Bride Game
モクジ

● Bride  Game  ●

眠い、眠い朝五時半。

本当なら今日もテストの採点をするはずだったのに。
なのに、五時半に駅で待ち合わせをするために、多少の採点ミスは見逃して、徹夜でやりとげた。
三十分しか寝ていない。
がんばれ俺。
ファイトだ俺。



「せんせーい!」

来た俺の疫病神が。

こいつのせいで俺は無理なペースで寝る間どころか飯を食う間も無く採点し続けたのだ。

今日、この日、一日フリーにするために。

「お待たせ先生っ、行こ!」


まあ手のかかる子ほど可愛い・・・ってやつだろうか、
最近、こいつも可愛く思えてきたんだ。









二年前、俺は新任の数学の教師として、この学校に配属された。
別に特別数学が好きだったわけでも、子供を鍛えたいとかいう熱い情熱もない。
ただ、公務員ならそこそこ給料が安定していて、リストラもなく、休みももらえるから、先生なんぞになってみた。

他の教科は並程度でも、数学だけは全国でも上位だっだから、必然的に数学教師になった。
それだけのこと。

そんな自分が何を勘違いしたのかこんな、エリート学校で教えることになったときは、かなり驚いた。

でもまあ私立なだけあって校舎はきれいだし、設備もいいから、なかなか気に入っている。


クラウド・ストライフ、24歳。
顔はいいが、目つきと性格悪し。
人生の転落劇は半年前のあの時から始まった。







『きゃー、クラウドせんせーいっ!!』

女は嫌いだ。
きゃーきゃー煩く、すぐに泣く。

子供のころからそうだった。
なぜか幼児から熟女、老女に至るまでなぜか・・・もてる。

『クラウドちゃん、おばさんたちの相手しなさいよっ』

(・・・げっ)

『あのね、マリンね、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるの』

『マリーン!!』

(うるさい、くそ親父)

『ふぉふぉふぉっ。ストライフの倅を見ていると青春時代に戻った気がするのぉ』

(勘弁してくれ)

そして極めつけは・・・。


『クラウド先生ったらー♥♥♥!!』

廊下ですれちがえば、黄色い悲鳴。
昼休みにはトイレの中まで追いかけてくる女子高生の集団。



その日いつものように生徒たちに追われていた俺は、なんとかギリギリ、地学科のシドに匿ってもらう事に成功していた。

「大変だなー、色男も」

タバコをぷかぷかふかしながら、シドは面白そうに言う。

「・・・うるさい」

「おいおい、匿ってやってあげてるんだぞ、こっちは」

ドア一枚隔てた向こう側で、自分を探す集団の足音が近づき、そして遠のいていった。

俺はほっと息をつく。
こっちも試行錯誤して逃げ道を選んでいるというのに、向こうももはや追い込み、囲い込み魚業のごとく、日ごとに手ごわくなってきている。

シドはお疲れ、とタバコを差し出し火をつけてくれた。そのとき何か思いついたように、ぽんと手を打った。

「そういや知ってるか?来週外国から特待生で女子生徒が転校してくるんだとよ」

女子生徒という言葉に俺は思わず震えた。

「それも、あのガスト=ファミレス=ゲインズブールのご息女。最近もセレブ系のテレビ番組に出てたよな」

俺は記憶を呼び起こす。
そういえば、母親はどこぞの貴族、父親はノーベル賞受賞の天才科学者兼大実業家とかいう金持ち娘が、その容姿でもてはやされていたような。

確か、ゆるくウェーブのかかった栗毛に、エメラルドのような瞳の少女だった気がする。

世の中にはとんだ幸運に生まれついたやつもいるもんだ。

そんなお嬢様がいくらエリートとは言え、わざわざこんな学校に来るなんて、物好きもいいところだ。

「なんでまた・・・・・・?」

シドはぽりぽり頭をかく。

「さあな、庶民の生活でも知りたいんじゃないのか?」

それこそ、本当に物好きだ。


いったいどんな奴か少し興味がわいて、来週が楽しみになった。







「は・・・・・・?」

聞き間違いだろうか。
というか、そうであってほしい。

「だーかーらー、君に校内の案内を頼んどるんじゃよ!」

そう言って、墓に片足突っ込んでいるブーゲンハーゲン校長は、ほっほっほと高笑いした。

「なんで、お・・・いや、わたしが案内なんか・・・?ゲインズブールのご令嬢なら、校長が・・・」

VIPの彼女に一般教師が校舎案内など、普通に考えてもおかしいだろう。
だがブーゲンハーゲン校長はサングラスの奥で瞳を光らせた。

「儂はもう年だからの。こんな広いところを移動するのは無理じゃ。あいにく教頭もではらっとる。それに君のような若くて“はんさむ”な青年なら、向こうも 満足じゃろうテ」

