「クラウドだ。今日は曇っていただろう?」

ザックスは空を指差して、クラウドに笑って見せた。

「クラウド……」

どこか覚束無いイントネーションでクラウドは言う。

今考えれば、この歳でろくに話せないのは不自然だが、その時のザックスはぼんやりと、クラウドは話嫌いなのだと考えていた。

「そうだ。お前はクラウドだ!」

本人に確かめもせず、ザックスはこの少年をクラウドと決めた。

クラウドは抗いもせず、かと言って頷きもしなかった。
だがいつの間にか、彼の名前はクラウドに落ち着いていた。





―――そして彼らが幼いティファと出会うのは、これから二年後のことであった。







「最初から変だったよな。見たこともないのに急に現れて、レンガなんかで、レンガの破片なんかで、あんな遠くから人殺したんだぜ」


腕で縮尺した距離をティファに示しながらザックスはどこか自嘲気味に笑った。



今考えると、おかしな気がする。

あの時は幼かったから何も考えなかったが、小さな少年だったクラウドがしたことが普通ではないことは明らかだった。



ずっとスラムにいれば気も狂うかもしれないが、クラウドはスラムに似つかわしくなく傷一つ無かった。

つまりスラムにいたのではない。


だがスラムにいたからと言って、あんな殺人技術を幼い子供が使えるわけでもない。つかえても、せいぜい取っ組み合いか銃の適当撃ちくらいなものだ。


それでもクラウドは遠くから、小さな欠片一つで、頸動脈をぶった切る威力で……殺した。



ザックスは大人になった今、あの光景を思い出すと寒気が襲ってくるのを感じる。



闇夜をバックに一人の少年がアパートの屋上に立っていた。

どうやって登ったのかも定かではない。


虚ろな瞳でこちらを見て、人を殺したということへの何の感情も表さず、ただ立っている。


自分はなんの悪びれも無く彼を呼んで、クラウドと名づけ、親しく……。



「最初はさ、言葉喋られなかったんだぜ。あいつ。何も食べなったし飲まなかったし、それに眠りもしなかった。そのうち死ぬんじゃないかと思った」


ザックスが見やった窓は南の空を切り取って部屋の中に持ってきたかのようだった。

満天の星が空の大海にたゆたっている。



ティファもザックスの視線を追うかのように窓へと顔を傾けた。

「分かってるよ」

開けっ放しの窓から風が吹き込んできて、揺れたカーテンがティファの顔に影を落とした。

ザックスが少し意外そうに顔をしかめてティファを見やる。
瞳に少し好奇心の色が浮かんで消えた。

「へえ」

「わたしも同じ。彼が何を考えているのか分からない」

「どの変が?」

ティファは長い睫毛を落とした。
そして暫く昔の記憶を辿るように、手を交差させてからザックスを振り向いた。


「彼が何なのか、わたしには分からない」










ティファがエアリスを呼び止めたのは、日が高く上ってからのことだった。

一日何もすることが無く、朝遅くに起きて、早くに眠ってしまうエアリスが
昼寝をしようと自室に向かっているときのことだ。

角を曲がったところから急ににゅっと出て来た腕がエアリスを捉え、引き寄せる。

エアリスは突然の事に悲鳴を上げそうになったが、それがティファだと分かって慌てて口をつぐんだ。


「エアリス、わたしよ。わたし」

「なんだ、ティファかァ。びっくりした。どうしたの急に」

エアリスが普段と何ら変わらない声量で話すのを、ティファは口元に手をやっていなめた。

「ね、ちょっと話があるの。コッチ来て」

そう言ってティファはエアリスを誰もいないデッキへと連れて行った。


外はこの時間帯には珍しく、しめっけのない涼やかな風が流れていた。
エアリスとは違い束ねられていないティファの黒髪が風に煽られる。その髪を撫で付けながら、ティファは一拍の休止の後に口を開いた。



「ね、クラウドのことどう思ってる?」

「え……」

エアリスの顔が気恥ずかしさに真っ赤になる。
だがティファの表情は真剣そのものだった。

エアリスが不思議そうに見返すと、ティファは答えを催促するかのように頷いて見せた。


暫くの沈黙に耐え切れなくなったエアリスが応える。


「どうって……。好きだよ?優しいもん」

「そういう事聞いているんじゃない。彼のことが本当に、男として好きかって聞いてるの。わたしは真剣なのよ。ちゃんと答えて」

唇を硬くぎゅっと噛み締めたティファ。

それがエアリスには何処と無く切羽詰っているように聞こえた。
やがておずおずと口を開き始める。


「好きだよ。優しいし、格好いいし、強いし」

ティファの目が一段と鋭く、自分を非難しているかのように細められる。
それをエアリスは冗談のように感じ、茶化したように言った。


「あれ?もしかしてティファ、クラウドのこと好きになっちゃった?……あはは、困るなぁ・・・・・・わたしじゃティファに勝てっこないよ!」

明らかにふざけているエアリスの返答に、ティファは沸き起こる苛立ちを抑えきれずにいた。それで言う。


「違う!クラウドが好きなのはエアリスよ!わたしだったら、もし、クラウドがわたしに心を開いていたら自分でとっくの当に何とかしている!でも、そうじゃ ないからこうしてあなたに話しているの!わたしは真剣よ!」


エアリスはティファの気迫に押されて、何度か目を瞬いた。

あのティファが取り乱しているのが酷く不思議な光景に見えた。

でも、急にこんな所に来させられて、そんな脈絡のない話をさせられて、一体ティファは何がしたいというのだろう?


ティファが何度か息を付く。

「ねえ、お願い。クラウドを助けて」



一回俯いてから、意を決したようにティファはエアリスに向き乗った。








「彼はおかしいの」









静寂があたりを支配した.







続く