言い方が妙に気に食わなかったが、言い返そうとしたとき、校長室のドアがノックされる音が聞こえた。

「ふぉふぉふぉ、どうぞ」

それ来たとばかりに、ブーゲンハーゲンは身軽な動作でドアに走りより、来客を中に入れてやった。

―――誰が年だって?

クラウドはその俊敏な動きに思わず鉄拳を喰らわせたくなったが、ぐっと我慢した。

「失礼いたします」

優しい声音と共に、一人の少女が現れた。
後ろに付き添い人を二人従えて。

すぐにこの少女が例のゲインズブール家のご令嬢だということが分かった。

「ふぉっふぉっふぉ。儂は体が動かんからの、ストライフ先生に案内を頼んどるんじゃよ」

ブーゲンハーゲンはちらりとこちら側に目配せする。
少女もその視線を追い、たおやかな足取りで自分の前までやってきた。

「エアリス=ヴィア=ゲインズブールと申します。よろしくお願いいたしますわね」

外人とは思えない流暢な話し方に、一瞬思考が止まる。
エアリス=ヴィア=ゲインズブールは不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
俺は慌てて体勢を整える。

「クラウド・ストライフだ・・・。案内する、ついてきてくれ」

手短に言うと、踵を返して校長室を後にする。
彼女は自分のぞんざいな言い方に驚いたのか、少し目を丸くした。
だがその顔にすぐに柔和な微笑が灯り、素直に俺の後をつけてくる。

「付き添いありがとうございます。帰りの時間になりましたら、迎えに来てくださいな」

命令しなれたものが持つ独特の雰囲気で、目の前の少女は付添い人に言い放つ。
付き添い、と言うよりも実際は護衛に近いであろう彼らは、少し戸惑った。
だが有無を言わせない彼女に負け、しぶしぶ帰っていった。

「さ、行きましょうか。クラウド様?」

“様”など、当然ながら今まで一度も呼ばれたことは無い。
思わず鳥肌が立ちそうになった。

「“先生”にしてくれ。その“様”と言うのは気味が悪い」

「あら、すいません」

白い手をおっとりと口元に当てて謝るその姿は、これでもか、と言うほど上流階級オーラを放っている。

俺はくそ重い荷物を抱えた気分で彼女を案内した。
とても広い校内は手短に紹介しただけで一時間かかった。

案内するその時々に、また黄色い悲鳴が発生して、後ろに彼女を連れていることもあり、無性に恥ずかしい。

彼女は多言は無作法でもあるかのごとく、「はい」や「ええ」しか口にしない。
だが、もうそろそろ案内も終わるというとき、急に後ろをついていた彼女が俺の横に並んできた。

「先生は生徒の皆さんに慕われていますのね」

今の俺にとってはいやみのような一言だ。

「・・・勝手に騒いでいるだけだ。興味ないね」

世界を代表するセレブの彼女に、なんて口の利き方だ。
だがあいにく自分は富豪だろうが貴族だろうが、別になんとも思わない性質(たち)だ。

「まあ・・・」

しかし意に反してエアリスは朗らかに微笑む。

「とても面白い方ですのね、先生は」

こんな身分不相応な扱い方をされて、のんきのものだ。
育ちがいいと、逆になんとも思わないのか・・・?

「興味ないね」

何が面白かったのか、彼女はまたくすりと笑った。



大方、見るべき場所は回った。
俺は彼女を連れて校長室へ戻ってきた。

だがドアを開けた向こうにブーゲンハーゲン校長はいなかった。

どうも、ぎっくり腰が再発して、病院に運ばれたらしい。
まったく、どんな校長だ。

「すまない。普通なら校長が挨拶するべきだろうが・・・あいにく」

「お気になさらないでくださいな」


仕様が無いので、校長の代わりに俺が校門まで見送りにいくことになった。

彼女を連れて校門に着くと、そこにはいかにもな感じのリムジンが一台、停まっていた。
中から先ほどの付添い人が出てきて、彼女のためにさっとドアを開けて待機する。

エアリスが相変わらずのたおやかな足取りで、後部座席に腰掛ける。

「じゃあ明日・・・。八時半までに席についていないと遅刻だぞ・・・」

お決まりの別れの挨拶をしようとした途端、ふと、手が柔らかいものに包まれた。
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、よくよく見ると、彼女の両手が自分の手を包んでいる。

エアリスは柔和な微笑を称えて、エメラルドの瞳をこちらへ向けてくる。

「先生は今晩お暇ですこと・・・?」

「は?」

急に突拍子も無いことを言われて返答に詰まる。
しかしエアリスは俺の反応などお構いなしに続けた。

「是非わたくしと今晩、お夕食をご一緒しませ・・・・・」

「興味ないね」

何を言い出すかと思えば。
こんなの即答だ。
そんな時間があるならテレビでも見て、睡眠時間も増やしたい。

俺は彼女に背を向けて、校内に戻っていった。

だから気づかなかった。


彼女がさらに目を細めて微笑んでいたことを。






「先生!」

「うあっ・・・」

昼休み、今日も今日とて逃げ回る俺。
今度は裏口から入った食堂のおばちゃんにかくまわれていた。

ほっと一息ついたとき、背後から急激な衝撃に襲われた。

現れたのは茶色のふわふわ。←エアリスのこと

しかも背中にがっちりと抱きついている。

「離せ、ゲインズブール」

背後を振り返るのも億劫で、俺は先ほどまで食っていたB定食(炊き込みご飯、貝の味噌汁、カキフライ、ひじきと油揚げの煮物+おばちゃんの好意で、冷や やっこ)を睨み付けながら茶色のふわふわに言った。

「先生ったら逃げてしまわれるんですもの!今日こそわたくしと、昼食をご一緒してくださると思ってましたのに」

―――といろいろ勝手なことをぬかしつつ、さも当然のように堂々と構える茶色のふわふわ。

こいつに付きまとわれて、はや二ヶ月。
日に日に行動はエスカレートし、先ほどのようなボディーアタックも果敢に使ってくる。

しかもどこに隠れようと、的確に見つけ出してくる。
ターミネーターみたいな奴だ。

「興味ないね」

お決まりのセリフと得意の冷たい視線で追い払おうとするが、茶色のふわふわはまるっきり聞いてはいない。

「先生は和食がお好みですの?それとも中華、・・・フランス料理はお口にあいませんこと?」

こっちの都合は完全に無視か。

「だから俺は・・・・・・」

「ではイタリア料理にいたしましょう!先生はビスッテカ・アッラ・フィオレンティーナとコストレッタ・ディ・ヴィテッロ・アッラ・ミラネーセ、どちらがよ ろしいですか?」

「・・・なんだそれは!」

「ビスッテカ・アッラ・フィオレンティーナはトスカーナ地方のキアーナ牛の肉汁が流れないように細心の注意を払って焼いた、塩コショウだけのシンプルなス テーキですわ。コストレッタ・ディ・ヴィテッロ・アッラ・ミラネーセはミラノ風子牛のカツレツですの。ナイフを使わなくてもいいほど柔らかく焼き上げます のよ」(学研・世界の料理・メニュー辞典参照)

「ビスッテカ何とかかんとかのほうかな・・・」

「分かりましたわ!では早速ご用意させていただきますわ。ではまた、お迎えに上がりますわね」

「あ・・・違う、ちょっと待て!」

―――乗せられた!

俺の大馬鹿やろう!
そう自分を罵ったところで、茶色のふわふわはもういなかった。





俺はこれからどこかに忍び込む泥棒のようにこそこそしながら、職員室を出た。
泥棒のようにどこかへこっそり侵入するためではなく、茶色のふわふわから逃げるために。

抜き足差し足忍び足で廊下を渡り、自分のロッカーから事前に移動させておいた靴を取り出す。それを手にして超高速で保健室に入り、担当のジェシーに取り 繕った微笑を向けて、ごまかしながら、窓から出る。
そうして靴を履くと、目の前に頭より少し高いぐらいの塀が現れた。
これを登りきれば、外に出られる。

俺は少し安堵して、塀を登り始めた。
コートが汚れないように、細心の注意を払って登りきり、一気に路上に飛び降りた。

目の前に民家が広がる。
その迷路のような路地に逃げ込もうとしたとたん、両脇が急にホールドされた。

「んな・・・・・・!?」

「おとなしくしろ」

「来てもらうぞ、と」

スキンヘッドと赤毛のスーツのチンピラが、俺の上半身と、そして下半身をそれぞれ抱えて道角に停まったリムジンへと連行していく。

「やっ止めろーーー!」

暴れたが、大の大人二人に適うわけも無く、哀れ、俺の目の前にリムジンが迫る。

十分近づいたところで、リムジンの後部座席側のドアがかちゃりと開いた。
当然、そこにいたのは茶色のふわふわ。
茶色のふわふわは、これからお茶会にでも行くかのように、しとやかな声音で言う。

「お待ちしていましたわ。さ、行きましょう」

―――なんでいるんだよ!

俺の綿密な計画(実はこっそり偽装もしていた)も適わず、俺は拉致られた。

「たくさんご用意いたしましたのよ。アンティパスティ(前菜)にコクテイル・ディ・スカンピ、アンティパスティ・ミスティ、プロシュット・サン・ダニエー レ・エ・メローネ、  インサラータ・ディ・マーレ。プリミ・ピアッティ(一番目の料理)にクレーマ・ディ・ポモドーロ、スパゲッティ・アッラ・チョチャ リーア・・・・・」

―――茶色のふわふわ、お前はいったい何を言っているんだ。

「それにしても嬉しい!先生がわたくしとお夕食をご一緒してくださるなんて!」

―――お前が拉致ったんだろう!


「・・・あら、先生、先ほどから何も仰いませんけれど、ご気分でも悪いんですの?」

「ああ、とってもな」

呆れ半分、諦め半分で吐き捨てると、以外のことに、茶色のふわふわは少し悲しそうに目を伏せた。
微妙に期待して、さらに追い討ちをかけるように冷たい目でちらりと見る。

「先生・・・・・・」

震える声。
効果があったか・・・?

「具合が悪いのでしたら、どうぞ、お休みになって」

花が咲くほどの笑顔で言われ、俺は固まる。
だが次の瞬間首を思いっきり引かれ、体が横に倒れた。
首がもげるほどの衝撃の後、たどり着いた先はなんと彼女のひざの上。

―――なんだとーーー!?

「止めろ茶色のふわふわ!」

思わず俺は心の中での彼女のあだ名を口にしてしまう。
だがこんな失礼な呼び方に、彼女はさも嬉しそうに華やいだ笑顔を向けた。

「まあ!それはわたくしのニックネームですのね。先生がそんなにわたくしのことを親しく思っていらっしゃったなんて、感激ですわ!」

―――!!!

やーめーろーーーーーーー!

悲しいかな、あまりに強く引かれて痛めた首のせいで、俺は彼女のひざの上に頭を乗せて、三十分過ごすことになった。

その間茶色のふわふわは嬉しそうに俺の頭を撫でていた。

・ ・・頼むから止めてくれ。








「って、どう考えても無駄だろ!!」

貧乏教師の俺の思考は、お貴族様とは酷くかけ離れているのだろうか。

二人だけの夕食の席に、意味不明に長いテーブル。
そこには端から端まで異種多様な料理がずらーーーっと並べられている。

中央に置いてある金のトーチに芸術のように盛られた前菜だけでも、俺たち二人では食べきれないだろう。

こんなの無駄だ。
無駄すぎて頭痛がする。

「どういたしましたの?先生のために特別に作らせましたの。お気に召されませんでしたか?」

両手を合わせて嬉しそうに言う茶色のふわふわは、俺が喜ぶとでも思っているのだろうか。
残念だが、こんな無駄の極地に置かれた俺は喜ぶどころか、お世辞の一つも言えやしない。

押し黙る俺に、給仕の人が椅子を引いてくれた。
ここは家もでかけりゃ、椅子もでかい。

「だいたい、ここはただのあんたの留学中の家だろ?なんでこんなにでかいんだよ」

娘一人のわずかな間の留学地に、こんなお屋敷を建てるなんて、いったいどんな親馬鹿なんだ。

「レトロな感じで落ち着いていていいでしょう?思わず買ってしまいましたの」

・ ・・は?今なんて言った。

「買った・・・?だれが・・・?」

茶色のふわふわはにっこりと微笑む。

「わたくしが」

そうして何か忘れていたかのように、手を叩くと、付け足した。

「あ・・・でも本国に帰るときに、また売り出しますわ。ぜひここを購入したい、と仰る方がいらっしゃいましたの」

こいつはきっと、今この瞬間で、俺の一生分の給料を出すことができるんだろうな。

そう思ったら、抗う気が無くなった。

俺はおとなしく席に着き、茶色のふわふわと夕食をとった。


その料理は確かに美味しく、この一品一品の値段を考えると、気が遠くなりそうだった。
だがデザートのドルチ・アッソルティーティを飲み込んでいたら、本当に気が遠くなってきた。

何か、ブラックホールに飲み込まれるみたいな・・・
世界が暗転してきて・・・
体が動かない・・・・・・・・・

・ ・・・・・・・・・







なんだろう、頭がボーっとする。
ここはどこだろう。
さっきまで茶色のふわふわと飯を食っていたのに。

俺はそっとまぶたを開けた。
だが視界は暗く、自分がどこにいるのか良く分からない。

それでも目が慣れてくると、天井が異常に低いことに気づいた。
目を凝らすと、それはベッドの柱と隣接していた。

天蓋つきベッド・・・というやつか。

さすが茶色のふわふわ。今どきお姫様ベッドで眠るなんて・・・・。

―――!!

ちょい待て。
なんで俺が天蓋つきベッドで寝ている?

突如湧き上がるいやな予感に、俺は震えた。

そろりそろりと起き上がり、そろりそろりと横を見る。


「・・・・・・」

俺は沈黙する。
だが自分の身に起こったことを理解したとき、叫ばずにはいられなかった。

「うわーーーーーーーーっ!!!」

すばらしい反射神経でベッドから跳ね起き、後ずさる。

「んん・・・」

俺の声に反応した横の物体が、眠そうな声でゆっくりと起き上がった。

「あら、先生、ずいぶんとお早いのですね」

茶色のふわふわがピンクのレースのランジェリー(胸元からヒップぐらいまでの)一枚でそこにいた。

ずいぶんと切れ込みの深いランジェリーで、豊かな胸のふくらみがほとんどに露に・・・

っておい、俺は何を見ているんだ!!

生徒の下着だ!見るな、見るな、見るな!!

見てはいけないという一心で俺は視線を下に落とす。
するとさらに驚きの事実が目に飛び込んできた。

「なぜに・・・・・?」

驚きのあまり、口調がおかしくなってしまった。

というか、下がトランクス一丁で、上といえばカッターシャツの下に下着代わりに来ていたT-シャツだけだったら誰でも驚くだろう。
さっきまでスーツを着ていたんだから。

「だってスーツでお休みになったら皺が付いてしまいますもの」

俺の疑問を受けて、ふわふわ(さらに省略)は平然と言い放つ。

そうして相(+相)変わらずのたおやかな足取りでベッドから降り立った。
俺は思わず、片足を引く。

ふわふわがゆーっくりと俺に近づいてくる。
俺はさらに後ずさりする。

じり、じり、じり、じり、じりりりりりりり・・・・。。

恐ろしいほど残念なことに、このくそ広い部屋にも空間的な限度があった。

とうとう壁に追い詰められた俺。

その瞬間、茶色の髪がふわりと舞い、視界を覆ったかと思うと、胸にとすんと柔らかな衝撃が来た。

状況を理解するのに数秒かかった。

―――ふわふわが、俺の胸に飛び込んで、あろうことか背中に手を回している!!!

まぢかよ・・・・・・・

いや、まじだ。

この感触はまじだ。

横隔膜の辺りに妙に柔らかいものが・・・。
あたっているというか、押し当てられているというか。
俺ってラッキーなのか、アンラッキーなのか。
見かけよりなかなか大きいな、とか。
目の前にベッドがあるな、とか。
体が反応し始めているな、とか。
誘惑に屈しちゃいけない、ファイトだ俺、とか。

まあとにかく色んな事が走馬灯(?)のように俺の頭の中を駆け巡り、何がなんだか分からなくなってきたのだ。


ふにふに・・・いや間違えた、ふわふわが俺の胸に手を当てて、顔を寄せてくる。

さすがに世間でちやほやされるだけある。
今まで真剣に見たことは無かったが、改めて見ると、嘘みたいにきれいな顔をしている。


鼻先が触れそうなほど顔が近い。
どうする、どうする。

このまま硬直していたら、ちょっとラッキーなことになる。

―――唇が触れ合う直前・・・・・・



「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

奇妙な叫びが部屋に響いた。

俺はとっさに痺れていた手を伸ばし、彼女の―――

彼女の、わき腹をくすぐった。

そうして響いた謎の奇声。

ひるんだ(?)彼女に俺はすかさずベッドの上にあった毛布をかけた。

「・・・!」

心底驚いた風に見える彼女に、俺は半ばぶち切れて、説教した。

「ゲインズブール!先生を拉致して睡眠薬を持って、寝取ろうとする奴がどこにいる!だいたい、留学ってだけでこんな豪邸は買うし、意味不明に大量に料理を 用意するし、そんなに金があるなら少しぐらい寄付したらどうだ!金があったらどうにでもなるって思ってるんじゃないだろうな?親の顔が見たいとはあんたみ たいなやつのことを言うんだ!そもそも前のテスト、なんで数学だけ悪いんだ?平均より30点も下回ってるんだぞ?赤点ギリギリ!俺の授業はそんなに分かり にくいのか?ああッ!?」

「・・・・・・」

すっかり怖気づいた彼女は硬直している。
うん、我ながら最後の「ああッ!?」はなかなか迫力があったと思う。

だが思いのたけをぶちまけて、一息ついた俺は、ふわふわが俯いて震えているのに気づいた。

言い過ぎたか?

そう思って、ふわふわの肩に手を置く。
顔を覗き込もうとすると、再び抱きつかれて組み敷かれた。

「うおっ・・・」

「みんな!出てきていいよ!!」

―――はい?

次の瞬間、部屋のドアが派手に開き、次から次へと使用人たちが入ってきた。
その手には無数のクラッカー。

『お嬢様、おめでとうございまーす!!』

一気にクラッカーがはじけて、俺とふわふわに、爆音と紙吹雪が降り注ぐ。

「ストライフ様、お嬢様をよろしくお願いしますね!」

「さすがお嬢様のお選びになったお相手じゃあ!」

「いい男だねぇー」

口々にいろいろ叫びながら、俺とふわふわを囲む使用人たち。

その中に、一人だけ俺が知っている人物が混じっていた。

「あ・・・あんたは、たしか・・・」

オールバックにメガネ、やや柔弱そうな感じにも見える容姿は、幾度と無くマスコミで報道されるもの・・・

「エアリスの父のガスト=ファミレス=ゲインズブールです」

開いた口がふさがらないとはこのことだ。
何でこんな状況になっているのかわからず、俺はただ固まるしかない。

「娘が急に婿養子の超有力候補が現れたから、最終テストをすると言ってきたので、自家用ジェットで飛んできたんです」

誰も聞いていないのに、これまでの自分の経過を話すガスト氏。

「・・・婿養子?・・・最終テスト?」

妙に気になったワードが口をついて出る。

するとふわふわが嬉しそうに(俺を押し倒したままで)言い放った。

「わたしのお婿さんが、お父様のお仕事と、ゲインズブールの名をつぐことになっているの。お婿さん選びに、娘が東西奔放するのはゲインズブール家のしきた りなの!」

―――口調が変わりまくっているぞ、ふわふわ。

と言うか、もしやそれがノーマルか?

「・・・婿選び?なんで?」

「中世から続くゲインズブール家だけど、なぜかご当主生まれるのは女の子だけなの。それで、不思議に思ったご先祖様が、当時の教皇に相談したら、『それは 身分関係無く優れたお婿さんを迎えろとの神のご意志なのだ!』って言われたらしくて、それからずーーっとゲインズブールの娘は診断テストをして、合格した 人からお婿さんを迎えることにしているのよ」

・ ・・・・・おいおいおいおい

「そしてこれが、中世よりゲインズブール家に伝わる診断テストマニュアルでございます」

執事長がどこに隠し持っていたのか、さっと古びた羊皮紙を俺の前に差し出した。

「いや、読めないけど。・・・なんて書いてあるんだ?」

執事長は咳払いをして読み始めた。

「その一、ゲインズブールの名を語り、媚びへつらわないかどうか見よ。
その二、あったその日の突拍子も無い食事の誘いを断るかどうか見よ(美人だったら即OK、権力者だったらOKなふとどき者もいるため)。
その三、容姿をフルに活用したアタックに、あっという間に落ちないか見よ。
その四、贅に屈しないか見よ。
ラスト、出会いから数ヶ月以内のこちらからの誘惑に、打ち勝つかどうかを見よ。
以上でございます」

どこからとも無く湧き上がる拍手。

なんつーテストだ。

「実は、わたしもこのテストにいつのまにやら合格していたみたいで・・・」

ははは☆と照れ隠しのように笑うガスト氏。
あんたも苦労人だな、うん。

ふわふわを上に乗せたまま起き上がると、またまた執事長が話し出す。

「これが結構難しいテストでして、大抵はその一で落ちるのでございます。それをなんとかクリアしても、その三・・・そしてなんと言ってもラスト が・・・!」

感極まる執事長。
こぶしをふるふると握りしめて、涙ながらに語る。

「ええ、ラストが難しいのよね・・・」

「ゲインズブール家のお嬢様はみなお美しいですから・・・」

「あっという間に落ちるんだよな・・・」

またまた口々に話し出す使用人たち。

そうして口をそろえて・・・

『なんて素晴らしいテスト!』

どこが!!

「ちょっと待て・・・俺はそんなの・・・」

こっちの都合はまた無視か!
あわてて反論しようとする俺を、やわらかく押しとどめるのはふわふわ。

「先生、わたしと結婚してくれるよね?」

「絶対、いやだ」

何を言い出す、ふわふわ!

「・・・どうしても?」

「どうしても!」

大きな瞳に涙を溜めて、両手をそっと俺の胸に重ね、懇願するふわふわ。
色仕掛けで落とした相手は夫に認めない・・・・・じゃなかったのか?

しばらく押し問答していると、ふわふわが両手で口を覆って悲しげに視線を落とした。

「そんな・・・でも、しょうがない、最後の手段ね・・・。みんな!」

ふわふわの号令で、使用人一同が俺の体をがっちり押さえつけた。
急なことで混乱する俺は、必死に暴れたが多勢に無勢、ベッドへと運ばれていく。

「なにするんだ!?おい!」

執事長がハンカチで涙を拭きながら、傍にあったボストンバックから手錠と足かせを取
りだしはじめる。

「!!」

「申し訳ございません、ストライフ様。これもゲインズブール家の由緒正しい血筋を絶やさぬ為とご理解くださいませ・・・」

―――なにをするんだーー!!

ベッドに連れて行かれた俺は、下着姿のまま、両手両足を手枷足枷で固定され、支柱に鎖の端を括り付けられた。
大の字で仰向けに縛り付けられるなど、まさか経験するとは・・・。
いや、そんなことを気にしている場合ではない!


ふわふわがゆっくりとベッドの上に上がり、俺の体の上にのしかかってくる。
豊かな胸のふくらみが作る谷間がすぐ目の前にあって、思わず生唾を飲み込んだ。

「では、お嬢様、ごゆっくり」

使用人一同とガスト氏が手を振りながら部屋から退散していく。

「ま・・・待て、置いていくなーーーー!」

叫ぶ俺の願いも適わず、無常にもドアが閉められた。

その瞬間、ふわふわが両手で俺の顔を捉えてくる。

「ごめんね先生。強硬手段に訴えるけど、これも先生が好きだからよ?」

妖艶に微笑むふわふわの手が、俺の顔から首筋、胸、そしてわき腹へと移動していく。
ちょっと動けばキスできそうなほど顔が近くにあって、俺の頭の中はオーバーヒート状態。
ランジェリー姿のふわふわは、雑誌で見るときよりもっとずっと綺麗だ。
その顔がぐっと近づいたかと思うと、頬にキスされた。

刹那――――――――――――


「うわーーーーーーッ!・・・・ははははははははははっ!!!」

「さ、先生。YESと言わないとずーっとこのままだよ?ほーら、こちょこちょこちょ」

「やめろーー!!やめてくれーーーー!!」

「じゃあ結婚してくれる?」

「いやだーーーー!」

「じゃあ駄目」






十五分後、
俺は震えてどうしようもない手で、結婚承諾書にサインをした。













ふわふわが俺の腕に自分のそれを絡めた。

「エアリス・・・外で先生って言うな。変な目で見られる」

先生と生徒の秘密の関係・・・などと見られたら大迷惑だ。
学校にも秘密なのは、彼女が卒業するまでだ。

「そう?じゃあ・・・・・・あなたっ」

「クラウドと呼べ」


(回想始)
一ヶ月前、二者面談で、当然のごとく彼女の数学のできなさを追求した俺。


《なんで他の教科はトップなのに数学だけできないんだ?》

《人間誰しも苦手があるもん》

《物理はできるのに・・・》

《じゃあ次のテスト、80点以上取れたらディ○ニーランド、一緒に行ってくれる?》

《ん・・・ああ》

他の書類を見ていた俺は二つ返事で承諾した。
というか、彼女が何を言っているか理解していなかった。
一拍置いて、それがデートの誘いであることを理解したとき、ふわふわはすでに面談室からいなかった。

―――してやられた!

だがまあ、できて30点そこそこの彼女が80点取れることは無いだろうと思い、大して気にはしていなかったが。。。。


《げ・・・》

すでに借りていたマンションから強制的に退去させられた俺(ある日いつものように家に帰ったら、部屋を取り払われていた)は、ふわふわが結局売らなかった 豪邸に住んでいた。
もちろん、ふわふわも一緒に。
寝室は断固として別にしようと思ったが、無理だった。

そんな生活にも慣れ、最初は憚っていた夫婦の営みも、やっと気兼ねなく堪能している俺は、自宅で先日の定期テストの採点をしていた。

ちょっと気になって、ふわふわの解答用紙を一番に採点していたところ・・・

丸、丸々、丸々丸・・・

《・・・80点》

ぴったり80点。
俺はとっさに彼女が正解していた問6の配点を一点下げ、間違っていた問8の配点を一点あげて、総合点を79点にしようと画策した(せこい)。

赤ペンで今にも解答用紙に書き込もうとしていた・・・そのとき、

《何、してるの?》

風呂上りのふわふわが、後ろから俺の首に手を回してきていた。

《あ、私、80点!約束、ね》

《・・・・・・・》

(回想終)







「えへへ、そう言えばデート、久しぶりだね」

ふわふわがあまりにも嬉しそうに言うから、なんだか少しだけ徹夜してよかったかな、と思った。
甘えん坊で、寂しがり屋で、うるさくて、なかなか困った奴だが、まあこれでも可愛い奴なのだ。

そう思って、嬉しそうに笑うふわふわを、背後から抱きしめた。

「ひゃ・・・クラウド?」

「甘い香りが・・・する」

「え・・・・・・?」

ふわふわは不思議そうに自分の服の香りをかいでいる。

「そうかな?」

「・・・ああ」

香水をつけていないのに、彼女は甘い香りがする。
朝昼晩とかぎなれて、なんだかいつのまにやら一番落ち着く香りになってきた。

「うふふ、クラウドったら甘えんぼさん!そんなにわたしのこと愛してるのー?」

からかうような口調のふわふわ。
でもさすがに結婚してから半年も経つと、俺だってやられてばっかりじゃない。
だてに7年長く人生を生きていないんだ。というか、俺からしてみれば、ふわふわはまだまだ子供だ。

「かもな」

その言葉にふわふわが顔を真っ赤にする。
最近、慌てふためくふわふわを見るのも珍しくなくなってきた。

うん、俺のほうが一枚も二枚も上だということが、落ち着いてみてわかってきた。

「ん、もうばかばか!」

ふわふわが真っ赤な顔のまま改札口へと向かっていく。

―――まったく、切符はどうするんだ?

「クラウド、はーやーくーっ!」





なんだか最近、可愛く思えてきた俺の生徒は、お嬢様。






FIN






携帯サイトで謝罪をたーんとしてます・・・。
なのでここでもう一度。
ごめんなさい!
見捨てないでください(T.T)
モクジ